映画『厉害了 我的国』の予告編より


 政治、経済、軍事とあらゆる方面で権力の集中を進める中国の習近平政権。芸術や文化の領域においても例外ではない。かつて数々の名作を生んだ中国映画に異変が起きている。

 春節明けの3月2日、中国で映画『厉害了 我的国』が封切られた。タイトルは日本語に訳すと『すごいぞ、我が国』である。中国人の友人によれば「習近平を褒めたたえる映画」だという。「そんな映画、誰が見るのだろう」と尋ねると、友人はこう答えた。

「国営企業の社員や学校の先生、生徒が、集団で見に行かされているんです」

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「すごい中国」が“てんこ盛り”

『厉害了 我的国』は国営テレビ局の「中央電視台」と映画制作会社「中国電影股份有限会社」の合作映画だ。解説の冒頭にはこうある。

「十八大以来の中国の発展と成就、十九大の報告の中で習近平総書記が提起した『新時代の中国の特色ある社会主義』の一大論述を、記録映画の形で銀幕の上に現した」

「十八大」とは、2012年11月の中国共産党第18回全国代表大会を指す。この党大会で、習近平をはじめとする党指導部が選出され、新体制が発足した。続く2017年10月の「十九大」では、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、臂平理論などに続き、「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」が6番目の指導思想として党の規約に明記された。

 映画の内容は、習近平政権の足跡を追うドキュメンタリーだ。前半は「すごい中国」のシーンが“てんこ盛り”で登場する。

 中国科学院国家天文台が建設した世界最大の「500メートル球面電波望遠鏡」、南シナ海の天然ガスハイドレートを掘削する世界最大の海洋掘削装置「藍鯨2号」、2017年末に運行開始した中国独自開発の国内初の無人地下鉄――。中国人なら誰であれ、これを見れば「すごいぞ、中国」と留飲を下げることだろう。

党の方針が映画作りを左右

 現在、中国ではこうした愛国映画が配給の主流になろうとしている。「愛国主義こそが最も根本的な社会主義の核心的価値観だ」とする習近平国家主席の思想が、映画制作にも影響を及ぼしつつあるのだ。

 中国では、制作後の映画フィルムはすべて国家新聞出版広電総局(以下、広電総局)に検閲を受ける。昨秋、広電総局の副局長・童剛氏は「人民日報」に寄せた原稿の中で、「中国の映画は『民族の偉大な復興』『中国の夢の実現』のプロセスの中で、使命と責任を負う」と記した。

 2017年7月、その広電総局も中国共産党も絶賛する映画が封切られた。『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』(WOLF WARRIOR 供砲任△襦K無登峰国際文化伝播有限公司が制作したこのアクション映画は、封切りからわずか1カ月余で1億5000万人の観客を動員し、56億7800万元(約965億円)の興行収入を叩き出した。

 ストーリーは、かつて人民解放軍特殊部隊の隊員だった主人公がアフリカの内戦に巻き込まれるというもの。元軍人の責任感から主人公は帰国の途につかず、あえて戦場に赴き、内乱に巻き込まれた中国人と地元難民を救援する。

 作品は2011年のリビア内戦を想起させる。このときリビアにいた中国人は、中国政府が差し向けた救援機で脱出に成功した。同作品が共産党から高く評価されたのは、中国企業のアフリカ進出や現地の政局不安というリアルな世界の出来事を、「中華民族と祖国を守る革命精神」と結び付けているからだ。

映画制作現場は「サポート」を歓迎

 映画制作の現場では、映画が政府に歩み寄る状況をどうとらえているのだろうか。ある映画人はこう語っている。

「近年、『民族の復興』や『中国の夢』がテーマに含まれる映画なら、政府が資金を出してくれるようになりました。国産映画の振興には、国務院をはじめ財政部や人民銀行までが力を入れています。企画が党の方針と合致すれば、撮影場所の提供から税金の優遇まで多方面のサポートが得られるのです。映画制作は常に資金調達と回収が大きな悩みの種ですから、そうしたサポートは非常に助かります」

 中国の映画は、1950年代前後に徹底的に政治宣伝に利用された歴史がある。文革後は比較的自由になった空気の中で数々の名作が生まれ、近年はコンピュータグラフィクスを駆使した映画がヒットするなど、映画は一大産業に発展した。

 習近平政権は、隆盛期を迎えた映画産業を「中華民族の復興」のための重要なツールと位置付けている。改革開放40周年の節目に当たる今、またしても「プロパガンダ映画」に逆戻りしそうな気配だ。

 広電総局のホームページにはこんな一文が掲載されている。「作品の中で映画の創作者は、中国の革命はなぜ成功し、戦争はなぜ勝利したのかという命題を与える必要がある」――。

日中合作の「空海」は?

 さて、日本では2月24日に日中合作映画『空海―KU-KAI― 美しき王妃の謎』が公開された。国際映画祭で数々の賞を受賞した陳凱歌監督による作品だが、客足の伸びは今ひとつのようだ。

 中国では2カ月前に先行して封切られたが、環球時報は「興行収入は2017年末で5億3000万元(約90億円)と予想に到達せず」と伝えた。日本でも大々的なCMを放映中だが、筆者が訪れた新宿の映画館では空席が目立った。作品そのものは、「政治利用された映画」という筆者の懸念に反し、軽い気分で楽しめる歴史ファンタジー映画だった。

 中国ではこうした「普通」の娯楽映画は少数派になっていくのだろうか。政治に翻弄される中国映画の行方が心配だ。

筆者:姫田 小夏