小倉くるみさんは保育士を目指して都内の女子大学に通っている(編集部撮影)

この連載では、女性、特に単身女性と母子家庭の貧困問題を考えるため、「総論」ではなく「個人の物語」に焦点を当てて紹介している。個々の生活をつぶさに見ることによって、真実がわかると考えているからだ。
今回紹介するのは、「親の借金を返さなければならず、風俗で働いています」と編集部にメールをくれた、21歳の女子大生だ。

アルバイトは、塾講師とデリヘルの掛け持ち

東京副都心のある繁華街。半径200メートル程度に飲食店、パチンコ店、風俗店、ラブホテルが密集する。日本語だけではなく、四方からアジア各国の言葉が飛び交い、中国語や韓国語だけの看板も点在する。有名女子私大2年生の小倉くるみさん(仮名、21歳)と、この繁華街では有名なスポットで待ち合わせた。


この連載の一覧はこちら

「風俗を始めたのは、半年前。まだ十代なのに男の人を相手にする、こんな仕事して大丈夫?って思ったけど、もう、そんなことを言っていられないし」

小倉さんは年齢よりしっかりした印象で、理知的な雰囲気が漂う。かわいいというより、美人だ。大学の授業を中心に、空いた時間に塾講師とデリヘルの掛け持ちでアルバイトする。塾に週4日、そして週2日この繁華街に通う。表情は憂鬱そうで、疲れた様子だった。

「風俗は肉体労働ですから、まあ疲れますよ。1日2人、多いときは3人くらい。2人に1人は、本番させてほしいって言います。体調とか人によるけど、断るのも面倒くさいし、おカネをもらってします。まあ、売春ですね。知らない男の人と、本当になにをやっているんだろうっていつも思っていますよ」

風俗嬢と男性客が個人的に交渉し、サービス追加をしたり、店を通さずに会ったりすることは“裏引き”と呼ばれる。女性と客が本番をすれば、店は売春防止法違反となってしまう。地元警察署に届け出をして営業する風俗店は、基本的に違法行為は厳禁である。しかし、女性の収入が増えることもあり、裏引きによる本番行為に関しては見て見ぬふりをするケースが多い。彼女は「客に会うかもしれないし、ここ(繁華街)にいたくない」と言う。電車で十数分の自宅近くの街に行くことにした。

小倉さんは九州出身、大学進学で上京した。大学近くの住宅街で、一人暮らしをする。家賃は月6万3000円。年間100万円の学費は親が払うが、実家からの仕送りは一切ない。一切ないどころか、年間20万円程度を親の口座に送金しているという。

東京生活で日々かかるのは家賃、光熱費、食費、交通費、通信費、服飾費、図書費などなど。普通に生活するためには、月15万円はかかる。2年前、上京してからすぐに塾講師を始めた。経済的に苦しい状態は続き、半年前にカラダを売ることを決意した。現在の収入は塾8万〜10万円、風俗20万円程度、若干余裕のある生活は送っている。

父親が「奨学金」を使っている

小倉さんは保育士を目指している。大学の成績はトップクラスという。

「高校で進路を決めるとなったとき、保育士になりたいと思った。別に子どもが好きとかじゃなかった。子どものとき、親から大事にされていなかったと思ったから。どうしても自分が幸せだと思えなかったし、もうそれは取り返しのつかないこと。ならば、自分が親からもらえなかった愛情を、ほかの子どもにあげられたらいいなって。それが保育士を目指すようになったキッカケですね」

家庭に問題があったようだ。実家には父親と妹がいる。中学生のときに母親は病死して、それから父子家庭となった。

「大学入っていろんな人に会って、もしかして親から大事にされなかったのかなって。あとから気づきました。父親は私と妹がいるからおカネがかかるみたいなことを怒鳴って、『お前には死んでほしい』って実際に首を絞められたり。さすがに肉体的に苦しめられると、大事にされているとは思わないですよ」

父親は53歳、ある士業で自営業だ。2人の子どもに基本的に興味はなく、趣味に勤しみ、父親と娘の距離は遠かった。聞いて驚いたが、彼女は返済義務のある日本学生支援機構の第一種(6万4000円)、第二種奨学金(12万円)をフルで借りていた。月18万4000円である。奨学金が振り込まれる彼女名義の預金通帳は父親が管理し、年間100万円の学費は奨学金から父親が支払う。余る年間120万円の奨学金は、父親が生活費に充てているという。

大学4年間で彼女が抱える負債は単純計算で883万2000円となる。上限年利3パーセントの金利を含めたら、返済総額は900万円を超えてくる。社会人になったとしても、低賃金が社会問題となる保育士だ。おそらく給与だけで単身で暮らすことすら苦しい。そのような経済状況の中で、900万円を超える負債を抱えて順調に返済ができるはずはない。彼女の未来は、すでに暗い。

奨学金をフルで借りたのは、父親の薦めです。借金できるのはいいことだって契約させられました。私大なので学費もかかるし、それは仕方ないことと思っていました」

大学生の親にバブル世代が増えてから、子どもの奨学金を親の家計に組み込む話はよく耳にする。奨学金の契約時、本人は未成年なので、親任せなことが多く、詳しい内容をわからぬまま契約して負債を背負うことになる。

「大学の友達から、それはおかしいと聞いて、私の奨学金を父親が使っていることは普通の家庭ではありえないことは自覚しています。でも、父親は怖い。なにも言えないし、我慢するしかない。将来的に全部私の借金になるけど、もう仕方がないってあきらめています。卒業して保育士になっても、とても返済できない金額ってこともわかっています。どうにもならないです」

あきらめ切った表情で、吐き捨てるように言う。奨学金だけではない、父親からはたまに電話がきておカネをせびられる。先々月は風俗を始めておカネの余裕があり、父親の口座に10万円を送金した。当然、父親は彼女が経済的に追い詰められ、風俗嬢をしていることは知らない。

ずっと冷めた家庭だった

奨学金が親の家計に組み込まれ、困窮する彼女が性風俗で働く現実は普通ではない。保育士免許を取得するだけなら、上京する必要はなかったが、どうしても家を出たい事情があった。

横暴で自己中心的な父親に病弱な母親、ずっと冷めた家庭だった。中学生のときに起こった母親の病死で、家族の中に深刻に亀裂が走った。父親に対する距離感と嫌悪感を語ってから、亡くなった母親の話になった。彼女は第一印象から年齢より大人びたイメージがあったが、家族を頼ることができないから精神的にも経済的にも自立し、自分自身が置かれた厳しい現実を理解しているからだった。

「お母さんは肺炎を合併症で起こして、結局亡くなった。お母さんは子どもの頃から入退院を繰り返していたから、一緒に過ごした記憶みたいなのはなくて。子どもの頃から父親のことも母親のことも嫌いではなくて、好きで信頼をしていたけど、お母さんが亡くなってから妹だけしか信用できなくなった。お母さんが亡くなったとき、自分でもわからないけど、全然悲しくなかった。本当に涙も出なくて」

亡くなる1カ月前、父親から「お母さんとはしばらく会えないよ」と言われた。いつもの入院と思い、心配することもなく、部活と試験勉強をしていた。「危篤」の知らせが入った。

「死んでしまうほど状態が悪いなら、私と妹になにか言ってほしかった。でも言ってもらえなかったってことは、別に私とか妹とか、そこまで気にされる存在でもないのかなみたいな。悲しくないって言ったらうそだけど、実感が湧かぬまま、お葬式ではみんな悲しんでいた。親とか、母方の家族とか祖母とか。私1人だけ、気丈な感じになって疎外感がありました。今思えば、母親の死から家族に絆みたいなものはないと悲観するようになったし、たぶんそれは現実で間違っていないと思う」

母親の死から数カ月後、父親の不倫が発覚した。数年間に及ぶ関係という。妹が不倫相手とのメールを見つけ、亡くなった母方の祖母に父親の不倫を話してしまった。それから祖母は2人の孫に父親を非難し続け、父親は母方の祖母を毛嫌いした。母親が死んでから父親は娘を突き放すようになり、時折「おまえら死ねばいいのに」みたいなことを言った。

高校時代。祖母と父親に間に挟まれた彼女は家族同士の悪口、罵り合いを聞き続けた。あなたの父親はロクでもない人間、あのクソババア……。家族など、なにも信用できない関係と確信するようになった。妹を実家に置いていくことだけは気がかりだったが、高校を卒業したら進学を口実に地元から逃げることに決めた。

高校時代は成績がよかった。第1志望の大学に合格した。父親に薦められるがまま日本学生支援機構の奨学金を借り、東京行きの新幹線に乗った。父親からは東京での生活費は、全部自分で稼げと言われた。少し大変かもしれないけど、なんとかなると思っていた。

すぐに、学習塾の講師募集の面接に行った。簡単なテストを受けて採用された。大学の授業が終わってから頑張って働いても、8万〜10万円にしかならなかった。かつては家庭教師や塾講師は大学生の代表的な高賃金アルバイトだったが、学習塾がフランチャイズ化した現在は賃金は安い。授業の準備も含め、1060円という時給は、東京の最低賃金に近い金額である。

キャバクラは1年くらいで限界

「大学1年の4月、5月は塾講師のほかにも、工場で作業する日雇い派遣とか。仕事はかなり頑張ってやったけど、おカネは全然足りなかった。生活できるだけは稼げなかった。月3万〜4万円は足りなくなるので携帯代払えないとか、電気代払えないとか。覚悟して実家を出たけど、本当に厳しいと思った。どうにもならなくて、6月にはキャバクラを始めていました。水商売とか世間的にイメージが悪いじゃないですか。まともな仕事で生活したいとは思っていたけど、早々断念しました」

自宅最寄りの駅前にあるキャバクラに即採用された。時給は安く1800円。経験がないので、その時給が高いのか安いのかわからなかった。塾のアルバイトが終わってすぐにキャバクラに出勤し、深夜2時まで男性客の相手をした。塾の8万円にプラスして、キャバクラで10万円程度を稼げるようになって、初めて東京での学生生活が成り立った。

朝から深夜までスケジュールが埋まる。厳しい生活だったが、心配事がなくなり、精神的には余裕ができた。塾で知り合った大学院生の講師仲間に告白され、男女交際もするようになった。

「キャバクラでは売れたというほどではないけど、まあ、やっぱり18歳、19歳だからお客さんには好かれました。近くに住んでいるお客さんと、話が合ったし。プライベートでもよくしてくれる人がいて、プレゼントをくれた。お酒とかバッグとかいろいろもらったけど、使わないからメルカリで売っちゃう。けっこうおカネになって助かりました」

大学は順調に単位を修得して、学生生活も問題なかった。キャバクラは割のいいアルバイトという感覚しかなかったが、1年くらいで限界がきた。

「キャバクラは肉体の疲れはあまりないけど、精神的に削られる。ほかに女の子たちもいるし、お客さんとかも、キャバクラの女の子の中で誰がかわいいとかかわいくないとか。容姿とか人格とかをズバズバ言う人がいる。聞いていると自分のことじゃなくても、ああ、そういうこと言うんだみたいな。しつこく口説いてくるオジサンとか。私は時給だけもらえればいいので、そういう仕事と関係ないことが嫌で精神的な負担になりました」

大学2年の夏、キャバクラをやめた。

キャバクラをやめたら生活ができなくなる。奨学金を生活の足しにしている父親に返してほしいとは言えない。いくら仕事を探しても大学と塾の合間にでき、単価が高い仕事は風俗しかなかった。ある副都心のデリヘルに応募した。1年以上付き合っていた彼氏はいた。しかし、彼氏の顔がよぎることはなかった。

「割り切ってできる風俗はキャバクラよりいいかなって思いました。出勤してラブホテルかレンタルルームに出向いて、お客が待っている。その人に性的サービスする。それで本番がしたいって言われたら、いくらかおカネもらってセックスする。時間になったらシャワー浴びて解散みたいな、そういう仕事です。私、なにをしているんだろうって疑問はあるけど、ラクです。おカネがないから、仕方ないことだし」

風俗嬢になって1カ月。うそをつかなければならない関係が鬱陶しくなって、彼氏とは別れた。

小倉さんの厳しい状況は、親からの仕送りがない大学生の一般的な風景だ。簡潔にいえば、地方出身の単身大学生は水商売か風俗をしなければ、学生生活は送れない。彼女のように経済的な苦境に陥る女子大生は膨大に存在し、男子学生も高単価なアルバイトを求めてキャッチやスカウト、ホストなどに流れている。

父親の奨学金着服に関しては本当にあきらめているようで、もうどうでもいい……と投げやりな様子だった。このまま1000万円以上の負債を背負って保育士になっても、あまり明るい未来は見えない。

たまにどうやって死ぬのかも考える

彼女の未来は、現段階ですでに暗い。本人はどう思っているのか。「10年後、小倉さんはどうなっていると思う?」と聞いてみた。

「暗い話なんですけど、たぶん自殺していると思います。将来のことはよく考えるけど、幸せな自分は当然、生きている自分の姿も想像つかない」

表情ひとつ変えずに、そう言う。他人から同情を引きたいタイプではない。本心で言っているように感じた。

「自分が若いからなのかもしれないけど、人生経験がないからなのかもしれないけど。いくら考えても、将来の見通しは立たないです。保育士になって社会の一員になっても、どうしても10年後に結婚したり、出産したり、キャリアを積んで働いていたり、そういう普通に生きている姿が想像つかない。20年生きてきたけど、人生に対して肯定的な気持ちになれないし、これから生きてもいいことがあるとは思えない。今だって実際、知らない男の人相手にカラダを売っちゃっているわけだし、そうやってどんどん落ちていくのかなって」

たまにどうやって死ぬのかも考えるという。

「飛び込みは人に迷惑がかかるから、首吊りかな。そういうことは本当に頻繁に考えていて、いつそうするかわからないけど、いずれそういうことになると思う。これまで生きてきて、人とかに対して全然、なんだろう、プラスの感情を持てなかった。親もそうだし、これから出会う人も、そういう人ばかりなのかなとか。大人になってもっと苦しくなるなら、どこかで終わりにしたいなって」

なにも知らされぬまま突然亡くなった母親、不倫して奨学金を着服する父親、家族を延々と罵る祖母、頑張っても学生生活が送れない東京、キャバクラで女性を罵る客、本番を頼み込んで腰を振る男性客、1000万円を超える負債――彼女がこの5年間で見た風景だ。

「やっぱり、すべては母親が亡くなったときかな。死んじゃうなら、やっぱりなにか言ってほしかった。お母さんが私に会いたくなかったのかもしれないし、わからない。裏切られたのかな」

話は終わった。死んでから母親に裏切られた、と心の底で思っている。東京に来て、父親に奨学金を取られたと知っても「あ、そう」としか思わなかった。

本連載では貧困や生活苦でお悩みの方からの情報をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。