ティラーソン国務長官が更迭された。そして、国家安全保障担当大統領補佐ハーバート・マクマスター陸軍中将も「トランプ政権内で“宙ぶらりん状態”が続くのではないのか」あるいは「やがてはティラーソン長官のように更迭されるのではないのか」といった微妙な立場におかれている。

 要するに、トランプ政権誕生後のわずか14カ月程度の間に、トランプ大統領の外交国防政策を支える3本柱のうち盤石なのは国防長官マティス海兵隊退役大将だけとなってしまった。

 昨年(2017年)末にホワイトハウスは「安全保障戦略」を公表した。また、ペンタゴンは2018年1月に「国防戦略概要」を、2月には「NPR(核戦略見直し)-2018」を公表している。これらの安全保障戦略、とりわけNPR-2018によって、外交国防の舵取りをする首脳人事が大幅にテコ入れされているのは避けられない流れといえる。

 なぜならば、NPR-2018によって明示されたトランプ大統領の核戦略は、これまで半世紀にわたって歴代アメリカ政権が維持し続けてきていた基本的方針を抜本的に(180度)転換するものであるからだ。

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米政府の伝統的核戦略は「核戦力削減」

 アメリカ歴代政権の核戦略の基本方針は、共和党政権・民主党政権を問わず、「核戦力削減」方針であった。米ソ冷戦の先鋭化に伴い躍起となって核戦力を強化し続けたために「over-kill」状態になってしまった。それに加えて財政的にも逼迫してきたため、ニクソン大統領は核戦力を削減する方針を打ち出した。それ以降、歴代アメリカ政権は核戦力削減を核戦略の基本方針として踏襲し続けていた。

 実際にニクソン大統領からブッシュ(父)大統領の時期に至るまでに、ほぼ半数の核弾頭が廃棄され、クリントン政権下では20%、ブッシュ(子)大統領は50%、そしてオバマ大統領時代には24%の核弾頭が削減された。

 歴代政権による核戦力削減の結果、アメリカの核弾頭保有数は現在6800〜7000発レベルに減少した。ちなみにロシアは7000〜7290発、保有数第3位のフランスは300発、中国260〜270発、イギリス215発となっている。それら国連安保理常任国かつNPT(核拡散防止条約)加盟国以外の核弾頭保有状況は、パキスタン130発、インド120発、イスラエル80発、北朝鮮数発(未確認)である。

 アメリカ統合参謀本部をはじめ米軍の核戦略関係者たちの多くは、「たとえ米軍が現在保有している核戦力の3分の1を削減したとしても、中国、ロシア、北朝鮮、イランの核を念頭に置いた軍事作戦を完遂させることが十二分に可能である」と分析している。

 核戦力とは核弾頭の数量だけではなくそれらの性能や核弾頭を攻撃目標に送り込むミサイルや航空機それに潜水艦などの総合力で判断しなければならない。よって、ロシアのほうが若干弾頭数は多いかもしれないものの、性能などをトータルで考えると米軍核戦力は群を抜いて世界最強であるというわけだ。

 アメリカの核戦略実施の最高責任者であるアメリカ戦略軍司令官ジョン・ハイトン空軍大将も「アメリカ軍の核戦力は多種多様な事態に適応できる満足な状態にある」と太鼓判を押している。

核戦力至上主義派の台頭

 以上のように、これまで長きにわたってアメリカ政府は核戦力削減を基本戦略としてきた。ホワイトハウスの方針を尊重するペンタゴンも核戦略削減を大前提として各種戦略を策定し、各種戦力を構築し、各種訓練を実施してきたのである。そして、軍関係者たちの主流も、核戦力削減戦略を受け入れてきた。

 ところがトランプ大統領は、アメリカの伝統的な核戦力削減方針を受け入れようとはしなかった。「アメリカの核戦力は極めて弱体化してしまっており、抑止効果を失いつつある」と考えているトランプ大統領は、かねてより「たった7000発の核戦力では不十分である」として核戦力増強を唱道し続けてきたケイス・パイン(Keith Payne)博士を筆頭とする「核戦力至上主義派」に「NPR-2018」を執筆させたのだ。

"Dr. Strangelove" (映画「博士の異常な愛情」に登場する兵器開発の科学者)の異名をとるパイン博士らは、「核戦力増強によりロシアや中国といった核保有国をはじめとする敵対勢力を威圧して、アメリカの覇権を維持する」という戦略を唱えていた。これまで数十年にわたって、その戦略が採用されることはなかった。歴代アメリカ政権の核戦略は「核戦力削減」であった以上、当然といえよう。

 ところが、伝統的核戦略から決別しようとしているトランプ大統領の登場により、アメリカの核戦略は「核戦力削減」から「核戦力増強」へと180度変針させられたというわけだ。

「異常な事態」に突入した核環境

 トランプ政権が「核戦力削減」から「核戦力増強」へと核戦略の根本原則を180度変針した直接の原因は、北朝鮮によるアメリカ本土を直接攻撃可能な核弾頭搭載長距離弾道ミサイル開発が米側の予想以上のスピードで伸展してしまい、実戦配備も間近に迫っているという情勢であることはいうまでもない。

 北朝鮮が核弾頭搭載長距離弾道ミサイルを実戦配備につかせた場合、アメリカ本土を直接核攻撃できる敵対勢力が2カ国(中国・ロシア)から3カ国(中国・ロシア・北朝鮮)になってしまう。さらには、イランやリビアやパキスタンなどアメリカがいうところの“ならず者国家”やテロリスト集団に核弾道ミサイルをはじめとする核兵器が拡散してしまう恐れがますます高まることになる。

 要するに、トランプ政権は、北朝鮮によるICBM開発状況がアメリカの安全保障環境(とりわけ核環境)を根本的に転換させるだけの「異常な事態」とみなしているのだ。そして、そのような核環境の危機に対応させるべく核戦力至上主義派の主張に沿った核戦略の大転換を打ち出したのである。

日本にとっては「異常な事態」ではないのか?

 トランプ政権が核戦力増強方針に踏み切ったのは、「アメリカの核戦力は極めて弱体化してしまっており、抑止効果を失いつつある」と判断した結果である。これは日本にとって深刻な事態を意味する。つまり、日本政府が信頼し続けてきた(本心かどうかは定かではないが)、そして全面的に頼り切っている、アメリカの「核の傘」が「いざというときには開かない」可能性が低くはないことをトランプ政権が暗に認めているということになるのだ。

 それにもかかわらず、日本側の反応にはまったく危機感がみられない。日本政府高官などが「トランプ政権の新核戦略を高く評価する」と持ち上げているだけでなく、少なからぬ軍事専門家たちも「米国の核の傘に頼っている我が日本としては、アメリカが強力な核戦略を打ち出したことを大いに歓迎する」といったメッセージをアメリカ側に伝達したりしている。

 日本政府や国会は、日本を取り巻く核環境をはじめとする安全保障環境が「異常な事態」に突入しているとの認識を欠いているのであろうか?

 それとも、日本を取り巻く核環境が「異常な事態」に突入したことを認めた場合、日本政府や国会としては日本自身の核戦略に関する真剣な再検討、たとえばNPT(核拡散防止条約)からの脱退に関する議論などを開始せざるを得なくなるため、そのような面倒を回避しようとしているのであろうか?

 いずれにしても、日本政府や国会には、「アメリカの『核の傘』というレトリックを全面的に受け入れ、それに対して疑いを持たない」といった日本の核戦略の基本方針を見直そうという意思も勇気も存在していないことだけは明らかなようである。

筆者:北村 淳