人間の体には100兆個もの腸内細菌がいる。共生しているといっても過言ではないようだ。


 栄養過多の時代、ダイエットに取り組んでいる人は多い。マクロミルが全国の15〜59歳の男女1000人に調査したところでは、現在ダイエットをしている人が27.4%、過去にダイエットをしたことがある人が37.8%に上ったという。

 ダイエット実践中の人は、今やっている方法が適切なのかに興味を持つことだろう。本コラムでも、「痩せたければダイエットをするな」という逆説や、「筋肉増量のダイエット効果」の幻想など、ダイエットをめぐるいくつかの言説を伝えてきた。

 これらの記事もそうだが、断片的なダイエット法の情報は巷に多くある。そんな中で、分厚くて読み応えのあるダイエット本が出版されていることを知った。ティム・スペクター著『ダイエットの科学』だ。

 ダイエットをめぐる「神話」の一掃を試みるとともに、自分の体という「庭」と、その庭に住んでいる微生物たちを管理することの大切さを述べた本であることが、読んでみると分かる。

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ダイエット法の「神話」の真実を明らかにする

ティム・スペクター著、熊谷玲美訳『』(2017年4月、白楊社刊)。430ページ。原題は“The Diet Myth”(ダイエットの神話)。


『ダイエットの科学』の著者ティム・スペクターは、英国ロンドン大学キングスカレッジの遺伝疫学教授。双子を対象とした研究の権威として知られる。一卵性と二卵性それぞれの双子で体の特徴などを比較し、ある特徴について一卵性の双子のほうが強い類似性を持てば、その特徴には遺伝子が大いに関係しているとする考え方をもとに研究をしてきた。指揮する研究では、世界最大規模となる1万3000人の双子を対象としてきたという。

 著者自身が「この本で実現したかったのは、ダイエット法や食べ物にまつわる無数の神話の真実を明らかにすることだった」と述べるように、ダイエット法をめぐり根強く広まる言説の数々を、科学的根拠をもって検証していく。

 日本でも世界でも人気があり、実践者の多いダイエット法が、肉は食べてよいが米や麺は避けるべきとする「高タンパク質・低糖質ダイエット」だ。著者は、体重が落ちていきやすいことを認めつつも、脂肪の蓄えを補充しようとする体を「いつまでもだまし続けることはできない」と述べる。ダイエット経験者で、10%以上減った体重を12カ月以上維持したことがあると答えた人は6人に1人以下といった論文データも示す。

大豆の良し悪しをめぐって「激しい議論」も

 一貫的な主張として感じられるのが、人が手を加えすぎた食は健康の足しにはならないということだ。

 スナック菓子やファストフードの揚げものに多く含まれるトランス脂肪酸(米国では添加禁止となった)は、健康な体に欠かせない短鎖脂肪酸に影響を与えるなどして、体に「混乱状態を生じさせる」。食事とは切り離されたビタミンサプリメントは、有効性がないか種類によっては体に害があるとする報告などから「悪影響を与える可能性がある」。また、ダイエット飲料に含まれるアスパルテームなどの人工甘味料は、カロリーを余計に取る結果になった研究などから「味覚受容体をだまして摂取カロリーを増加させている」と述べる。

 他にも、ダイエットや食と体の関係をめぐって再考させられるような話を提供する。

 ココナッツ油やパーム油などに多く含まれる飽和脂肪酸については、複数の研究を統合した分析から、心臓病リスク上昇を示す関連性は見られなかったとする結果を示すなどして「何が何でも避けるべき悪者ではない」と結論づけている。

 また、大豆については、認知症予防効果などのエビデンスを挙げる一方で、成分のイソフラボンがホルモン反応経路を混乱させたり遺伝子を改変させたりする可能性も示し、健康に良い・悪いをめぐって「激しい議論が交わされている」と述べる。大豆は、私たち日本人の食生活に縁の深い食材であり、気になるところだ。

腸内細菌の多様性こそが重要

 こうして数々の「神話」をただしていく著者は、では、ダイエット法はどうあるべきだと主張するのか。

 著者が本書でとりわけ強調するのが、体にいる腸内細菌の状態をよくすることの大切さだ。

 腸内細菌がもたらしてくれる恩恵を並べていく。食べ物の消化。カロリー吸収のコントロール。生命維持に必要な酵素やビタミンの供給。免疫系の正常性の維持などなど。微生物コミュニティの変化が、肥満のほか、糖尿病や心臓病などの肥満により引き起こされる病気にも関係しているようだとも言う。

 人間は体内で物質を分解できる酵素を30種類も持たない一方、1種類の腸内細菌だけでも植物の分解に対応する酵素を260種類持っていることから「私たちがいかに腸内細菌に頼っているかがわかる」と述べる。また、人間は遺伝子によってどのグループの腸内細菌が増えるかなどをコントロールする一方で、腸内細菌も人間の遺伝子のオン・オフを切り替えるなどして、人間を操ってもいるともいう。

 こうも腸内細菌は大切な存在であることが分かってきた。近ごろマスメディアで腸内の微生物群集を意味する「腸内フローラ」がさかんに取り沙汰される理由も理解できる。

 著者は「体にすんでいる微生物のコミュニティを、あなたが管理している庭だと考えることだ」と勧める。そして「重要なのは多様性である」とも唱える。

 では、腸内細菌の多様性を高めるにはどうすればよいか。やはり食事の仕方に立ち返ることになる。著者は「摂取する食品の種類を増やそう。とくに果物、オリーブオイル、ナッツ、野菜、豆類など、また成分としては食物繊維やポリフェノールを意識する」と述べる。これらは、いずれも体の健康によく働く腸内細菌を増やすことにつながる食材だそうだ。

ダイエット法が大きく変わる日が来る

 筆者は体重増が気になり、何度かダイエットに挑んだことがある。その方法は、本書でやや批判気味に扱われている低糖質ダイエットだ。確かに、体重を減らせてもリバウンドはするので、体を「いつまでもだまし続けることはできない」と実感はする。

 ただし、こうした従来のダイエット法を完全に捨て去る気まではなれない。体重が減っている最中はうれしいし、目標達成できたらなんとか体重を保てるのではとつい考えてしまうからだ。

 そうではあるが、一方で、本書によって腸内細菌を中心に考えるダイエットも大切だと気づかされたのもまた確かだ。著者の「自分の体内に未知のパラレルワールドがあることに気づくだけで、食事との向き合い方が心理的なレベルで変わる効果がある」という言葉は印象的。多様な食品を摂ることを心がけて、自分のよき相棒たちに働いてもらおうと考えるきっかけとなる。

 体内にすむ腸内細菌の種類は、個人によって大きく異なるという。自分の腸内細菌の状態を調べることは、お金を払えばもはや不可能ではない(訳者は米国の検査サービスを100ドル未満の額で受けたそうだ)。

 技術の進歩により、自分の腸内細菌の状況を調べた上で、自分に適した「庭」の育て方、つまり食事の方法などを明確にし、体重を落としたり、健康を維持したりすることが当然になる日も遠くないかもしれない。そんな未来になったとき、ダイエット法は大きく変わっていることだろう。

筆者:漆原 次郎