人生100年時代をたくましく生き抜くには?(写真:assy / PIXTA)

近刊『世界一孤独な日本のオジサン』の中で、日本人の中高年男性が孤独になりやすい背景や「孤独」の危険性を掘り下げたが、高齢の男性などからは、「実感しているが、今さらどうしようもない」という声が多く聞かれた。

将来、孤独になりやすい男性の特徴

定年退職後、元気に出歩く妻を横目に、趣味もなく、友人も少なく、家に閉じこもりがちな男性の話をいたるところで耳にする。その子供や妻は、怒りっぽく、頑固になり、手のかかる男性たちに手を焼いている。周囲のそうした男性たちをプロフィリングすると、将来、孤独になりやすい男性の特徴は以下のような8つのものだ。


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・会社勤め(サラリーマン)である

・転職経験がない

・仕事人間

・夢中になれる趣味があまりない

・「新しい友達」など、しばらく作っていない

・都会暮らし

・パパ友や近所など、会社以外の付き合いはあまりない

・「肩書」「会社の名前」が自分のアイデンティティ

趣味や友人との時間もないままに、同じ会社で仕事中心の生活を40年余過ごすと「名刺」=自分のアイデンティティになってしまう。田舎の地縁、血縁、近所付き合いもないままに退職とともに、放り出されて、自分の「居場所」を失い、「茫然自失」。企業というムラ社会の中で繰り広げてきた、「肩書」「地位」に基づく「ポジショントーク」が通用しない世界で、どうコミュニケーションをとればいいのか、と途方に暮れる……。

現役時代は忙しすぎて、「一人」の時間がぜいたくだったりもする。だから、退職後、たっぷりと「自分だけの時間」を持つことを楽しみにしている、という人もいるだろう。しかし、現実は、有り余る時間を持て余し、常態化する「孤独感」にフタをして我慢している人も少なくない。人間は本来、人とのつながりを欲し、その中で生きていく「社会的動物」である。だからこそ、ソーシャルメディアやペットがこれだけの人気を集めている。人とのかかわりの中で、「必要とされている」「役に立っている」「承認されている」という感覚が生きがいにつながる。だからこそ、人との結びつきの断絶である「孤独」は、人間としての根源的な幸福感や健康を大きく蝕むもの(参考記事)であるとして、海外では「現代の伝染病」として大きな社会問題になっている。日本では、孤独が極端に美化され、その「礼賛本」があふれかえっているが、 「孤独」と「ひとり」は全くの別物である。「ひとり」の時間を楽しみながらも、社会と繋がり続け、「孤独にならない生き方」を探る姿勢も大切だろう。

とはいえ、「ムリに人と群れるのは苦痛である」というオジサン、そしてオジサン予備軍の方々も多いことは重々承知だ。しかし、身の回りの男性たちを見ると、「ほんの一押し」や「ささいなきっかけ」で、最初の一歩を踏めば、あっという間に人生が変わるケースも山とある。そんなわけで、ゆるくつながりを作り、人生100年時代をたくましく生き抜くための方策をいくつかご紹介したい。

老後のサバイバルに欠かせないのは?

<1>「カネ」「コネ」「ネタ」

独身者がすなわち孤独ということではまったくない。結婚していても孤独だという人もいるだろうし、Alone(一人)とlonely(寂しい)はまったく異なる次元のものだ。一人暮らしでも、いざというとき、頼れる、安心できる、そんなつながりがあればいい。

しかし、コミュニケーションが苦手、知らない人と話すのは疲れる、と言う方も多い。筆者は、老後のサバイバルに欠かせないのは「カネ」と「コネ」(つながり)と「ネタ」(自分のやりたいもの)の3つである、と拙著で紹介しているが、この本の書評を経済アナリストの森永卓郎さんに書いていただいた。「私はコミュニケーションが得意でなく、芸能界には友達がいない」という森永さん曰く、いちばん重要なのはネタ、だという。森永さんはトミカの収集という趣味を追求することで、仲間にも巡り合えた。それが社会から評価されたり、商売のタネになることだってあるというわけだ。

つまり、「オタク上等」なのである。ただ、この「夢中になれるもの」も、なかなか簡単に見つかるものでもない。早い内から、「ネタ」探しを始めておくことに越したことはないのである。

<2>「会社」から「社会」へ

男性の場合、日本の「会社村」の中で、40年近くを過ごすと、上意下達の序列コミュニケーション、「自分の話を聞け」的なオレ様トークがデフォルトになってしまいがちだ。滅私奉公、会社と一蓮托生という関係を続けると、社外の人と、「仕事言語」以外でコミュニケーションをとることが難しくなってくる。退職してから、「俺は〇〇社の部長だった」とついついマウンティングをしてしまうことにもなりかねない。

早い内から、肩書や社名に頼らずに、社外のネットワークや仲間と接点を広げる機会を模索してみる。パパ友、ご近所、地域コミュニティなどとの付き合いは、最初は恐る恐るでも、始めてみたら楽しかった、という声をよく聞く。会社という「ムラ」から時には離れ、もっと大きな「社会」という視座に立てば、見えなかった多様な景色が見えてくるだろう。「社会」復帰は早ければ早いほうがいい。

<3>「行きつけ」を作る

孤独担当大臣を任命したことで話題になったイギリスでは、孤独が大きな社会問題となっており、さまざまな対策が講じられている。特に男性たちが孤立しやすいことが問題視されており、彼ら向けの対策も数多く展開されているが、プライドの高い男性たちは「孤独」を不名誉なこととし、福祉的な視点での取り組みにあまり参加したがらない。また、面と向かって、お茶1杯で何時間でも話すことができる女性に比べ、仕事などの目的がないと話が続かない男性は、たとえば、お酒やゲーム、スポーツなど何らかの「介在」がないとコミュニケーションが難しいという人も多い。


イギリスではサッカーや日曜大工などを通じてそういう男性たちが集まる「居場所」を作る動きが活発だ。日本でも導入されれば、地域活性化にも結び付くのではと思うのだが、そんな話をすると、「参加してみたい」という人もいる一方で、「男同士を集めても張り合って、いがみ合うだけ」という人もいる。人の話を聞くより、自分の話を聞いてほしく、どうしても虚勢を張りがちな男性たちだけを集めても、収拾がつかなくなるという説だ。

磁力が強いのはスナック

日本で、そんな男性たちのオアシスといえるのが、女性たちが会話の円滑油になってくれるクラブ、スナックといったものだろう。ただ、クラブは敷居が高いし、値段も張る。一方で、ママを中心に独特のエコシステムが構築されているスナックなら手ごろだし、足を運びやすい。聞き役であると同時に、モデレーターとなるママがいるスナックなら、カウンターに並んだ客同士のコミュニケ―ションも生まれやすいし、グループのサイズ感もちょうどいい。

つまり、図のように、コミュニケーションに何らかの仲介を必要とする男性たちにとっては、ママという「ハブ」(中核)がいるスナックは、絶好のつながりの場となりうるということだ。年を取ると、遠出をするのがおっくうになりがちだ。だから、なるべく歩いて行ける近場でいくつか「行きつけ」を作っておけば、そこに集う人たちとも気心が知れ、コミュニティもどきもできてくる。居酒屋でも理容室でもいいが、やはり、磁力が強いのはスナックなのかもしれない。ママという観音様に詣でて、胸の内を聞いてもらえば、魂も浄化され、縁というご利益も生まれる。

「孤独を楽しめ」「死ぬときは一人」などと言って、孤独耐性を上げることばかりが推奨される昨今だが、人生最強の資産は、何かあったときに支え、支えられる「つながり」なのである。今、見失われつつある「つながり」の価値。それを見直し、コミュニティ再生の実験場としての「スナック」に無限大の可能性を感じ始めた筆者は、「スナック純子」の立ち上げを本気で考え始めたところである。大勢の美人ちいママ候補の女性からもご賛同をいただいている。遠いか近いかわからぬ将来、開店の暁には、ぜひ、お立ち寄りいただきたい。