フィルム写真産業はデジタル化によって「死」を経験した

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 自動車業界が天地がひっくり返るような激動の時代に突入しつつあることに異論を挟む人はいないであろう。おそらく、自動車業界の人は不安なのではないか。そのような心理がよく分かる。なぜなら、私自身が産業を破壊される側と破壊する側の両方を経験しているからだ。

 既存企業の場合、長い間事業が成長し、安定しているので、収益を上げるのは当たり前のことである。中長期計画は過去から未来への延長で策定され、従業員にとって給料をもらうのは自然なことだ。このような状態で自社や産業の「死」を意識することはまずないだろう。

 ところがである。前回ご紹介したように、私は1980年代に銀塩写真フィルムのエンジニアとして小西六写真工業(現コニカミノルタ)に勤務していた。その写真産業が、その後デジタル技術によって壊滅する。コニカ(当時)は、2006年に本業である写真事業から完全撤退し、写真業界に君臨していた米イーストマン・コダックは、12年に倒産した。フィルム写真産業は「死」を経験したのである。

 企業経営者は「これからはイノベーションの時代だ」と感じ始めているだろう。特に、情報技術(IT)があらゆる産業の形を変えようとしている。だが、イノベーションは自分の事業を伸ばしてくれる場合だけではない。写真産業がそうであったように、自社の事業が壊滅的な打撃を受けることがある。

 しかも、破壊した側が逆に破壊される側になることもある。銀塩写真を死に至らせたデジタルカメラが、最近ではスマートフォンのカメラに置き換えられているのである。

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