DIGIDAYの連載シリーズ「広告後の人生(Life after Advertising)」では、業界で長い時間を過ごした元アドマンの話を共有している。彼らは、おそらく少しは摩耗しているが、大部分は無傷の新しい夢を抱き、新しいキャリアを築きはじめている。

ネイサン・レノン氏とデイヴ・ギブソン氏は、ニューヨークのクリエイティブエージェンシー、ドローガ5(Droga5)で辣腕を振るった、クリエイティブディレクターだ。だが、2017年4月、ともにオーストラリア出身のふたりは広告業界を離れてシドニーに向かい、元オーストラリア首相ボブ・ホーク氏に触発されて立ち上げたクラフトビール会社、ホークズ・ブリューイング・カンパニー(Hawke’s Brewing Co.)の経営をはじめた。

ホークズ・ブリューイング・カンパニーはレノン氏(40歳)とギブソン氏(39歳)以下、総勢8名からなる会社で、国内約500のバー、クラブ、レストラン、酒店にクラフトビールを供給している。そんな新たな夢を追うふたりに創業のいきさつなど、さまざまな話を聞いた。以下がその会話を端的にまとめたものだ。

――クラフトビール会社をはじめようと思ったきっかけは?



おかしな話でね、ドローガ5のニューヨークの事務所で仕事をしていたときにひらめいたんだ。あれは忘れもしない、2015年1月26日、オーストラリアデーというオーストラリアの祝日だった。オーストラリアでは一般に、その日は仕事を休んで、降り注ぐ陽光の下、友人らとビールを楽しむ。なのに僕らは、ウォールストリートの殺風景なオフィスのなかで仕事に追われていた。眼下には、凍てついたイースト川…。そんなわけで、軽いホームシックにかかっていたんだ。

で、いまこの瞬間、もしもオーストラリアにいたら、まず誰とビールを飲みたいか、という話になって、ふたりで「せーの」で挙げた名前が「ボブ・ホーク」だった。それで、「ボブ・ホークがトップに立つオーストラリアのビール会社があるとしたら、どんな感じになるだろう?」と考えた。でも、当時ボブは85歳。だから彼がある日ふと思い立って、クラフトビール会社をはじめるわけがないのはわかっていた。それで自問したんだ、「元オーストラリア首相は、僕らにゴーサインを出してくれるだろうか?」って。

――ホーク氏の何がクラフトビール会社の象徴にうってつけだと思った?



ボブの得意技がビールの早飲みで、国内ではいまだ無敵に近いのは、ポップカルチャー界でも有名だ。それに何よりも、ボブはオーストラリア史上屈指の名首相と称えられている。彼には、いまの政治家たちにはない、絶大な信頼感がある。ボブが体現する、そういう価値観はいまも、というかこれまで以上に人々の心に響くと思った。それでオーストラリアの新たなクラフトビール会社/ブランドの象徴としてぴったりだと思ったんだよ。

――広告業界をきっぱりと辞めて自身の会社を創業した理由は?



クラフトビール会社経営のことはほとんど何も知らなかったけれど、アイデア自体は間違いなく気に入っていた――まあね、オーストラリアの男なら、みんなそうさ。それに、広告業界での経験を活かせば、この手のブランドをオーストラリア市場で売り出し、成長させることはできるという自信もあった。ただ当時、大きなチャンスがいくつも目の前にあるのがわかっていたし、広告業界を辞めるタイミングとしては最悪だったかもしれないね。だから正直に言うと、もしもボブがホークズ・ブリューイング・カンパニーの創業を認めてくれていなかったら、何かしらの形で広告業を続けていた可能性は十二分にある。

――創業に至るまでの経緯は?



まずは、共通の知人を介して、ボブに打診をした。ボブが興味を示してくれて、それで数カ月後、シドニーに飛んで、元首相のキッチンで会合を持ったんだ。役員室じゃない、ご自宅のキッチンでね。

――実際に会ってみてどうだった?



もちろん準備万端で臨んだんだけど、緊張でガチガチだった。昔から憧れていた英雄を目の前にして、固まっちゃったんだよ。でも、プレゼンをはじめてから15分くらいだったかな、ボブはおもむろに僕らを制して、ひと言――「こんなにいい話を断ったら、私は大馬鹿者だ」。本当にそう言ってくれたんだ。

――広告業界で身につけたどんなスキルが、いまも役に立っている?



適応力はとくに重宝している。会社を経営するのは、毎日休みなくトラブルの火消しに奔走しているのと同じだからね。広告界では、トラブルはトラブルじゃない――チャンスなんだ。業界時代はありとあらゆる困難をくぐり抜けてきたし、いまはその経験をありがたく思っている。かなり鍛えられたから。原石を磨いてもらった、という感じかな。

――長年の同僚との共同経営については?



大きな強みだね。互いに太い信頼の絆で結ばれているし、どんな困難があろうとも、チームとして乗り越えていけるという自信がある。

――広告業界について、懐かしく思うことは?



あの独特のカルチャーや人々、並外れた才能たちとの仕事については、懐かしく思う。それと、仕事を委託できることも。いまは、何もかもすべて自分でやらないといけないから、とにかく時間がかかる。

――広告業界について、懐かしく思わないことは?



常に上司に見張られていた状況かな。いまは誰もいない。つまり、良くも悪くもすべて自分次第だから。自由はいいよ。

――広告業界を辞めて新たな夢を追いかけようとしている人に言葉をかけるとしたら?



業界外での人生を夢想している代理店の人間、とくにクリエイティブ畑の人たちにはよく会う。広告屋という快適な世界を出るつもりなら、不退転の決意ですること。人生は短い。それともうひとつ、たとえうまく行かないことがあっても、君たちには頼りになるすばらしい実績と経験がある、ということは伝えたいね。

(原文 / 訳:SI Japan)