名鉄乗馬クラブ クレイン東海の乗馬インストラクター、吉岡茂樹さん


 人生100年時代を迎えるにあたり、一生の中で複数のキャリアを築くことの必要性が唱えられている。定年退職後にどんな仕事に就くか今から考えを巡らせている読者も多いのではないだろうか。

 定年後も仕事をする場合、それまで勤めていた企業での再雇用や、自分の経験やスキルを生かせる仕事に就くのが王道だろう。だが、自分が本当に好きだったこと、やりたかったことを振り返ってみると、思いもよらない道が開けるかもしれない。吉岡茂樹さん(65歳)のセカンドキャリアはまさにそんなケースである。

 吉岡さんは日立製作所および関連会社で一貫して情報システムの営業に従事。60歳で定年退職したあと、異色のセカンドキャリアをスタートさせた。それは乗馬インストラクターの仕事である。現在、吉岡さんは名鉄乗馬クラブ クレイン東海(三重県桑名市)で週に3日レッスンを受け持ち、クラブ会員に乗馬を教えている。

 なぜ吉岡さんは乗馬インストラクターになろうと思ったのか。どんな方法でなることができたのか。吉岡さんにキャリアの枠を飛び越える方法を語ってもらった。

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スポーツクラブで見つけたチラシ

 1975(昭和50)年に日立に入社しました。最初の配属は名古屋営業所(のちの中部支社)でした。何度か転勤はありますけど、ほぼ中部支社でお世話になりました。仕事は営業です。主に金融機関向けの情報システムをずっと担当しました。東海銀行さんがお客様だったこともあり、金融向けシステムは中部支社でかなり大きな金額を売り上げていました。いい環境で仕事をさせてもらったと思います。

 2012(平成24)年に60歳で定年退職しました。定年後は、以前からお付き合いのあったソフト開発会社の方に声をかけていただき、顧問という形で週1〜2日程度、やんわりと仕事を手伝っていました。一方、自由な時間が増えたものですから近所のスポーツクラブに通い始めました。週に2日ぐらい行って、ジムで体を鍛えたり、家内に誘われて見よう見まねでダンスもやってみました。

 ところが、スポーツクラブに通っていても、どうも楽しくない。家内が頻繁に通っていましたので、ただ一緒にくっついて行くという感じでした。そうやってあまりすっきりしない気持ちでスポーツクラブに通っていたんですが、あるとき、フロントの脇に近所の飲食店のチラシと一緒に乗馬クラブ クレインのチラシが置いてあったのを見つけたんです。「インストラクター養成コース」という言葉が目に入って、すぐに手に取りました。

よみがえった「馬に乗りたい」気持ち

 実は、私は学生時代に馬に乗っていたんです。

 乗馬をしていた父親が、私が高校に入学したとき「馬術は競技人口が少ないからちょっと頑張りゃ国体に出られるぞ」とそそのかしたんです。その気になって乗ってみたら完全にはまってしまいました。以来、父親が所属していた乗馬クラブに毎日通うようになりました。クラブでは、全日本の大会に出ていた岩坪徹さんという方に指導してもらい、国体の高校生の部に出場することができました。大学でも乗馬を続け、高校・大学の7年間で2000鞍(くら)くらい乗ったのではないかと思います(編集部注:「鞍」は乗馬回数の単位)。

大学生時代の吉岡さん


 でも、日立に入社してからは一切馬に乗ることはありませんでした。学生時代は親のお金で乗っていましたが、新入社員にそんなお金はありませんので、すぱんと離れました。以来、営業という職種柄、お酒、カラオケ、ゴルフでずっと過ごしてきました。それがスポーツクラブでチラシを見たとき、学生の頃の「馬に乗りたい」という気持ちがよみがえりました。「自分にはこれがあった」みたいなのを思い出したんです。

 とはいえ、インストラクター養成コースにいきなり申し込むのは、ちょっとハードルが高い。約40年乗っていませんでしたから。そこで、ちょっと体を慣らして感覚を思い出してみようということで、レッスンを受ける会員になりました。いざ乗ってみたらがぜんその気になりまして、インストラクター養成コースに申し込んだというわけです。

半年で約10キロ痩せた

 インストラクター養成コースのカリキュラムは、朝9時から始まって夕方6時まで。それを週に4日です。1年間ほぼ休むことなく通いました。

 コースの内容は、騎乗が1日に2回。獣医学などの座学もあります。馬の手入れ、馬房掃除、餌やりも自分で行います。それから、馬の検温、治療なども実践で学びます。学生時代の乗馬は親がかりでしたから、自分で馬の世話をちゃんとしていたわけではありませんでした。だからカリキュラムは学ぶことだらけで、とても新鮮でした。

 でも、非常にハードでしたね。コースに入って半年で、お酒で膨れたおなかが締まりまして、体重が約10キロ減りました。馬に乗ると振動で体幹が鍛えられて痩せるんです。痩せるもう1つの理由は、馬房の掃除や餌やりなどで歩き回るからです。これで、見る見るうちにやせました。お酒もほとんど飲まなくなりました。サラリーマン時代は夕方4時ぐらいからむずむずするくらいお酒が好きで、毎晩飲んでいました。今は体がお酒を求めなくなりました。当時とは大違いです。

周りの反応は半信半疑

 家内は、私が学生時代に乗っていたことを知っていますので、養成コースに通うことに賛成してくれました。日立時代の知り合いは、「本当?」「なに考えてるの」という感じの半信半疑の反応が多かったですね。ただ、私が学生時代に馬に乗っていたことを知っている人は、いいのを思い出したねと応援してくれました。

 周りの反応で一番印象的だったのは、インストラクター養成コースに通っているときに話をするようになったある会員さんです。30代後半で、ホテルに勤めている方でした。ホテルで、よく定年退職記念のパーティーが開かれるそうなんです。パーティーで退職した方の挨拶を何度も聞いているけど、吉岡さんみたいに変わったことをしている人はいませんね、と言われました。やはり相当珍しいみたいです。

日立時代の仕事との共通点

 2015年1月、コースが修了に近づくころ、当時の所長からアルバイトとして指導員の手伝いをする気はないかという打診をいただきました。インストラクターになるつもりでしたから、これ幸いと引き受けました。

 今は週に3日レッスンを受け持っています。レッスンがある日は朝5時に家を出て6時にクラブにやって来ます。鞍を出して、馬を出して、馬に乗って運動をさせます。そのあとレッスンの準備に入り、9時から2つのレッスンを担当します。お昼ご飯を挟んで午後は3つのレッスンです。家に帰るのは夕方6時くらい。最初のうちは、帰ると疲れてすぐ寝てしまいましたが、今は体が慣れてだいぶ余裕が出てきました。

 会員さんに教えているのは、乗馬の姿勢や馬に与える指示の仕方などです。レッスンで一番心がけているのはとにかく安全第一ですね。背の高い動物ですから、万が一落馬したら非常に危険です。

 日立時代の営業と今の仕事はまったくの畑違いですが、共通点もあります。というのも情報システムの営業で何を目指していたかというと最後は顧客満足です。システムを入れたお客様の会社の業績が向上し、システム導入を担当した方や利用者に「日立のシステムでよかった」と満足していただく。それが営業の喜びだったわけです。それは今も同じです。目指しているのは会員さんの満足度向上です。

 営業でしたから、しゃべるのは慣れています。それは大いに役立っていると思います。インストラクターの仕事は、しゃべりが大切なんです。指導される側は、言われたことに納得しないと体が動きません。こちらがしゃべって、納得していただいて、体を動かしてもらう。その繰り返しです。レッスンの基本はコミュニケーションなんですよ。ときには、私がしゃべったことが会員さんにうまく伝わらないときもあります。だから日々反省して学んでいます。

いつまでインストラクターを続けるか

 ソフト開発会社の顧問の仕事もまだ続けています。乗馬インストラクターの仕事が週に3日で、顧問の仕事が2日です。結構忙しいですね。日立時代より忙しいかもしれない(笑)。

 インストラクターをいつまで続けられるかは体と相談です。恩師の岩坪先生は85歳まで現役で競技に出ていました。でも、あの方は鉄人ですからね。1つの自分の区切りは70歳です。あと5年です。そのときに今と同じように体が動くといいんですが。

 ただ、周りのインストラクターの方に心配されて迷惑をかけるようになったら難しいでしょうね。吉岡さん、大丈夫? みたいなことになってしまったらね。それまではインストラクターを続けたいと考えています。

筆者:鶴岡 弘之