世界にEV旋風を巻き起こしたテスラのイーロン・マスクCEO(写真: REUTERS/Aaron P. Bernstein)

米EV(電気自動車)メーカー、テスラのイーロン・マスクCEOをご存じでしょうか。彼は電子決済の先駆けであるPayPalの創立者で、宇宙ロケットの推進部分を再利用することで打ち上げコストを画期的に下げたスペースXや、最近の世界的なEV・自動運転のブームを作り出したテスラの経営者です。

最近では人工知能の会社を立ち上げ、火星に行くことを公言しています。現代の経営者の中で最も突出したリーダーシップを持つ人といってよいでしょう。フィンテック、宇宙、EV、自動運転、AI、すべてにおいて最先端を行っており、同じ人類とは思えないくらいです。

マスクCEOがテスラ社員に送ったメール

その彼がテスラ社員に送ったメールが、アメリカのWebメディアInc.に掲載され、昨年話題になりました。訳は次のようなものです。

件名:Tesla内のコミュニケーション
企業内で情報がどのように流れるべきかについて、2つの考え方があります。これまでのところ最も一般的なやり方は、指揮命令系統に従う方法です。つまり、あなたは常に上司に指示を仰ぎます。この方法の問題点は、上司の力を強化するものの、会社のためにならないということです。
本来なら、問題が発生した場合はその部門の人が関係部門の人と話し、正しい行動を起こして迅速に解決するべきです。にもかかわらず、指揮命令系統の下では、人々はまず上司に報告せねばならず、その上司がそのまた上司に報告して、その上司の上司が他部署の管理職に相談し、その管理職が部下に相談するといった流れをとります。その後、もう一度同じ経路を逆流し情報が伝えられます。
これは信じられないほどバカげています。こんなことをしている管理職、ましてや推奨している管理職は、すぐにうちの会社で居場所を失うでしょう。冗談で言っているのではありません。
テスラにいる全員が、誰にメールしても会話しても構わないし、またすべきなのです。企業全体の利益のために、自分が考える最速の解決方法をとるべきです。
上司の許可なく上司の上司に相談しても構わないし、別の部門のトップに直接相談してもいいし、私(*イーロン・マスクCEO)に相談してもらっても構わない。誰かと話すことに誰かの許可は要らないのです。さらに、問題が解決されるまで、自分にその義務があると考えるべきです。
この狙いは、手当たり次第に世間話をすることではなく、超高速で確実に実行することです。我々が大手自動車企業と規模で競争できないことは明らかなので、我々は知性と機敏さで勝負しないといけない。
最後に1つ言っておきたいのは、管理職が注力すべきなのは、企業にサイロ(*縦割り組織の例え)が生まれないようにすることだ。サイロは他者との間に精神的な壁を作り出し、コミュニケーションを阻害するのです。残念なことに、サイロができるのは自然な流れなので、積極的に戦う必要があります。
部門間に障壁を立てたり、会社全体ではなく組織内の相対的な成功を重視したりすることが、どうしてテスラのためになるでしょうか。我々全員、同じボートに乗っています。自分の部署ではなく、会社の利益のために働くことをつねに意識してください。
イーロン

マスクCEOのメールは3つのことを示しています。

1.テスラのような最先端の新興企業でも、組織内に壁ができ、大企業病がはびこる傾向があること。

2.従業員はどうしても居心地のいいサイロを作り出し、自分の安住の地を作り出そうとすること。

3.トップが強力でないと、人間の組織が持つその強い傾向を打ち壊すことはできないということ。

つまり、人間の本性や組織の自然な慣性に逆らうためには、強い権力が必要になるのです。

GEのイメルト前CEOの場合

もうひとつの事例を見ていきましょう。米電機大手のGEは、かつてはシックス・シグマという、オペレーションを堅確に回すためのトレーニングプログラムを非常に重視していました。成績が良いとブラック・ベルト(黒帯)となり、それが昇進の条件のひとつでもあったのです。

ところが、GEはそうしたオペレーションの重視から、イノベーション・アントレプレナーシップの重視へと急激に舵を切りました。シリコンバレーから生まれたリーン・スタートアップの手法を導入し、これまでのシックス・シグマのやり方とは真逆の方向を向こうとしているのです。

今までのやり方に慣れ親しんだ30万人の従業員を、シリコンバレー流の働き方へと変えさせるには想像を絶する労力が必要です。

GE前CEOのイメルト氏は、2015年の来日時に富士フイルムホールディングスの 古森重輶会長兼CEOらとパネルディスカッションを行っています。

そこで、古森氏の「時間をかけて製品化しても顧客のニーズとずれてしまう」という意見に呼応し、「時間をかけて100%を目指すよりも、いち早く上市し修正を重ねる方が、結果的に顧客の利益にかなう。大事なことは、可能な限り素早く上市し、失敗するならなるべく早く失敗し、機敏に方向転換することです」と言っています。

シリコンバレーで浸透している仕事のやり方は、顧客との接点を最重要視するものです。従来のメーカーだと、通常6か月〜1年かけて製品を開発し、品質面、耐久性等の試験を経たあとで、マーケティング・販売部門に初めて案件が移り、顧客と接触するのが普通でしたが、それではすでに巨額の開発資金を投じたあととなり、方向転換すると大きな損失が出てしまいます。ひどい場合には方向転換はあきらめ、玉砕を半ば覚悟しつつ量産・販売開始し、製品はできたが顧客はいない、というリスクを抱えることになります。

SV流「ファストワークス」という考え方

これに対し、シリコンバレーで浸透しているファストワークスでは、そもそも製品ができあがる前から顧客の声を聞くことが最重要視されます。できるだけ早く顧客からのフィードバックを得て方向転換するので、失敗するのは早くなります。そして、最後まで方向転換を繰り返すことで、最終的には確実に顧客に支持され売れる製品を市場投入することができるようになります。

GEはこの方式を具体的に組織に落とし込むために、組織・仕事のやり方を変えました。従来の製品開発プロセスでは、必要な人員や予算は案件の承認と同時に大きく割り当てられていました。それをやめて、少額から投資を始め、マイルストーンを達成するごとに次の段階に必要なリソースを投入していく、リーン・スタートアップの方式にしたのです。

開発の早い段階で顧客ニーズを検証し、見込みのある解決策はすぐに試すことで、コストを抑えられます。このため、同じ予算でも複数のプロジェクトを同時並行に走らせることができ、トライアルと実験を経て有望プロジェクトに絞り込み、そこで初めて本格的に資源を投入することになります。

これは、VC(ベンチャーキャピタル)のやり方と同じです。GEが試行しているのはいわば本社機能のベンチャーキャピタル化であり、社内には数多くの疑似スタートアップ企業がひしめき合い、成功しそうなスタートアップだけに投資を集中する、という新しいコンセプトの会社となったのです。

このスタイルでは、全社を挙げて取り組む総力戦などはすでにありません。数多くの局地戦を奇襲で戦いつつ、負けそうになるとあっさり降伏する一方、勝てる戦闘では戦果を最大限に拡大するスタイルです。

場の設定 → 試作競争 → 選択 → 投資

という形です。これまで教科書で習った、

企画 → 開発 → 製造 → 営業

の流れとは根本的に異なり、本社の企画関係のサラリーマンの仕事はほとんどなくなります。基本的な組織のあり方、働き方として、GEに限らず、今後はこういった働き方が主流になっていくでしょう。

GEはもともと発電所やエンジンなど重厚長大の会社だったのが、ここまで変えてきている。以前と戦い方も組織もがらりと変える。それには社内の抵抗を排除し、強力な権力者が自分のコンセプトの実現のために権力行使をしないといけません。

日本でなぜ浸透しないのか

ところで、先日、GEの競争相手にあたる日本企業の人(人事部の偉い人)と話をしたときに、日本ではこんなことは到底無理、と言っていました。なぜかと聞いたところ、「やろうとしても、中間管理職が言うことを聞かないでしょう」ということでした。


ドラスティックな変化を好んで受け入れる人はいません。人間の本性や組織の慣性に逆らい、変化を権力の行使で可能にする力が独裁力です。

普通の人間は、誰しも不安定な状況が続くのは耐えられないので、ドラスティックな変化に拒否反応を示します。安全ゾーンを作って自分の居心地を良くしようとします。イーロン・マスクのような異次元人でもない限り、自分の居心地を良くしたいというのが人間の性ともいえるものでしょう。

みなが自分の居心地を良くしたい、だけでは、組織は老いて沈滞します。自らが持つコンセプトの実現のために、人間の性に逆らい邁進する強い権力を持つリーダーシップが必要になるのです。これは「良い独裁力」と言えるでしょう。