優勝トロフィーを手に日の丸を背中にまとう大坂なおみ選手(筆者撮影)

3月18日、米カリフォルニア州のインディアンウェルズ・テニス大会(BNPパリバ・オープン)の女子シングルス決勝で、大坂なおみがダリア・カサキナ(ロシア)を6─3、6─2のストレートで下し、ツアー初優勝を飾った。グランドスラムに次ぐ規模のこの大会を制したのは日本選手初の快挙だ。20歳の彼女をアメリカの観客たちはどう見たのか。
(文中敬称略)

「今ごろ彼女のエージェントは真っ青になって慌ててるだろうな。ハッハッハ! ほら、マイクをしっかり握って、少しは落ち着いて!」


フロリダから試合を観に来たラリー・シャピーロさん(筆者撮影)

決勝の試合後、大坂なおみのしどろもどろの優勝スピーチを1万6000人の観客のひとりとして聴いていたラリー・シャピーロは、そう言いながら苦笑した。

「えーと、えーと、あ、そうだ、私のスポンサーにも感謝したいです。アディダスと日清とWOWOWと、え……とヨネックス!」

バカラのクリスタル製の優勝トロフィーの横で、頭に両手をあてて、感謝を伝えるべき人達を忘れないように必死に列挙する大坂なおみ。そんな彼女を砂漠の中のスタジアムの観客たちは笑いで包んで祝福していた。「若いな。こういう晴れ舞台に全然慣れてない。まさにテニス界のニュー・ブラッド(新しい血)だな」とシャピーロはつぶやいた。

ワクワクするパワー

彼はフロリダから毎年、飛行機でカリフォルニアのこの大会を見に来るほどのテニス好きで、米国人選手、ヴィーナス・ウィリアムズの長年のファンだという。

「なおみのプレーは見ていてワクワクするパワーがある。強敵を倒して決勝まで勝ち上がったのに、疲れも見せず、動きが良かった」と褒めたたえた。

決勝の試合中、相手選手を圧倒するショットを放ち、集中力を発揮していた大坂が、表彰台ではあたふたと取り乱している。そのギャップにシャピーロは目を丸くしつつも、くぎ付けになっていた。

その時、携帯にかかってきた電話に出た彼は「今、決勝終わったところ。あのフロリダの子が勝った」と電話の相手の友人に伝えた。


圧倒的なパワーを誇るサーブの様子(筆者撮影)

“フロリダの子”とは、フロリダ州に住む大坂のことだ。ちなみにシャピーロにとっては、錦織圭選手も同じく「フロリダの子」と形容できる。彼にとっては、このふたりは「ジャパニーズ」でもあるが、それ以前に自分と同じ「フロリダ州民」という印象が強いのだという。

約134万ドル(1億4750万円)の賞金を手にした大坂に拍手を送りながら、彼は言った。

76歳の常連客の大坂評は?

「錦織と同じように彼女もこれから大金を稼ぐんだろうな……」。すると、彼の隣にたまたま座っていた、ロサンゼルス近郊からやってきた別の観客、フレッド・テスタ(76)も同じことを口にした。


15年間、毎年観戦してきたフレッド・テスタさんと妻のロレーネさん(筆者撮影)

「この優勝で、大坂に一気に注目が集まるな。スポンサー活動やテレビ出演に時間を取られすぎて、練習がおそろかにならないといいけど。彼女のマネジメント陣はどうなんだ? そのあたりちゃんとコントロールできそうなのか? 大坂は、確かクリス・エバートのフロリダのボカラトンのクラブに所属してるよね?」

テスタはテニスのプレー歴約60年。エンジニアの職を現役で続けており、インディアンウェルズ大会のシーズンチケットを2003年から毎年買い、宿泊用にと大会会場近くにコンドミニアムまで購入してしまった。夫婦そろって2週間の全試合を観る目の肥えた常連客だ。

彼のように自分でテニスを実際にプレーするアクティブで裕福なシニア層が、「5つ目のグランドスラム」と称されるインディアンウェルズ大会を支えるメインの客層だ。

彼の大坂に対する印象は「セリーナより動きが速く、セリーナほどパワーはないが、相手のミスを待つよりも、多彩なショットでウィナーを積極的に決めにいくタイプ。ウォズニアッキにスピードとパワーを付け加えたような選手」だそうだ。

さらに彼は「私も昔は大坂みたいに速く走れたものだけど、今はもう全然ダメだ。でも朝7時半からの練習は欠かさないよ」と付け加えた。

ちなみに、セリーナとは、グランドスラムで23回優勝した米国人のセリーナ・ウィリアムズ選手のこと。大坂のあこがれの選手で、この大会で出産後、初復帰したばかりだ。

また、ウォズニアッキとは、女子の世界ランキング2位のデンマーク人、キャロライン・ウォズニアッキ選手のことだ。

この先には、たくさんのハードルがある

「大坂は今後、たくさんのハードルを飛び越えていかないとな。1回優勝した後、鳴かず飛ばずって選手もいるから」とテスタはつぶやく。

彼は、大坂が今後スポンサー対応に忙しくなりそうだと心配しながらも「高級車のレクサスとかが彼女のスポンサーについたらいいんじゃないかな。自分がレクサスの宣伝部なら今すぐにでも彼女を起用するけどね」と言った。


試合会場には、多くの目の肥えたファンが集っていた(筆者撮影)

決勝の試合を前に、メディアルームで記者たちに大会側から配布された資料にはこう書かれていた。

「大坂なおみ:世界ランキング44位。日本で生まれ、3歳で米国に移住。二重国籍の持ち主。フロリダ州フォートローダーデール在住。父親はハイチ生まれでニューヨーク大学で学んだ後、13年間日本に在住した。母親は日本人。姉もテニスプレーヤー。彼女のテニスのアイドルは、セリーナ・ウィリアムズ選手」

素顔の大坂は、「今どきの若者」

さらに、この大会のボランティアたちに大坂の印象を聞いてみると、こんな感想が返ってきた。


(写真:Jayne Kamin-Oncea-/USA TODAY Sports)

「彼女、話す時に口を大きく開けないでしゃべるけど、あれは日本式なの?」

「英語にみじんも日本語訛りがないけど、日本語は話せるの?」

「試合では完全に集中しているように見えるのに、インタビューで話しはじめると、恥ずかしがり屋さん。そのギャップがキュート」

「彼女は両親の出身国をとても誇りに思っているんじゃないかな」

ざっとこんな感じだ。

ハイチと日本のハイブリッドで米国育ちの20歳。ツイッターやインスタグラムなどのデジタルツールで自分の言葉で積極的に発信している点は、今どきの若者という感じだ。

彼女のあこがれのセリーナ・ウィリアムズもまた、ツイッターやインスタグラムを駆使して、さまざまなメッセージを発信してきた。

人種の多様性が豊かなカリフォルニア州では、二重国籍自体は特別珍しいことではなく、プロテニス界には2つの国籍を持つ選手はほかにも複数いる。

アメリカ人観客やボランティアたちの関心は、彼女の「国籍」よりむしろ、大坂が完璧な今どきの若者のアメリカ英語の語彙で話しつつも、いわゆるアメリカンな自信満々な態度を取らず、くすっと笑いながら、小さな声でぼそっとつぶやくその発言が、リアルで予測不能で面白い、という点だった。

「自分で自分のスピーチのことを『史上最悪の優勝スピーチかも』と言って、会場中の笑いを取れるチャンピオンなんて、いままで見たことない」。複数のボランティアたちがそう語った。

この業界でまれな清々しさ

「優勝すれば、日本人選手としてのこれまでの記録を破ることになるが、その点はどうか」と記者に聞かれた時も大坂は「別に……特に意識してない」と答えていた。

そんな彼女をアメリカ人観客たちは「unpolished」や「unfiltered」という言葉で形容し「この業界でまれな清々しさ」と評したりする。


息子が大会ボールボーイをつとめるビバリー・ハラーさん(筆者撮影)

賞金よりもスポンサー収入に頼りがちなプロテニス選手たちにとって、立て板に水のようにスポンサー企業名をすらすらと列挙できるスムーズな話術は、ほとんど必須なスキルでもある。そんな中、木訥(ぼくとつ)とした話しぶりで、自分をユニークに表現する若い大坂の存在は、アメリカでも、極めて斬新だと見られている。

「なおみがクスクス笑いながら話すところが何ともアジア的な感じ。彼女の豪快なフォアハンドの打球を見ると、女子にもついに若い強い世代が台頭してきたなと感じてうれしい」と語るのは、大会会場から車で1時間ほどの街に住むアジア系アメリカ人女性のビバリー・ハラーだ。

彼女の17歳の息子は、10歳の時から毎年、この大会のボールボーイをしており、今回も、ロジャー・フェデラー選手の試合中、炎天下のコートを走り回っていた。

「息子にテニスを習わせようと、試合を観に連れてきたら、テニスよりもボールボーイがやりたいと言い出して、今ではすっかりはまってしまった」と言う。

日の丸を背中にふわっとまとった

そのフェデラー選手とファンマルティン・デルポトロ選手の男子シングルス決勝の白熱する試合の間、大坂は、優勝者恒例の写真撮影にかり出されていた。


(写真:Jayne Kamin-Oncea-/USA TODAY Sports)

砂漠の山をバックに見渡せる屋外に各国のカメラマンたちが勢ぞろいし、大会の広報担当者が、日本の国旗である日の丸を広げようとしていた。

だが、突風が強く吹き付け、そのたびに、国旗がくるくると丸まってしまい、うまく風になびかない。

そこに登場した大坂は、トロフィーの横に座ると、さっと手を伸ばして国旗の上の端をつかむと、日の丸を背中にふわっとまとった。

その無言の仕草があまりに自然で、ついさっきまで、優勝スピーチに四苦八苦していた人とはまったく別人のようだった。

無数のシャッター音が鳴る数分の間、大坂は笑顔で風に吹かれていた。その光景は、目の前で、何かとてつもなく新しいことが起きている、と感じさせるのに十分だった。