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もくじ

ー クルマ屋さんの、いやな思い出
ー 店員だって「悩ましい」?
ー 「覆面調査員」を擁するビジネス
ー ほんとうに求められていること
ー 番外編 潜入訪問に同行

クルマ屋さんの、いやな思い出

「このクルマがほしいのかいらないのか、はっきりしようじゃないか」―ギャングコメディ映画「アナライズ・ユー」でロバート・デ・ニーロ扮するポール・ヴィッティは、クルマのセールスマン。こんな顔面パンチさながらの決めゼリフをくり出す、悪夢のようなヤツだ。

ただ、買うそぶりだけの無責任な客にこうしてキレるまでは、ヴィッティは相手の目を見て、ユーモアをまじえ、辛抱強く客に接する、けっこういいヤツだった。

しかしセールスというもの、相手がカチンとくるほど礼儀を欠いたり、無視したり、質問にまともに取りあわなかったり、商品知識がなかったり、何よりも客にケンカを売っているのような印象を与えていいわけがない。

この間、わたしは地元のフォードディーラーの店頭にあったフィエスタST-2が目にとまり、ふらりと立ち寄った。ところがクルマに近づくと、セールスマンは目を合わせぬように電子タバコをふかしながら離れていった。

その瞬間、STを試乗したい、あわよくば買ってしまうかもというわたしのときめきはタバコの煙のように空に消えた。そんな気持ちを引きずってショールームに足を踏み入れたら、何ということか、そこにはさっきの彼しかいなかった。

何を聞いても、はしょった答えしか返ってこない。彼が向こうでキャビネットを引っかき回してそのクルマの記録簿を探す間に彼の上司を見つけ、あらかじめ電話で予約をしておけばもっと親身に対応いただけましたかねとたずねた。

上司は仏頂面で「彼は忙しいんだ」と返してきた。どちらにしても五十歩百歩だとわかったところで、しょんぼりして店を後にした。

店員だって「悩ましい」?

わたしもAUTOCARにジョインする前、セールスマンをしていたので、この仕事の難しさはよくわかる。特に「気難しい」顧客に会うプレッシャーには悩まされるものだ。

セールスは接客のイロハとして「物腰をやわらかく」「相手を尊重して」「親しみをもって」と教わる。これは接客対応を生き生きしたものにするのだが、IT化された営業の世界には時代遅れとされることもある。相手の目を見て、身振り手振りをまじえて話し、相手の話に耳を傾けるという行為が、もっとも重要な営業スキルの座から滑り落ちる危機にひんしているのだ。

危機? いや、これはもう現実なのだ。

多くのディーラーで、このかけがえのない「やわらかな」接遇は、守ると昇給につながる「儲けの10か条」に負けて忘れ去られてしまっている。しかし、よく練られた営業スキルに接遇スキルを組み合わせればクルマが売れるのもまた事実なのだ。

とはいってもまだ捨てたものではなく、フォルクスワーゲン・グループ、ポルシェ、アストン マーティンに日産など、そのことに気づきはじめている自動車メーカーや大手販売会社もある。実は、彼らはある会社にお金を払ってみずからのディーラーに偽の客をよこし、セールスや整備担当者の対応が適切かどうかを確かめてもらっているのだ。

「覆面調査員」を擁するビジネス

オートモーティブ・インサイツというその会社は、この業界の第一人者。自動車産業のみに関わるのはここだけだ。登録された6000人の「覆面調査員」の中から常時300人が調査をおこなっている。調査員には独身/カップル/家族持ち全てが含まれ、年齢は17〜76歳、1日に5軒もたずねてくれる。ほとんどがポケットにビデオカメラを忍ばせ、ボタンの穴から小型レンズをのぞかせて店をおとずれる。

セールスや整備担当者の対応をみるのが目的なので、彼らは単刀直入にふるまう。オートモーティブ・インサイツの設立者で最高業務責任者のジョナサン・ファーミンはいう。「最高の覆面調査員は老年の男女です。自分の感情は表に出しませんし、しかもセールスや整備士のほうをうまく感情的に仕向けますからね」

ショールームと同じく、整備部門も接遇とは無縁の領域だ。あらかじめこちらがクルマの症状と訪問の時間を電話で伝えておいたとしても、整備担当者はコンピューターの画面に首っぴきだったりするのだから。

ところで、整備部門の覆面調査にはカメラだけでは不十分だ。なぜなら、クルマを点検してもらわないといけないから。もしクルマに故障がなかったら? 問題ない。ちょちょいとでっち上げておけばいい。

まず、クルマのコンピュータとキーのメモリーチップを初期化し、エラー履歴を消しておく。エンジンオイルに色素を混ぜて古く見せかけ、乗りっぱなしを印象づけることもある。タイヤの空気圧もめちゃくちゃにしておく。エアフィルターも汚いものに交換する。

仕掛けがばれないように、オイル注入口まわりにこぼれたオイルや、色素やタイヤのエアバルブキャップについた指紋などはふき取っておく。

ほんとうに求められていること

「ひきょうな手かもしれませんが、ディーラーの能力を正しく切り分けて測るにはこうするしかないんです」とファーミンはいう。「わたしたちの顧客は、測りやすくてすでに根づいた接客の『手順』が守られるかではなくて、接客対応そのものを知りたがっています。調査員に聞くのは、『いちばん大事なお客様として扱われている感じを受けたか』ということです」

オートモーティブ・インサイツのルーツはアメリカ。ファーミンが「ゆりかご接客」とたとえる国だ。

ファーミンは続ける。「バーでのチップ文化がアメリカの良質な接客を育ててきたのです。偽善ともとれますが、アメリカ人がチップを持ちこんだことで接客に活気と興奮がもたらされたことはまちがいないでしょう」

ありがたいことに、イギリスの顧客が求めているのは、「ごきげんよう」の言葉そのものではない。むしろ、われわれの優しいユーモア、率直さ、そしてものいわぬ辛抱がおりなす心地よいハーモニーだ。

彼はこうもいっている。「本気になったイギリス人ほど接遇に長けたひとはいませんね」。 くだんのフォードのセールスマンにもいってやってほしい。

番外編 潜入訪問に同行

オートモーティブ・インサイツ覆面調査員の潜入訪問に同行して。実際にどのような評価がなされるのか、覗いてみた。

調査員1の場合

ショールームに入ったときにあいさつを受けた記憶すらないが、展示車のそばに行くとすぐにセールスマンが寄ってきた。調査員は訪問理由を告げ、セールスマンに進行をまかせた。

セールスマンは支払に関するこちらの質問に食いつくと、残価設定ローン契約についてこちらの興味のないささいなことまで10分間も、ぼそぼそと抑揚のない話し方で延々説明し続けた。

彼としてはいちばん効率的な手順にそったのだろうが、その段階でそんな説明はいらなかったわけで、われわれとしてはむだ足になってしまった。

調査員2の場合

セールスマンはとりたてて愛想よくはなかったし、うちの誇るクルマをぜひわたしに買ってほしいという熱意も感じとれなかった。そんなわけで、彼からクルマを買いたいという気持ちはおこらなかった。

わたしの目を見て身振り手振りやユーモアをまじえて話すこともまるでなく、親しみを込めてわたしを名前でよぶことも、世間話で気を引くこともなかった。彼にとってわたしがいちばん大事だという感じには受けとれなかったといわざるをえない。

家族や友人にこのディーラーをすすめられるとは思えない。