米デトロイトショーでのUberの仮設乗り場(筆者撮影)

これは、事故ではなく事件だ。

次世代自動車の技術開発において絶対にあってはならぬ、大事件である――。


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アメリカ現地時間の3月18日夜、ライドシェアリング大手の米ウーバー(Uber)がアリゾナ州テンピで行っていた完全自動運転の実証試験中に歩行者の女性をはねた。女性は病院に搬送されたが死亡が確認された。

これを受けてウーバーは、アリゾナ州、カリフォルニア州、そしてオハイオ州で実施してきた公道での完全自動運転の走行テストを中止したと発表した。

テスラ「モデルS」でも16年に死亡事故

自動運転での事故といえば、2016年5月に米フロリダ州で起きたテスラ「モデルS」による死亡事故を思い出す人は少なくないだろう。日本でも大きく報道され、筆者もさまざまなメディア向けに原稿を書いた。あの事故の場合、死亡したのはモデルSの個人所有者であり、彼はYouTubeでモデルSが搭載する簡易的な自動運転機能を自慢するような性格の持ち主だった。

そのうえで事故の状況を今一度、振り返ってみよう。彼がモデルSを一般道路で日中に走行しているとき、走路を遮るように入ってきた大型トレーラーの側面に太陽光が反射した影響などから、モデルSの単眼カメラによる認識がうまく行われなかった可能性が高いと当局は見ている。

この事故の責任の所在については、道路交通法上は運転者が自動運転機能を過信したことによる安全運転義務違反の可能性がある。また、技術面では画像認識技術について、事故当時にテスラと共同開発していたイスラエルのモービルアイ(現在は米インテルの子会社)及びテスラ社内の自動運転開発部門の責任が考えられる。

一方で、今回アリゾナで起こった事故の責任は100%、ウーバー側にあると考えられる。

これまでのウーバーからの発表では、事故発生時の詳細な状況は明らかにされていない。ただ、これは実証試験中の事故であり「万が一の場合に備えて自動運転技術に精通した者が運転席に常時着席し、いつでもハンドル操作及びアクセル・ブレーキ操作ができうる状態にいなければならない」という、州が定める自動運転実証試験ガイドラインに沿ったセイフティネットを考慮した状況で起こった。

筆者の個人的な見解でも、運転席に着座していたウーバー関係者が運転管理者として義務を果たせなかったという過失になると思う。

今回の事故について理解を深めるために、自動運転の量産と開発の実情を紹介したい。

筆者はこれまで日本、アメリカ、欧州、中国、中東などで自動運転に関わる自動車メーカー、自動車部品メーカー、そしてベンチャー企業を数多く取材しており、コンフィデンシャルを条件として実証試験車に乗車する機会もある。

また、世界各地で開催される自動運転に関する学会やカンファレンスにも出席し、自動運転に関する各国のエンジニアや学識者と意見交換を続けている。

その上で、現在の自動運転は、パーソナルカーとサービスカーという2つの領域が並行して開発が進んでいると見ている。

また付け加えると、自動運転における自動運転レベルは「レベル1」から「レベル5」の5段階で示される。これは2016年9月、米運輸省道路交通安全局(NHTSA)が米自動車技術会(SAE)の示す自動運転レベルに準拠すると発表したことで、日本を含めて事実上の世界標準として採用されている考え方だ。

レベル0:運転者が全ての運転タスクを実施
レベル1:システムが前後・左右いずれかの車両制御に係る運転タスクのサブタスクを実施
レベル2:システムが前後・左右の両方の制御に係る運転タスクのサブタスクを実施
レベル3:システムがすべての運転タスクを実施(※限界領域内)、作動継続が困難な場合の運転者は、システムの介入要求等に対して、適切に応答することが期待される
レベル4:システムがすべての運転タスクを実施(※限界領域内)、作動継続が困難な場合、利用者が応答することは期待されない
レベル5:システムがすべての運転タスクを実施(※限界領域内ではない)、作動継続が困難な場合、利用者が応答することは期待されない
※ここでの「領域」は必ずしも地理的な領域に限らず、環境、交通状況、速度、時間的な条件なども含む
(出所)官民ITS構想・ロードマップ2017

パーソナルカーの自動運転レベルは1〜3

パーソナルカーは、自動車メーカーが主体に、高速道路での実用化を目指して開発中の自動運転技術であり、自動運転レベル1〜レベル3を想定している。


2017年1月のデトロイトショーに登場した「Waymo」(筆者撮影)

一方で、サービスカーとは相乗りタクシーやバスなど公共交通の色合いを持った乗り物を想定している。この領域は一般的に、完全自動運転と呼ばれ、自動運転レベルはレベル4とレベル5を想定。米アルファベットのグーグルからスピンアウトしたWaymo(ウェイモ)、アップル、そしてウーバーなど自動車メーカー以外の企業が巨額投資を行って開発を進めている。

自動車メーカーもレベル4とレベル5の実用化に向けた基礎研究は行っているが、昨年中盤あたりまでは実用化に向けた動きに対して消極的だった。だが、昨年後半以降に入ってから状況は変化しており、独フォルクスワーゲンのMOIA(モイヤ)、日産とDeNAのイージーライド、そしてトヨタのe-パレットなど、2020年代前半の実用化を目指すとの発表が相次いでいる。

パーソナルカーとサービスカーは、ハードウエアやソフトウエア、また道路側のインフラ整備について大きな差はない。

車載のセンサーは、単眼カメラ、ステレオ(複眼)カメラ、ミリ波レーダー、レーザーレーダー(通称ライダー)、赤外線センサーなどで、走行目的や量産における購買コストによって、数と種類でさまざまな組み合わせがある。それぞれのセンサーの精度や小型・軽量化については各領域の専門企業における開発が進んでいるが、現状でもかなり高い精度が得られていると、自動車メーカー関係者の多くは見ている。

また、位置情報については、アメリカのGPS、ロシアのグロナス、中国の北斗(ベイドゥ)などのGNSS(衛星位置測定)を基本として、日本ではこれらと日本独自の準天頂衛星を併用する。さらに、高精度三次元地図については、独Here(ヒア)、オランダのTomTom(トムトム)、そして日本が産学官連携で進めるダイナミックマップとの連携が進む。

さらに、車どうしの通信である車車間通信(V2V)や、車と道路インフラとの通信である路車間通信(V2I)、さらに車と歩行者との通信である歩車間通信(V2P)についても徐々に整備が進んでいる。

ハードウエアの技術に加えて、自動運転技術のキモとされるのが、人工知能(AI)だ。この領域の主役は、画像認識における演算を行う半導体産業で、米エヌビディアや米インテルなどがしのぎを削っている。

リアルワールドで起きた重大事件

こうした自動運転の技術開発が進む中で、最も重要なことは「リアルワールド」におけるデータ収集だ。そのため、今回事故を起こしたウーバーをはじめ、自動車メーカーや大手自動車部品メーカーは世界各地で公道における実証試験を行っているのだ。

当然、未完成の技術を公の場でテストするのだから、実験実施者のリスクは大きい。そのために、各国の当局は自動運転実証試験におけるガイドラインを示し、その中で「万が一の場合に備える」ことを重視してきた。


ウーバーがボルボの協力を得て開発した実験車両(筆者撮影)

ところが今回、実証試験においてはあってはならぬ、歩行者をはねて死亡させるという事故が起こった。事故の調査は今後進むが、当局も自動車関係者も、そしてこれから自動運転に参入しようとしているグーグルやアップルなどのITジャイアンツとしても、事故が起こったという事実を重く、深刻に受け止めなければならない。

走行が夜間だったのでセンサーの検知精度が甘かったとか、歩行者が予期せぬ方向からいきなり現れたといった言い訳は一切通用しない。

リアルワールドでの実証とはいえ、まさかワーストシナリオが起こってしまうとは、ウーバーのみならず、世界の自動車産業関係者はまったく予想していなかったことだ。

今回の事故、いや事件は、自動運転サービスカーの実用化の時期を大幅に遅らせることになる可能性が高い。それだけではなく、自動運転パーソナルカーにおける安全基準についても大幅な見直しが求められるだろう。