「コード付き掃除機は不要」と言えるだけの性能と使いやすさを実現した「Dyson Cyclone V10」(筆者撮影)

ダイソンが3月20日に発表した新型コードレス掃除機「Dyson Cyclone V10」は、掃除機の本質的な要素を高めることで、新しい世代の幕開けを感じさせた画期的な製品だ。価格は、ダイソン公式ストアで6万9984〜9万9144円(付属アタッチメントの数による)。製品の成熟が進み“機能差”で商品の差異化が進む中、個々の機能や性能だけでなく、基本構造から見直されたフルモデルチェンジである。

バッテリーインジケータや、ゴミ捨てサイン、フィルタ掃除サインなど、一部に細かな使い勝手を向上させる新機能も盛り込まれているが、それらは新製品の本質ではない。この製品の本質は、単なるマーケティングワードではなく、本当の意味で「コード付き掃除機は不要」と言えるだけの基盤となる性能、使いやすさを実現したことにある。

新製品で「新鮮さ」を出せなくなっていた

Cyclone V10の開発アプローチは、とかく“機能”に走りがちな他の家電メーカーとは一線を画している。イノベーションに対する考え方の違いが明確だ。

かつてサイクロン集塵方式の実用化でイノベーションを起こしたダイソンだが、技術の進歩でコード付きのキャニスター型掃除機からコードレスのスティック型掃除機への移行が進み、それも改良が進み始めると、新製品が出ても以前ほどの新鮮さを出すことが難しくなっていた。

それは、いわゆるイノベーションのジレンマといったものではない。十分に進化し、製品の満足度が高くなった結果、買い替えサイクルが長くなった。また体験レベルが平準化して相対的なブランド競争力が下がってしまうといった、ごくありふれた現象だったと言えるだろう。

これが筆者が感じていたダイソンの掃除機に対するイメージ。ところが、Cyclone V10はそうした固定観念を打ち崩すものだったのだ。

ダイソンの公式サイトでは、細かな技術的な解説がなされているが、この製品の良さは“機能追加に頼らず、掃除機としての本質を高める”ことにフォーカスした点にある。

ダイソンが高価格ながらも売れる掃除機を開発、日本で成功して以来、日本の家電メーカーもさまざまなトライアルをしてきた。しかし、“ゴミを吸い取る”という掃除機の本質を追求していない……とまでは言わないが、機能性を追求するというイノベーションよりも、利用シーンを細かく掘り下げ、改良の積み重ねや新たな機能の追加といった方向に進んでいたように思えてならない。

そうした細かな利用シーンの掘り下げよりも、ダイソンは掃除機としての本質を追求した。その結果、一時的にはその差(商品としての価値)が縮まってきたようにも思えた。純然たる価格差の前に、消費者の目は他社の商品へと向かっても致し方ない。

このまま、しばらくは市場の成熟化が進むのだろう。そう思っていたが、ダイソンはCyclone V10の発表により、会社の姿勢やイノベーションに対する考え方を示してきた。

コード付き掃除機を「超える」性能

Cyclone V10は“新しい業界のベンチマーク”――新たに目指すべき基準と言える製品だと感じたが、筆者がより感じたのは、商品そのものの良さよりも、そうした製品が生まれてくるバックボーンだ。

Cyclone V10がフォーカスした改良点。そのもっとも基本的な部分は「コード付きのキャニスター型掃除機を超えること」だ。


デジタルモーターに集中的な投資を行い、高効率の空気流量を得るためのインペラーを改良した(筆者撮影)

しかし、無制限に電流を得られ、モーターやインペラーといった部品サイズに制約がないコード付きのキャニスター型掃除機は、同じ技術レベルで開発を行えば、間違いなくコードレスを超える。ここでダイソンが主張しているのは「コードレスのスティック型掃除機なのだから、これでも十分に高性能」といったエクスキューズを思いつかせないほど、十分に高い性能を発揮できているという意味だ。

この目標を達成するため、ダイソンは小型のデジタルモーターに集中的な投資を行い、高効率の空気流量を得るためのインペラーを改良。さらにバッテリーの状態が変化しても、変わらず同じ電流を供給する回路を開発することで、コードレスの懸念点である“パワー”の問題を解決した。

もっとも、パワーを引き出すだけならば、より大きなバッテリーを搭載し、より多くのモーターを搭載すればいいだけだ。しかし、それでは使い勝手が下がることは自明。Cyclone V10の長所は、従来製品に比べて軽量化したうえで、より強力な吸引力を実現している点にある。

その重さは従来製品の半分でしかない。その衝撃的なまでの軽さは、実際に手にしてみなければ実感できないだろう。“改良”というレベルは超えて、まったく新しいジャンルかと思うほどに扱いやすさが増している。

しかしながら、これでも完璧とは言えない。

なぜなら、掃除できる時間=バッテリー駆動時間が短ければ意味がないからだ。軽量化するだけならば、重量物であるバッテリーを削減すればよいが、実はバッテリーセルは6個から7個へと増加しているのだ。軽量化はモーターやインペラーの改良、本体構造の見直し、ヘッドの小型軽量化などで達成している。

その結果、より効率的なモーターとインペラーを組み合わせることで、最低1時間、実質的には電力管理を細かく行うことで、1時間を超える使用時間を実現した。充電なしに連続して1時間以上掃除をする機会はそうそうあるものではない。

先に挙げた改良点の中でも、本体構造の見直しは、なぜこれまで、これをやれなかったのか?と疑問に思うほど合理的なレイアウトになっている。

吸入路は完全にストレートで、モーターで吸い込んだ空気はサイクロンによってゴミが分離され、分離後の空気だけをフィルター部に送り込む。この際、従来機はモーター、インペラーなどを迂回するネジ曲がった流路を通って排気されていたが、Cyclone V10ではモーターとインペラーの小型化によって、完全にストレートな吸排気の流路を確保している。

「ゴミ捨て」も改良された

さらに、製品本体の構造をシンプルにしたこのストレート構造が、集塵してクリアビンにたまったゴミを捨てる際の体験を大きく向上させている。ダイソン製にかぎらず、小型掃除機はゴミ捨ての体験を高めることがなかなか難しい。使い捨ての集塵バッグなら簡単だが、ゴミを吸うごとに集塵力は落ちていく。

ところが、Cyclone V10はゴミを吸った後も吸引力が変化しないことに加え、ゴミ捨ても極めて簡単なのだ。取り外した本体部をゴミ箱に向け、ごみ捨てのボタンを押してクリアビンを奥に押し込めば、簡単に、しかもゴミが飛び散ることなく捨てることができる。


発表会で説明を行った創業者のサー・ジェームズ・ダイソン氏(筆者撮影)

これらの改良はいずれも長足の進化であるだけでなく、掃除機を使うユーザーならば、誰もがより進化してほしいと思っていた掃除機の本質部分だ。

ダイソンによれば、4年前に商品コンセプトが決まり、有線のキャニスター型掃除機が不要になる製品を作る目標を立て、3年の開発期間を経て今回の製品発表に至っているという。その間、ダイソンも改良は続けていたが、必ずしも劇的な体験の変化はなかったが、ダイソンは安易に“新機能”を求めず、その裏側で本質部分を高める努力を重ねた。

その結果として得たアドバンテージ、いや何よりもブランドへの力は、決して小さなものではない。闇雲に褒めることはしたくないが、そろそろ次の手はないのでは?と思っていたら、これだけの傑作を発表した。

成熟した製品ジャンル、従来製品でも実現できている高い顧客満足。そうした状況でも、“本質部分”に働きかけることで驚きを引き出せることをダイソンは示した。発表会の最後には、高齢化が進む日本でもっとも評価が高く売れている他社製コード付きキャニスター型掃除機と”集塵レース”を実施。そして、”完勝”してみせた。

”コードレスは便利だが集塵性能は低い””つねにバッテリーを気にしなければならない”――そんな旧来の常識は、早晩、忘れ去られることになるだろう。