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いざというとき、自分の身を守ってくれるものは何か。その筆頭は「法律」だ。「プレジデント」(2017年10月16日号)の「法律特集」では、8つの「身近なトラブル」について解説した。第3回は「印鑑の常識・非常識」について――。(全8回)

■遅延損害金を、書き加えられた例も

例えば、通信会社とスマートフォンの契約をするときや、クレジットカードに加入するときの「申請書類」には、「捨て印」を押す欄が設けられていることが多い。

古くからある印鑑文化の慣習だが、どんな意味があるのか? 理崎智英弁護士はこう語る。

「基本的に訂正印の意味です。申請者が書類に記入した内容が間違っている場合等に、書類を受け取った側が申請者に代わって捨て印を訂正印として使用します。訂正可能な範囲を定めた法律はありませんが、書き間違いや誤記など、軽微で些細な内容を修正できるというのが一般的な考え方です」

修正できる書き間違い・誤記は、氏名、住所、社名、日付など(表参照)。氏名を戸籍通りの旧字体にする(例:大沢→大澤)、住所を企業内規に基づき表記統一する(「東京都千代田区永田町2−16−1」→「2丁目16番地1号」)といったようなケースである。

▼捨て印で「修正できる」と「修正できない」の違い
修正できる
・氏名
・住所
・社名
・電話番号
・日付
・郵便番号の誤記
・住所の表記変え
・文字の統一
・氏名を戸籍に沿って旧字体に変更
修正できない
・金額
・契約期間
・契約内容
・契約者の変更
・利率

■相手方の信用度をよく確かめる必要がある

「弁護士業界でも、裁判の依頼を受ける際、依頼者に訴訟委任状を書いてもらうのですが、捨て印をいただいています。相手方の氏名や管轄裁判所名、事件番号などで訂正すべきことが出てきた場合、委任された弁護士が捨て印を使って訂正することがあります」

訂正は、言葉を削る場合と加筆する場合およびその両方がある。申請書の欄外に押される捨て印の近くに「一字削除」「二字追加」等と記入することで訂正を成立させる。

捨て印がない場合、間違いや誤記があったら、そのつど、電話や郵送などで書類に関するやりとりをしなくてはならない。捨て印はそうした面倒な手間を割愛し事務処理のコストを減らす“知恵”だ。ただし、むやみやたらと押していいわけではない。捨て印を押す場合、印を求める相手方の信用度をよく確かめなければならない。

■最高裁までもつれた事案も存在する

「相手側に悪意があれば、契約内容の重要な部分を変更されることもありえます。例えば、売買契約書や金銭消費貸借契約書等の契約金額等です。こうした訂正(変更)は、契約の重要な内容を変更するものであり、捨て印でできる範囲を明らかに逸脱しています。そんな事例は多くはありませんが、ゼロではありません。だから、捨て印の扱いには十分注意すべきです」

実際、最高裁までもつれた事案も存在する。昭和53年に判決が出た事案は、金銭消費貸借契約書のトラブルだった。債権者(貸主)が、債務者(借り主)が書類に押した捨て印を利用して勝手に「遅延損害金3割」と書類に追記したことが事の発端だ。

「お金を貸した側が、当初、何の記述もなかった遅延損害金を勝手に書き込んだようです。最高裁は当然のことながらこうした行為は認めず、捨て印を使って貸主がどんな条項も記入できるものではないと断じました」

レアケースではあるが、こうした悪質な相手も存在するということは知っておいたほうがいい。

「契約時に印鑑を押してもらう理由は、“正式に書類を申請するんですね、後戻りできないですよ”という意思確認の意味もあります。だからどんな印でも、決して安易に押してはいけません」

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理崎智英
弁護士
福島県出身。一橋大学法学部卒。2010年、弁護士登録。福島市内の法律事務所を経て、現在は東京都港区の高島総合法律事務所にて、さまざまな業界の企業法務を担当。離婚・男女問題にも詳しい。

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(フリーランス編集者/ライター 大塚 常好 写真=iStock.com)