マイノリティ──。「社会的少数派」の意。

「社会的弱者」として言い換えられることもある。

当連載では、自身もマイノリティの立場であるライター・おつねが、マイノリティを描く映画を通して、見解を語っていきます。

『桐島、部活やめるってよ』(2012年公開)

神木隆之介が演じる前田涼也は、田舎町の県立高校で映画部に所属する男子生徒。クラスのなかでは静かで目立たない、最下層に位置する存在だった。自身の監督作品がコンクールで表彰されても、クラスメイトには相手にしてもらえることはない。

そんなある日、バレー部のキャプテンを務める桐島が突然部活を辞めた。このことをきっかけに、学校内の人間関係に徐々に歪みが広がりはじめ、それまで存在していた校内のヒエラルキーが崩壊していく ── 。

まだ実家にいたころ。

お母さんと一緒に第36回日本アカデミー賞をお茶飲みながら見ていたとき、本作が最優秀作品賞をとった。

それまではぜんぜん興味がなかったけど、次の日朝早くにレンタルしてきて、またお母さんと一緒にお茶飲みながら観た。

長いものに巻かれれば、とりあえずラクに生きていけるよね

本作は、とってもリアルな社会の様子を表しているなって思う。

たとえば、学校とか会社とか、そういった集団に所属している限り、なんとなく立場が上の人がいて、なんとなく顔色うかがわなくてはいけなくて、なんとなく従わなければならないって雰囲気がある。

でも、だからこそ言ってしまえば、何も考えなくてもとりあえずオッケーで、流されながらヘラヘラしとけばとりあえずラクに生きていくことができるんだろうなーとも思う。

私も最初は何か長いものに巻かれて自分を隠して生きてきたけど、その息苦しさに我慢ができなくなっちゃって、いまは化粧も恋愛も誰の言うことも聞かないで気ままに過ごしてる。

とはいえ、そんな私が必ず正しいなんて思ってなくて、どっちにもメリットとデメリットがある。

誰かがいないとご飯を食べられない人、観る映画を決められない人

本作において、校内ヒエラルキーのトップに存在しているのが、作中で一度も姿を現さない桐島くん。

そんな彼が突然トップを辞任してしまったときに何が起こったかというと、いままでどこか息苦しさを感じていたけど、そんな自分を隠して、桐島くんの影に巻かれていた人たちの日常が壊れだしたんだよね。

誰かがいないとご飯を食べられない人、観る映画を決められない人、トイレに行けない人...。

そりゃもちろん誰かと何かをするほうがめちゃくちゃ楽しいし、良い意味で楽ちんな部分が多いけど、どうしても自分自身で何かを決めなければいけないって状況は人生に必ずあると思う。

そんなときに、あわあわしながら、もしくは誰かのせいにしながら、マイナスなことを言ってる自分を想像してみたら、とっても悲しい気持ちになる。

だから、せめてそんなときくらいはいっぱい悩んでも良いから、自分で結論を出せる大人になって生きたいなって改めて思った。