熊代亨『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)

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年長者から「若いうちに○○しておけ」と説教を受けた経験はないでしょうか。そのほとんどは「アドバイスの体裁をとったぼやき」にすぎませんが、精神科医の熊代亨氏は「ぼやきには中年の人生経験が溶け込んでおり、無視するのはもったいない。反面教師として、近い将来、そんなぼやきをしない中年になるための方法を考えてみるといい」と説きます――。

※本稿は、熊代亨『「若者」をやめて、「大人」を始める「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)の第4章「上司や先輩を見つめるポイント」を再編集したものです。

■中年も毎日を一生懸命生きている

たぶん、誰もが一度は耳にしたことがあるかと思いますが、上司や先輩はしばしば「若いうちに勉強しておけ」「若いうちに遊んでおけ」などと口にします。

若者にとって、「若いうちに○○しておけ」という物言いは、お節介に聞こえるかもしれません。あなたがたはあなたがたで、若者として毎日を忙しく、一生懸命に生きているはずですから。その点を忖度することなく、ああしろこうしろと講釈を垂れる中年がうっとうしく思えることもあるでしょう。

中年の「若いうちに○○しておけ」という説教には、単にあなたがたの将来をおもんぱかって助言している部分ももちろんあります。しかしそれ以上に彼らの語り口には、彼らが「若者」だった頃にインストールした手札や積み重ねた経験をもとに生きていくほかなく、若い頃にやっておかなかったものの不足をどうにもできないまま生きていることへの嘆きが含まれています。

若者が一生懸命に生きているのとはまた違ったかたちで、中年もまた、毎日を一生懸命に生きています。若者は、アイデンティティの確立も含めて、自分自身の成長や未来のために生き抜いていかなければなりませんが、中年は、これまでに自分が作りあげてきたもの、やってきたことの結果としての現在を生きていかなければなりません。

■手放せないものばかりになるのが中年

たとえば中年は、結婚したら結婚したで、しないならしないで、自分が過去に作りあげてきた現在からは逃れられません。もちろん、既婚者には離婚という手もありますが、離婚してバツイチとして生きていく場合も、過去に結婚して離婚したという履歴はずっと残ります。

仕事でもそれは同じです。ある程度責任ある立場となって、年収も上がり、部下も指導するようになれば、簡単にはそれらを手放せません。逆に、責任を持たせてもらえない立場であったとしても、責任を持たせてもらえない中年としての人生を、やはり簡単には手放せません。数十年の歳月のなかで、他人からの評価も、自分自身が抱いているセルフイメージも、だいたいできあがってしまっているからです。

どちらにせよ、過去が積み重なってできあがった結果としての現在によって、中年の人生はおおよそ決まってしまっているのです。

若者は、まだ過去が積み重なりきっていませんし、立場も固まっていません。バイタリティもあります。ゆえに、中年に比べれば人生を変える余地はずっとあります。私たち中年はそのことを痛感しているので、まだ未来の選択の自由がある若者を見ると、「若いうちに○○をやっておきなさい」と言いたくなってしまうわけです。若者の可能性の豊かさにあてられたとき、つい、アドバイスの体裁を取りつつ、結果の蓄積によって身動きがとれなくなった中年の境遇をぼやきたくなってしまうのだと私は見ています。

しかし、そういったアドバイスの体裁をとったぼやきのなかには、その中年自身が若いうちに身につけ損ねて苦労したことや、逆に、その中年が若いうちに身につけておいて役に立ったことといった、多種多様な人生経験が溶け込んでいます。そういった経験談から、自分にとって役立つエッセンスを読み取れるなら、きっとあなた自身の未来予想に役に立つでしょう。

若い頃から堅実に生きてきて、公務員として勤務している40歳女性・子持ちが語る「若いうちに○○をやっておきなさい」と、大学時代はほとんど授業に出ずに遊びまわり、現在は自営業として生きている40歳男性・独身が語る「若いうちに○○をやっておきなさい」では、言葉は同じでも意味するところはかなり違っています。あなたの性別や境遇、職業はどちらに近いでしょうか?

どの年上のぼやきが一番役に立ちそうなのか、どんな上司や先輩のぼやきが自分の未来を考える参考になり得るのか──そういったことの見極めが重要になるわけです。

■「こんな風に年を取りたい」と思える人は大事なロールモデル

もし、あなたの身の回りに「この人の昔話は、なんだか役に立つような気がする」「自分の経歴や性格からいって、将来の自分はこんな風になれたらいいのにな」と思える上司や先輩を発見したら、しめたものです。そういう人は、あなたが若いうちに経験しておいたほうが良いことを知っているか、経験済みである可能性が高いと思われます。その人の昔話や、「若いうちに○○しておいたほうが良い」は、あなたの近未来を探る手掛かりになるかもしれません。少なくとも、そう読み取れる余地はあります。

私生活の面で、自分の将来がダブって見える年上を見かけたら、よくよく眺めておきましょう。食生活、友人関係、夫婦関係に対して、彼/彼女がどんなふうに気を遣っているのか、何を気に入っていて何を避けているのか、注意深く観察して参考にします。まねできるところはまねすればいいですし、彼らが直面している困難に対して事前に手が打てそうなら手を打ってしまいましょう。あなたのほうが若いぶん、事前に対策を立てるための時間はあるはずです。

同様に、自分が歩みそうなキャリアを重ねている上司や先輩がいたら、その人のコミュニケーションの機微をよく学んだり、上司と部下の間でどう立ち回っているのかを見つめたりしておきましょう。また、その人が、たとえば腰痛や肩こりに悩んでいる様子があったら、そうした悩みは職業病として将来あなたにもやってくる可能性が高いと想定しておくべきです。上司や先輩をただの他人と見てかかるのでなく、将来の自分自身との共通点を想像しながら観察し、話を聞ける機会にはいろいろ聞いてみましょう。うまくいけば、あなたがその立場に立つことになった頃の未来情報がどっさり手に入ります。

このような「お手本戦略」を採るにあたってのポイントは、ある程度敬意を持てるような上司や先輩をお手本に選べるかどうか、です。

人間は、自分が敬意を感じていない相手からよりも、敬意を感じている相手からのほうが、多くのことを素直に学びやすいものです。まねようとする際にもコピー・アンド・ペーストの精度が高くなります。また、コピー・アンド・ペーストしているさまを相手に気付かれても、毛嫌いされずに済む確率が高くなります──あなたが敬意を持ちながら学ぼうとするぶんには、上司や先輩もまんざらではないということです。

■上司や先輩から自分の未来の情報を引き出す

それゆえ、あなたが他人のことを軽蔑しがちな人物なのか、それとも他人に敬意を払いがちな人物なのかによって、「お手本戦略」の成功確率はだいぶ左右されるでしょう。他人の短所にまず目がいく人より、長所にまず目がいく人のほうが、年上のロールモデルを見つけやすく、そこから未来の自分に役立つ情報や教訓を学び取りやすい、とも言い換えられるかもしれません。

世の中は常に移り変わっているので、上司や先輩のまねをすればなんでもうまくいくわけではありません。年齢や職業にまつわる普遍的なところは自分の世代でも役に立つ可能性が高そうですが、時代やテクノロジーや流行によって変化しそうなところをまねしたところで、じきに時代遅れになっていくでしょう。自分の世代に適用して構わない部分と、合いそうにない部分は見分ける必要があります。

しかし、そういった見分けができる限りは、職業やライフスタイルや性格が似ていて、ロールモデルにできそうな上司や先輩は、あなたの未来を見据えるための情報の宝庫です。彼らの生きざま、生態、日頃のぼやきなどから、未来の参考になりそうな情報をどんどん引っこ抜きましょう。

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熊代亨(くましろ・とおる)
精神科医
1975年生まれ。信州大学医学部卒業。専攻は思春期/青年期の精神医学、特に適応障害領域。ブログ『シロクマの屑籠』にて、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信し続けている。著書に『ロスジェネ心理学』『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)、 『「若作りうつ」社会』(講談社現代新書)、『認められたい』(ヴィレッジブックス)がある。

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(精神科医 熊代 亨 写真=iStock.com)