実質的に昨年、トヨタで最も売れたコンパクトカーといえる「ルーミー」と「タンク」(撮影:尾形文繁)

トヨタ自動車が「ルーミー」「タンク」の車名で2016年11月から販売しているコンパクトカー兄弟が、意外なヒットを見せている。


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2017年の軽自動車を除く乗用車ブランド通称名別販売ランキングは、11位(ルーミー)と14位(タンク)でそれぞれ個別にはさほど上位ではない。ただ、2車種を合計すると約14万9500台と、3位「アクア」(約13万1600台)、7位「シエンタ」(約9万6800台)、8位「ヴィッツ」(約9万台)を上回る。もちろん新車効果は加味しなければならないものの、実質的に昨年、トヨタで最も売れたコンパクトカーといえるのだ。

ハイブリッド仕様の設定がないにもかかわらず

興味深いことにルーミー/タンクとも、トヨタのお家芸であり売れ筋にもなっているハイブリッド車の設定がない。パワートレーンはターボ(過給器付き)と自然吸気による2種類の排気量1000ccガソリンエンジンのみ。ちなみにアクアはハイブリッド車専用モデルだし、シエンタ、ヴィッツにもハイブリッド車がある。ルーミー/タンクは燃費だけでなく環境に優しかったり、先進性を感じたりというイメージを持つハイブリッド車を武器にしていないのにもかかわらず、大健闘している。

ルーミー/タンクはレクサスを除くトヨタ4系列(トヨタ店、トヨペット店、ネッツ店、カローラ店)の販売店すべてで取り扱い、最廉価版の車両本体価格は146万円台からの設定だ。トヨタ子会社のダイハツ工業が生産を担当。トヨタにとってはOEM(相手先ブランドによる生産)調達しているクルマだ。ちなみにダイハツは「トール」の車名で自社販売し、SUBARUにもOEM供給している(SUBARU名は「ジャスティ」)。


背高で角張ったスタイル(撮影:尾形文繁)

全長3700〜3725mm、全幅1670mmのコンパクトなサイズながら全高が1735mmと背高で角張ったスタイルに加え、後席に電動の両側スライドドアを備えるのが、ルーミー/タンクの大きな特徴。大人5人がちゃんと乗れる室内空間を持ち、多彩なシートアレンジも可能だ。トヨタがかつて販売していた「bB」「ラクティス」といった背高コンパクトカーの後継モデルと見る向きもある。

発売当初、トヨタはルーミー/タンクの月間販売目標を計7500台としていたが、2017年は月間平均で約1万2400台を売った。これはトヨタの事前想定を大きく上回ったに違いない。


販売の現場では、「トヨタがスズキ『ソリオ』を潰しにきた」とも(撮影:尾形文繁)

ルーミー/タンクの登場前後に自動車販売の現場で話題になったのが、「トヨタがスズキ『ソリオ』を潰しにきた」という話だ。もともと軽自動車「ワゴンR」の登録車バージョン「ワゴンRワイド」を源流とするソリオは、現行4代目が2015年8月にデビュー。ルーミー/タンクと近い全長3710mm×全幅1625mmというコンパクトな車体ながら、全高1745mmという背高なスタイルでこれも電動の両側スライドドアを備える。車両本体は145万円台からの設定で価格帯もルーミー/タンクとバッティングする。

経済性と実用性に優れたコンパクトカーという鉱脈

ソリオは2016年で月間平均約4000台を売ったスマッシュヒットモデル。スライドドアは大きく身をよじらずに乗り降りしやすく、駐車スペースで隣に停まっているクルマや壁などに開けたドアをぶつける心配が少なくなる。ルーミー/タンクもそうだが、ソリオも前席から後席の行き来がスムーズなウォークスルーの室内空間にもなっており、極端な話、運転者や助手席の乗員も後席のスライドドアから両側へ乗り降りできる。


背が高いスライドドアを備えたモデルが人気を博している(撮影:尾形文繁)

軽自動車でもホンダ「N-BOX」やダイハツ「タント」など、同じく背が高いスライドドアを備えたモデルが人気を博している。経済性と実用性に優れたコンパクトカーとしてソリオは1つの解を見いだしたと言える。トヨタの真意はもちろん明らかではないが、この鉱脈に目をつけて対抗馬を出したというふうには映る。

トヨタはかつてホンダのミニバン「ストリーム」に似たスタイルの「ウィッシュ」を、同じくホンダのコンパクトミニバン「フリード」とも真っ向勝負になるシエンタをそれぞれ後から出し、そのブランド力と販売力で圧倒するなど、しばしば王者の強さを見せてきた。ソリオの2017年月間平均販売は4100台、ルーミー/タンクは同1万2400台だったので、トヨタはここでも後発ながら競合の約3倍の台数を売り、面目躍如を果たした。


一方、ダイハツやSUBARUの親戚車も含めてルーミー/タンクが、ソリオの購入見込みユーザーを大きく奪ったということでもない。ソリオ自体の販売台数はさほど落ちていないからだ。ルーミー/タンクのデビュー当時、あるトヨタ系販売店の営業担当者は「中にはソリオと比較検討されるお客様もいらっしゃいますが、目立って競合している感じはありません」と話していた。


新たなニーズを掘り起こした

いまや軽自動車は新車販売の中で、その販売比率が4割に迫ろうかというほど人気が高まっている。ただ、その主力メーカーとしてのスズキやダイハツは小型車が中心で、トヨタのほうが想定的なブランド力は圧倒的に強く、販売店が抱えている顧客数も多い。トヨタはルーミー/タンクの投入によって月販1万台以上を売る新たなニーズを掘り起こしたといえる。

日産自動車はこのカテゴリに対抗車種を投入するほど日本市場での販売には積極的ではないし、ホンダは軽自動車で絶好調な「N-BOX」のニーズを食ってしまうことになるので、やはりここには当面参入してこないだろう。トヨタはもともと十分勝算を感じていたのだろう。

トヨタ系の販売現場でセールスマンに聞くと、「ルーミー/タンクは非常に売りやすいクルマ」という評価が多い。たとえばハイブリッド専売車である「アクア」のSグレードにHIDヘッドランプとサイドバイザー、フロアマット、カーナビを装着すると、支払総額は約230万円となる。一方でルーミーのGに同じようなオプションを装着した支払総額は約200万円。値引き条件はモデルの古いアクアのほうが圧倒的に良いと見られるが、ルーミーのほうが支払い負担は小さい。

オーソドックスなハッチバックスタイルのアクアより、後席スライドドアでトールスタイルのルーミー系の居住性に魅力を感じるユーザーも少なくないようだ。アクアも発売から6年が経ってもいまだ乗用車ブランド通称名別販売ランキング上位の常連で、ハイブリッド車の魅力が薄れてはいないだろう。とはいえ、ルーミー/タンクの大健闘はコンパクトカーの市場においては、ハイブリッド車が絶対的な神通力を持たなくなってきつつあることを示唆しているのかもしれない。