「Thinkstock」より

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 先日、ある有力ビジネス誌の取材を受け、それを先方が書き起こした原稿のチェックの依頼が来た。その中に次のような記述があった。

「黒字倒産とは、収入が支出を上回って利益が出ているのに、支払いができなくなって経営を続けられなくなる状態を指す。収支が黒字なのに支払いができなくなるのだ」

 私はこのようなことは絶対に言っていない。なぜならば、この文章、言葉遣いがメチャクチャだからだ。どこがおかしいかわかるだろうか?

●「収入」「支出」はキャッシュに関する言葉

「収入」「支出」はキャッシュの出入りを意味する言葉だ。「収入」とは「キャッシュ・イン」であり、「支出」は「キャッシュ・アウト」という意味である。その差額を「収支」という。これらの言葉を使った時点で、それはキャッシュのことを意味するのである。

 黒字倒産における最大のポイントは、会計上計算される「利益」がキャッシュの動きと食い違っているところにある。だから、「利益」が黒字でもキャッシュがなくなって倒産することがあり得るのである。

 冒頭の記述は、「収支が黒字なのに支払いができない」と言っているが、これは「利益」と「収支」を混同している。収支が黒字なら支払いはできるし倒産もしないから、この文章はまったく意味をなさない文章になっている。「収入が支出を上回って利益が出ている」とも言っているが、これを言うなら「収益が費用を上回って利益が出ている」だ。

「収益」とは損益計算書におけるプラスの総称を意味する。具体的には売上高、営業外収益、特別利益である。損益計算書におけるマイナスの総称は「費用」だ。具体的には売上原価、販売費及び一般管理費、営業外費用、特別損失である。「収益」と「費用」の差額が「利益」である。

「収益」という言葉はそれこそ誤解の多い言葉で、日常用語においては「利益」と混同されていることが非常に多い。「収益」はまだ何も引かれていないグロス概念である。それをネット概念である「利益」と混同するのは本来は決定的な間違いである。

●アナウンサーやキャスターも言葉を知らない

 経済や法律に関する言葉は、日常的にも使われる言葉が多いからか、本来の意味を知らないまま勝手な解釈で使われることが少なくない。それはアナウンサーやキャスターも例外ではない。

 先日、ビール会社の業績好調を伝えるアナウンサーが、キリンホールディングス(HD)とアサヒグループHDの「事業利益」をサッポロHDの「営業利益」と比較していた。「事業利益」などという聞きなれないものを、なんの説明もないまま他社の営業利益と比較するのはどうかと思うが、なんの説明もなかったのは、アナウンサーもそのニュース原稿をつくった人も、おそらく何もわかっていないからだ。

 ここで「事業利益」という言葉が登場するのは、キリンとアサヒの両社がIFRS(国際会計基準)を採用していることと関係している。結論だけ言うと、ここで言っている「事業利益」は従来から日本で使われている「営業利益」に等しい。IFRSにおける「営業利益」は日本基準の「営業利益」とは意味が異なるため、キリンもアサヒも自主的に「事業利益」というものを計算し開示しているのだ。だから、サッポロの「営業利益」と比較するのは「事業利益」でなければならないのだ。

●欠けているのは背景知識

 実は、「事業利益」の話は、ちゃんと話せば長くなる。「事業利益」には別の意味の「事業利益」が従来から存在するのだ。したがって、キリンとアサヒは独自解釈に基づき従来とは異なる意味で「事業利益」という言葉を使ったことになる。また、「IFRSにおける『営業利益』は日本基準の『営業利益』とは意味が異なる」という言い方も本当は不正確だし、IFRSを「国際会計基準」というのも本当は誤りだ。「国際会計基準」はIAS(International Accounting Standards)であり、それを包括的に継承してIFRS(International Financial Reporting Standards)がつくられたので、「国際会計基準」という基準体系は今はない。IFRSは「国際財務報告基準」だ。IFRSに対して「国際会計基準」という名称を普及させたのは、その経緯を知らないメディアだ。

 これらは話せばまだまだ長くなる。話が長くなることからわかるように、正しい言葉遣いには背景知識の理解が必要なのだ。経済ニュースを正しい言葉で伝えるには、会計や会社法の基本的知識が必須だが、わかっていない人はその必要性からしてわかっていない。私も公認会計士の勉強をするまで、そんなことは思いもよらなかった。

 記者やアナウンサーの無知は罪が重い。不正確な言葉をメディアを通してばらまき、言葉の乱れを先導することになるからだ。言葉のプロであるはずの彼らがそんなことでは非常に困る。

 私は、経済用語や法律用語を正しく理解するためのセミナーや研修をいろいろなところでやっているが、肝心の記者やアナウンサーの方には残念ながら一度もお目にかかったことがない。メディアの関係者の方、いつでも連絡してください。教えに行きます。
(文=金子智朗/公認会計士、ブライトワイズコンサルティング代表)