英国のテリーザ・メイ首相(写真:Simon Dawson/ロイター)

何カ月にもわたる繊細かつ困難な交渉を経て、北アイルランドの2大政治勢力(一方はカトリック系、もう一方はプロテスタント系)がベルファスト合意に署名し、30年以上に及ぶ流血と暴力が終結したのは、ちょうど20年前のことだ。だが、同合意と、それによって可能となった和平が今、脅威にさらされている。

ベルファスト合意では、住民の合意を得ることなく北アイルランドの地位変更を行いはしないこととされ、その限りにおいて北アイルランドの住民は英国、アイルランド、あるいはその両方の国籍を取得できるようになった。合意下では、和平を支援するべく、紛争当事者となったカトリックとプロテスタントの各勢力が共同運営する自治政府が作られた。

北アイルランド自治政府崩壊で問題が浮上

英国とアイルランドが共に欧州連合(EU)加盟国であったことから、合意成立後の手続きはスムーズに進んだ。アイルランド共和国と、英国の一部である北アイルランドとを隔てる国境は、単に地図上の線にすぎなかった。壁もなければ、税関も存在せず、どこまでがどちらの領土かを示す標章もない。モノもヒトも国境のあちら側とこちら側を自由に移動できた。

実際、欧州の仲間として(欧州大陸の西で隣り合う島国同士であることは言うまでもない)、両国は分かちがたく結び付いている。英国のイングランド、ウェールズ、スコットランドには、アイルランド人の祖父母を持つ住民が500万人以上いる。過去20年にわたって、両国はベルファスト合意による平和の果実を享受してきた。

だが、ここに来て深刻な問題が浮上している。北アイルランドの自治政府が崩壊してしまい、英国政府も自治政府の再建を支援できる立場にはないからだ。昨年の総選挙で英国のテリーザ・メイ首相は、自らの率いる保守党が下院単独過半数割れとなる大失態を演じた。

過半数確保に向け、メイ氏の保守党が手を組んだのが北アイルランドのプロテスタント系民主統一党(DUP)だった。過激な反カトリック主義の伝統を持つ政党である。そんなDUPと連立を組む英国政府に、公平な仲裁役を務めることなど不可能だろう。

目下行われている英国のEU離脱交渉によって、事態はさらに複雑化している。英国のEU離脱に伴い、北アイルランドとアイルランド共和国は英国とEUの国境によって分断される。だが、このような帰結にどう対処すればいいのか、誰も答えを持ち合わせていないようだ。

「ハードボーダー」を出現させるか

英国には「摩擦なき国境」を求める議員も存在するが、メイ氏と政権内の強硬派はEU単一市場と関税同盟の双方からの離脱を議論し、北アイルランドは英国のほかの地域と同じ通商ルールに従うことになると主張している。

アイルランド島を含むブリテン諸島全体で機能する摩擦なき通商管理体制を作るのか、アイルランド島に「ハードボーダー」(厳格な国境管理)を出現させるのかの、どちらかになるということだ。

ITを駆使して国境管理の摩擦を減らす案も浮上しているが、もちろんこれはテクノロジーによって簡単に解決できるような問題ではない。税関や出入国管理に何らかの物理的チェックが伴うことは避けられない。

国境管理に当たる税関職員は分断の象徴と見なされ、カトリック過激派から攻撃対象にされることすら予想される。まさに過去に起きたことだ。一度でも衝突が起きれば、英国政府は国境警備を強化する必要に迫られ、分断は深まり、暴力が新たな暴力に発展する事態となりかねない。

ハードボーダーが再び出現すれば、その結末は壊滅的なものとなろう。苦労して勝ち取ったアイルランドの平和と繁栄が脅かされないことを願うばかりである。