3月19日、政府専用機でマンチェスター・ボストン地域空港に降り立つトランプ大統領夫妻。安倍首相は4月、訪米するべきではないかもしれない(写真:REUTERS/Jonathan Ernst)

3月14日、田中真紀子元外相が日本外国特派員協会の記者会見に登場し、久しぶりに「真紀子節」を炸裂させた。なかでも、安倍晋三首相の4月訪米について、「トランプ大統領に余計なことを言いに行くよりも、森友問題や財政再建などやるべきことは山ほどある。森友問題から逃げたいだけでしょ。安倍さんの政治家としての値打ちはその程度にすぎない」と痛烈にこき下ろしたのだ。

この「真紀子節」による安倍首相の訪米批判は、意外に的を射ているかもしれない。真紀子氏が言うように、国内政治から逃げようという批判だけでなく、北朝鮮問題をめぐる今回の日米首脳会談で、それこそ余計なことを言って、肝心の日米関係に亀裂が入るような事態を招きかねない危険性があるからだ。

オバマ前大統領との会談にも要注意

その危険性に関連して、外交上微妙な問題が起こっている。4月に予定されているドナルド・トランプ米大統領との日米首脳会談の前に、バラク・オバマ前大統領が個人的な目的で3月25日に来日することだ。安倍首相との会談を求めているが、菅義偉官房長官も認めているように、あくまでも民間人として会うことになっている。


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ただ、民間人として会う場合でも、米国には、形式論として法律上の問題がある。ローガン法という古い法律を適用すると、国の外交に関連することは、ホワイトハウス(大統領府)の現役トップではない民間人のオバマ氏にはできない、はずだからだ。

このローガン法は、過去に問題にされたケースが皆無ではないが、結局、適用されずに済んでいる。したがって、その有効性には大きな疑問がある。最近では、昨年の仏大統領選中にオバマ氏が民間人としてエマニュエル・マクロン大統領候補に会い、同氏を支持すると表明した。これは明らかにローガン法に抵触しているが、オバマ氏はもちろん罰せられてはいない。

オバマ氏は、2016年5月、米大統領で初めて広島を訪問、被爆者とも抱擁を交わし、「核なき社会」の演説は多くの人々に大きな感銘を与えた。

しかし、このオバマ氏の「核なき社会」論は、オバマ氏が現役の大統領時代に北朝鮮に対して無策だったために、実質的に大きな弱点があるという批判が、今日の米国にはある。エリート中のエリートであるオバマ氏が、この点を気にしていないはずはないであろう。

したがって、今回の訪日でも、安倍首相との会談では、北朝鮮問題に触れる可能性はゼロではない。これまでオバマ氏は北朝鮮に対しては「戦略的忍耐」と称して、事実上、何もしなかったことは、歴史的な事実でもある。

トランプ大統領は「戦略的忍耐の時代は終わった」と、昨年11月、日米首脳会談後の共同記者会見で明言し、「米国は日本と団結し、北朝鮮の悪意に満ちた脅威に立ち向かっていく。安全保障と主権を守っていく」と強調した。

そんなトランプ大統領は、これまで北朝鮮問題に何もしなかったオバマ氏はじめ歴代大統領の「無策」に対して怒り心頭に発している。それだけに、安倍首相としては、オバマ氏との会談によって、トランプ大統領と安倍首相自身の親密な関係に摩擦を起こしたり、亀裂を入れたりしないように注意する必要がある。

日本がディールキラーになりかねない

ここへきて北朝鮮問題は、実に大きく動いた。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、韓国政府の特使と会談し、4月末に韓国の文在寅大統領と会談することに合意。もし軍事的脅威がなくなり、体制維持が保証されれば、「核を保有する必要はない」と非核化にまで言及。そのうえで米国との対話の用意があると申し入れたのだ。

この誰も予想できなかったような大きな変化。それを呼び込んだのはほかでもない。一昨年の大統領選直後にトランプ大統領が、オバマ氏から北朝鮮問題を引き継ぎ、以来、トランプ大統領が一貫して強力に推し進めてきた軍事的手段を含む制裁と圧力の強化など、総合的な取引・工作があったからにほかならないと筆者は分析している。メディアが好むと好まざるとにかかわらず、「天才ディールメーカー」としてのトランプ大統領の面目躍如たるものがそこにはあるのだ。

いま起こっている北朝鮮の変化は、米国の過去の大統領の一人として無策だったオバマ氏にとっては、何とも格好が悪い。そんな分が悪いオバマ氏と安倍首相が会うことは、たとえオバマ氏が民間人の身分としても、安倍首相にとっては大きな国際政治リスクになりかねない。

金正恩氏の米朝首脳会談申し入れに対応しつつあるトランプ大統領に対しては、金氏本人はもちろん、韓国の文在寅氏も、中国の習近平主席も高く評価している。そんな状況下で、オバマ氏と安倍首相が会談することによって発せられる、オバマ流の「核なき社会」へのメッセージは、トランプ大統領が進めようとしている「米朝平和工作のビジョン」というディールを殺すディールキラーになりかねない。

安倍首相がオバマ氏に会うことは、ディールメーカーにはなれないオバマ氏を安倍首相が補助ないし支持してしまうことになり、結果的に安倍首相だけでなく、日本がトランプ大統領の「平和工作」に対するディールキラーになりかねない。日本にとっては「バッド・ディール」なのではないか。

言い換えると、安倍首相がオバマ氏と会うのは、日本にとってマイナスになる。そもそも現役時代のオバマ氏が外交上手だったとは言えない。安倍首相とオバマ氏との今回の会談は、北朝鮮問題という喫緊の課題において、国際社会全体に対してもマイナスになりかねない。それを防ぐためにも、安倍首相はオバマ氏と会わないほうがいいのではないか。

今後の安倍首相にとっては、森友問題など難問山積の国内問題を最優先させるほうが、真紀子氏が指摘したように、日本にとってマイナスにならず、むしろ追い風になるかもしれない。現役を退いた民間人のオバマ氏と会うより、混乱を極めている国内政治に全力を傾注することは、当たり前のことではあるまいか。

「日本の国内事情ファースト」で、非礼のほど、本当に失礼しますと、丁寧に説明すれば、その道理が分からないオバマ氏では決してないはずだ。

ティラーソン氏更迭の二の舞を避けよ

安倍首相は、これまで北朝鮮に対して米国とともに制裁・圧力の強化を強調してきた。そのことからすると、今回の激変によって米朝首脳会談が実現し、その会談が成功することになると、安倍首相はハシゴを外される格好になるという見方がある。

そういう見方は、米メディアの中にも明確にあるが、安倍首相はそういう見方に左右されたり、動揺したりすべきではない。なぜなら、仮に5月とも報じられる米朝首脳会談がうまくいき、非核化への方向に動き出した場合、そのすべての功績は、本来、トランプ大統領一人にあるからだ。

安倍首相は、その方向に協力していくと言明するのはいいが、あくまでもリーダーシップはトランプ大統領にあり、すべての功績は、安倍首相のモノではなく、トランプ大統領一人だけのものである。そのことを安倍首相は肝に銘じておくべきだろう。

もし安倍首相が、自分にも功績があるような発言をしたり、口に出さずとも内心で思ったりすれば、人の心を読むのを得意とするトランプ大統領は、たちどころに察知し、その怒りを買うことになる。それを契機に日米関係に亀裂が入りかねない。

レックス・ティラーソン国務長官が更迭されたのは、昨年夏のトランプ大統領に対する、ティラーソン氏による「間抜け」発言が主たる原因ではない。失脚直後の記者会見で、ティラーソン氏が北朝鮮との交渉では、自らに功績があったかのように発言したように、現在に至るまでのティラーソン氏の内心の動向が、トランプ大統領の怒りを買ったからだ。安倍首相はティラーソン氏の二の舞を避けなければならない。

真紀子氏が皮肉交じりに言ったように、4月の安倍首相の訪米は、森友問題からの逃げであり、それ自体、安倍首相の勘違いかもしれない。「ハシゴを外されてはかなわない」という思いが、万が一、ほんの少しでも安倍首相の内心に残っているのであれば、安倍首相にとっては、オバマ氏と会わないほうがいいだけでなく、4月の安倍首相のわざわざの訪米もやるべきではないのかもしれない。