「第1回ジャパンSDGsアワード表彰式」でピコ太郎さんらと記念撮影する八名川小の教職員・児童(写真:八名川小学校)

SDGsという言葉をご存じだろうか。

2月13日に開かれた日本経済団体連合会の新旧会長交代の記者会見で、榊原定征・現会長および中西宏明次期会長は、カラフルなSDGsのバッジをスーツの襟元につけて登壇した。

「事業活動を通じて、社会的課題の解決に貢献していくという考え、行動は、国際連合が掲げるSDGsと軌を一にする」。記者から「経済界としてSDGsにどう取り組むのか」と問われたのもあってのことだが、榊原氏は企業行動憲章を7年ぶりに改定したことや、企業が積極的に社会的課題の解決に貢献していくと述べたうえで、5度にわたってSDGsに言及した。

公立小学校が特別賞を受賞

SDGsとは、“Sustainable Development Goals”(持続可能な開発目標)の略。米国ニューヨークの国連本部で2015年9月、「国連持続可能な開発サミット」が開催され、すべての加盟国の合意によって採択された。


SDGsで定められた17の目標。「GOALS」の「O」のデザインがSDGsのバッジになっている(出所:国連広報センター)

「貧困をなくそう」「ジェンダーの平等を実現しよう」「気候変動に具体的な対策を」など、2030年の達成を目指して17の目標が打ち立てられている。「誰も置き去りにしてはならない」がSDGsの合言葉だ。

ここに来てSDGsに対する関心が高まっている。首相官邸は「SDGs推進本部」を設置。2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、SDGsに取り組む最大の舞台に位置づけられた。

そうしたさなかの昨年12月26日、首相官邸で開催された「第1回ジャパンSDGsアワード表彰式」で、児童数352人の公立小学校が、地方自治体や大学、大手企業、ボランティア団体などとともに、栄えある「SDGsパートナーシップ賞」(特別賞)を受賞した。SDGsのPR役を務めるピコ太郎さんと児童のスナップショットはそのときの一コマだ。

その学校は、東京都江東区立八名川(やながわ)小学校。

手島利夫校長が、本誌のインタビュー取材でこう語った。「教育分野から参加して、賞をいただけたことは極めて意義深い。SDGsにおける教育の重要性を社会に発信するチャンスを得たと思っている」。

教育は17あるSDGsの目標の1つ。「質の高い教育をみんなに」を掲げ、「すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯教育の機会を促進する」とある。

児童が主体的に学ぶ取り組み

八名川小は、東京の下町、深川の地にある中規模の公立小学校だ。教育大学付属でも名門の私立でもない、地域の小学校が、なぜSDGsの実践で高い評価を受けたのか。その秘密を知るべく、記者は1年に1度の催しである「八名川まつり」を訪れた。


手島利夫・江東区立八名川小学校校長(記者撮影)

八名川まつりが開かれたのは1月27日。午前中は児童による学習発表会、そして昼休みを挟んで午後には、全国各地から訪れた教職員が研究発表を行ったり、教育実践を語り合ったりする場が設けられた。

午前10時すぎ。校舎2階の教室では、4年生の男子児童たちが高齢化の進む社会とその課題について、自ら調べた内容を発表していた。

「これから高齢者について話をします。高齢者とは65歳以上の人を指します。高齢者の年齢に近づくにつれて、体が不自由になり、目や耳、足などが悪くなります。皆さんはいかがですか」

「これが老人ホームの食事です。鮭、みそ汁、ご飯など昔ながらの食事です。油を抜いたり薄味にしたりと工夫されています」

参観する男性から質問が飛び出した。「ところでなぜ老人ホームはあるのですか」。

児童が答える。「家が足りなくなって作ったのだろうと思います」

「君は老人ホームで生活したいと思いますか」

「家にいたほうが落ち着くかと思います」

「老人ホームにいるお年寄りはどう思っているでしょうか」と男性。

「いろいろなことをやってくれるのでありがたいと思っているでしょう」と児童は応じた。

すぐ近くでは、4年生の女子児童が「妊婦さんと赤ちゃん」と題した発表を行っていた。


妊婦と赤ちゃんについて説明する4年生(記者撮影)

「赤ちゃんがミルクを飲んだ後にゲップをするのはなぜでしょう」「赤ちゃんはおなかがすいた、暑い、怖いといった気持ちを泣くことでしか表現できませんが、しかし、赤ちゃんの泣き方には違いがあります」。児童たちは参観する保護者やほかの学校の教職員を前に、自分で調べたことを、自分の言葉で表現していた。

栃木県からやってきたという教員たちがしきりに感心していた。「こうした取り組みを1年生から積み上げているのがすごい。一朝一夕ではできない」。

体育館では5年生による防災についての発表があった。東京都が作成した防災のパンフレットを読み込み、避難の仕方や、被害を少なくするには何が必要かを模造紙に詳しく書き込んだ。キッチンペーパーを使ったマスクや、使用済みの牛乳パックを利用したスプーンなどのアイデアは、大人でもなかなか考えつかないものだ。

見学に訪れていた都内の男性教員が語る。「総合学習はどこの学校でも必ずやっているが、“ESD”を意識してここまでしっかり取り組んでいる例は少ないのではないか」。

ESD=持続可能な開発のための教育

八名川まつりは今年度で7回目になる。取り組みを始めた手島校長によれば、その実践を貫いているのが、ESD(Education for Sustainable Development)。日本語に訳すと「持続可能な開発のための教育」だ。これはユネスコ(国連教育科学文化機関)が提唱した概念であり、八名川小は「ユネスコスクール」としてESDの実践を続けてきた。

ユネスコスクールのホームページによれば、ESDとは、「私たちとその子孫たちが、この地球で生きていくことを困難にするような目標について考え、立ち向かい、解決するための学び。ESDは持続可能な社会の担い手を育む教育」だという。

そしてESDの実践には特に次の2つの観点が必要だという。すなわち、「(1)人格の発達や、自律心、判断力、責任感などの人間性を育むこと、(2)他人との関係性、社会との関係性、自然環境との関係性を認識し、『関わり』『つながり』を尊重できる個人を育むこと」。

ESDの考えはSDGsにも継承されているが、手島校長はさらに踏み込んで、「ESDに基づく教育はSDGsの中心でなければならない」とその重要性を指摘している。「学びと実践が1つにならなければ、世界を変える力にはならないからだ」(手島校長)。

今回の受賞も、ESDに基づく学びを実践するための教科横断的な「ESDカレンダー」の作成や、6年間を通して子どもたちがSDGsの全目標を主体的に学んでいることが評価された。八名川小が作成したESDカレンダーは国内や海外でも活用されており、SDGs実践計画表も翻訳され、各国に共有される予定だという。


各教室の入り口にはSDGsの目標が張られている(記者撮影)

それではESDの学びの本質とは何か。その対極にあるのが、「知識を教え込む20世紀型の教育だ」と手島校長は指摘する。「そのような教育は点数主義や序列主義になりがちで、ついていけなくなった子どもたちは学びに楽しさを感じることができず、学校は苦しみの場になってしまう。これは教育に名を借りた虐待にほかならない。登校拒否の多発にもそうしたことが反映している」(手島校長)。

子どもの学びに火をつける

ひるがえって手島校長が取り組むESDでは、「子どもの学びに火をつける」ことを狙いにしている。言い換えれば、子どもが好奇心を持って勉強に取り組み、学びが深まっていく環境作りだ。子どもたちが自ら主体的に学び、調べ、理解し、自分の言葉で語り、問題を解決することが重要で、そのためのお膳立てをするのが教師の役割なのだ。

「そのような子どもたちの輝く姿を教育の1つのゴールととらえよう。そうすれば学校が楽しくなり、学びに価値が感じられるようになり、学力なんて勝手に向上してくるのである」

これは、手島校長が「東京の教育・大改革 あるべき学力を求めて」と題して専門紙に寄稿した提言のくだりだ。

ESDのあるべき姿を求める八名川小の教育実践の結果は、文部科学省の学力・学習状況調査での成果にもつながっている。ESDを導入した後の7年間に、とりわけ活用能力を見るB問題で、国語、算数とも15〜18%も成績が向上している。

目先の成績を追い求めることをしてこなかった結果、子どもたちの成績が全体として大きく上がるという結果がもたらされている。ESDの実践を通じて、「教職員の士気は高まり、結束力も強くなった」と手島校長は話す。

手島校長の最大の理解者であり、支援者でもあるのが、金沢学院大学の多田孝志教授だ。13年の長きにわたり、多田教授は手島氏が校長を務める小学校を訪れ、アドバイスをしてきた。

その多田教授が、八名川まつりに訪れた全国の教職員を前に語った。「20世紀型教育では、21世紀の人間教育はできない。持続可能な教育とは、個々を自立させる力と協働を作ること。(有名なコンピュータ科学者が言うように)未来を予測する最善の方法は未来を自ら作ることだ」。

教育の場にESDの風を吹き込みSDGsを根付かせた手島校長は、3月末をもって退職する。手島校長の理念は、次の世代に受け継がれていく。