地球上のすべての植物が完全に把握されているわけではなく、毎年新種の植物が発見され、報告されている。一般的には知られていないような植物であることも多いが、2018年3月13日に森林研究・整備機構森林総合研究所(森林総研)が発表した新種は、なんとサクラだった。

紀伊半島南部に未知の野生のサクラが分布していることが確認され、国内に自生する野生の桜としては100年ぶりの発見で、「クマノザクラ」と命名。学名は、日本植物分類学会が発行する雑誌で6月に公開予定だ。


こちらはよく似ているとされるヤマザクラ(Pekachuさん撮影, Wikimedia Commonsより)

ヤマザクラの一種かと思われていたが...

人知れずひっそりと咲いている花ともなれば、新種も見つかりそうな気がするが、その存在がよく知られ、花見シーズンともなれば全国各地で注目を集めるサクラの新種が発見されたというのは、興味深い話だ。

森林総研の発表によると、新種の「クマノザクラ」が発見されたのは、紀伊半島南部。熊野川流域を中心としたおよそ南北90km、東西60kmの限られた範囲に分布しているという。別に人里離れた山奥ではなく、人家の近くにも自生しており、人の目にも触れる状態だったとのこと。

であれば、誰かが「見慣れないサクラが咲いているな」と気がついても良さそうなものだが、なぜ全く注目されてこなかったのだろうか。Jタウンネットが森林総研に取材を行ったところ、調査にあたった同研究所多摩森林科学園・サクラ保全担当チームのチーム長、勝木俊雄さんから回答が寄せられた。

「サクラの野生種(人の手で改良されていない自生する種)のひとつ、『ヤマザクラ』は個体変異(ある個体のみに起きる一時的な変異)をもっていますので、地元ではそうした変異のひとつと考えられていたようです」

実は今回クマノザクラが発見された地域は、ヤマザクラやカスミザクラといったサクラが自生しているエリアでもある。それらとは異なる特徴を持ったサクラが咲いていることも知られていたが、「似てもいるし、変異なのだろう」と考えて見落としていたというわけだ。

ところが、2014年に森林総研が実施した全国のヤマザクラの調査で事態が動く。

「ヤマザクラの遺伝的変異を調査するものでしたが、紀伊半島産のヤマザクラとされた葉の標本をみたところ、明らかにヤマザクラとは思えない形態をしていました。そこで、2016〜2017年に詳細な現地調査を行った結果、自生しているヤマザクラやカスミザクラとは区別できる新種を確認したのです」

美しいピンクのサクラ(画像は森林総研プレスリリースより)

クマノザクラの特徴は、花の付け根部分が短く無毛で、葉はヤマザクラ・カスミザクラよりも小さく卵形。開花期は3月中旬ごろからと、他の桜よりも早く重ならない。

さらに多くのサクラは花弁の色が白、薄紅色なのに対し、クマノザクラは淡紅色。写真で確認しても美しいピンク色だ。人為的に改良したわけでもないのに花が咲く時にほとんど葉が伸びないため、観賞価値が高い。高品質な個体から種苗を作り出すことで、新たなサクラとして利用することも期待できるという。

もちろん、まだ調査・研究途上でそのルーツには不明点も多い。勝木さんも次のように指摘する。

「現状では他地域での生息は確認されておらず、地域固有種のようにも思えますが、調査が進んでいないので、他地域で確認される可能性は否定できません。西日本のヤマザクラは変異が大きいとされており、仮に分布が紀伊半島に限定される場合、ヤマザクラの地域変異(特定の地域内で生じる変異)か、カスミザクラなどの変種の可能性もあり得ます。クマノザクラのルーツは今後研究を進め、議論されていくことになるでしょう」

案外、我々の身の回りにも、見落とされている新種のサクラが咲いているかもしれない。山中で花見をする際は、花だけでなく色や葉の形をよく見てみると、まさかの発見がある?