財務省が公表した書き換え前の文書。中山成彬衆院議員、平沼赳夫衆院議員、日本維新の会の各議員、安倍昭恵首相夫人らの記述がある(下線部分)が、書き換え後は削除されていた。(写真=時事通信フォト)

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■5紙のうち最も読み応えがあったのは朝日新聞

「森友学園」への国有地売却問題で、財務省が決裁文書を改竄していたことを認めた。

3月13日付の全国紙はいずれも、1面から中面、さらに社会面までこの森友文書の改竄問題に紙面を割いていた。

この連載で読み比べている「社説」についても、5つの全国紙のうち、朝日、毎日、産経は大きな1本の扱いで、読売と日経は半本の扱いだった。このうち最も読み応えがあったのは、朝日新聞の社説だ。

■「ダブル吉田問題」で揺れたが、「今度こそやれる」

財務省が森友文書の14もの決裁文書の書き換えを認めたのは、朝日新聞の取材力の成果だろう。

朝日新聞は3月2日付朝刊紙面(東京本社発行)の1面トップで「森友文書 書き換えの疑い」と大見出しを掲げ、「財務省が作成した決裁文書が、契約当時の文書の内容と、昨年2月の問題発覚後に国会議員らに開示した文書の内容に違いがあることがわかった」と報じた。特ダネだった。

他紙はすぐには追いかけなかったが、この朝日の記事をきっかけに野党が猛反発して国会は空転し、安倍政権は政局に立たされた。

安倍晋三首相はこれまで朝日新聞の記事を批判してきた。それだけに朝日新聞の指摘するような書き換えや改竄があったのかどうかが、大きく注目された。

朝日側はどうだったか。

ダブル吉田問題(慰安婦問題の吉田清治氏の虚偽発言と、東京電力福島第一原発の吉田昌郎元所長の発言などに対する歪曲報道)で揺れたこともあり、沙鴎一歩は「今度は大丈夫なのか」と心配していた。しかし朝日新聞のOBによると、朝日社内では「今度こそやれる」と期待する声が多かったという。

朝日の特ダネがなかったら、財務省の改竄は表に出ることがなかった。安倍政権という大きな権力に対峙する朝日の姿勢は大いに評価できる。

■イエスマンが“最高”の役人になる構造

各新聞の社説に触れる前にまず、沙鴎一歩の見解を述べたい。

森友文書改竄という問題は、官邸主導という政治の副作用である。言葉を強めて言い換えれば、弊害である。

ただ官邸主導がすべて悪いわけではない。官邸主導の政治には公僕という立場を忘れて省益に走ろうとする役人を抑制できる利点もある。

ただ2014年に設置された内閣人事局には大きな問題がある。この内閣人事局によってこれまで霞ヶ関の人事に正面から口を出さなかった閣僚たち(内閣を組織する国務大臣の政治家)が省庁の幹部人事を握れるようになり、「官邸政治」を強化した。

そうなると、霞ヶ関の官僚は自らの出世のために首相官邸の顔色を気にして、いわゆる忖度に走る。イエスマンこそが、“最高”の役人になる。

国税庁の長官を辞任した佐川宣寿氏などはその典型的な例だろう。

佐川氏は財務省理財局長当時、森友学園との国有地の取引をめぐる問題で、安倍政権側に都合のいい国会答弁を繰り返し、その恩賞として国税庁長官に抜擢された。

安倍政権側にとっても、政治家に対する税務調査で毎年頭を悩ます国税当局のトップを抑えることは好都合だった。

■「一部の職員が勝手に書き換えた」とは考えられない

ここで問題なのは、だれのための行政かということである。本来、役人は国民のためにあるはずだ。それがときの政権、首相、閣僚のために存在するようでは、なんとも情けない。

もうひとついわせてもらおう。忖度という言葉だけで今回の森友文書改竄の問題を片付けてはいけない。それではトカゲの尻尾切りになってしまう。

麻生太郎副総理兼財務相は「佐川氏の部下である理財局の一部の職員が書き換えた」と強調しているが、公文書の記載を書き換えるという犯罪行為につながるような大それたことを霞ヶ関の役人が勝手にできるはずがない。

佐川氏の上、つまり麻生氏あるいは安倍首相、もしくはその周辺からの指示があってはじめてできることだろう。

まして財務省は省庁の中の省庁、その役人は官僚中の官僚である。沙鴎一歩も大蔵省時代から付き合いのある人物が多いが、みなそれなりの官僚である。

話を戻すと、安倍政権の官邸政治が、今回の問題を招いたことを安倍首相自らがはっきりと自覚しなければ、また同じような事件は起きる。いまの官邸の政治力を、どうすれば国民のための政治に直結させられるのか。真剣に考えてほしい。

■朝日社説は「『安倍1強政治』が生んだおごり」と書く

さて朝日新聞の3月13日付の1本社説から見ていこう。

「問われているのは安倍政権のあり方そのものであり、真相の徹底解明が不可欠だ」

沙鴎一歩が前述したように朝日社説は安倍政権の問題の根底に迫る。中盤ではこう指摘する。

「財務省のふるまいは『全体の奉仕者』としての使命を忘れ、国民に背くものだ」
「それは、5年余に及ぶ『安倍1強政治』が生んだおごりや緩みと、無縁ではあるまい」

根底には安倍1強政治の問題が横たわっている。森友文書の改竄はそれが生んだ負の落とし子なのだ。

■「官僚に『政権の奉仕者』たることを強いている」

次に朝日社説はこう書いていく。

「学園への特例的な扱いの背景に、首相や昭恵氏の存在があったのではないか。指示や忖度などはなかったのか」
「政権に忠誠を尽くせば評価され、取り立てられる。官僚機構のそんなゆがんだ価値観もうかがえる」

さらに「内閣人事局の発足などで、官僚の幹部人事は首相をはじめ政権中枢が一手に握っている。だからこそ、政治の任命責任はいっそう重いはずである。その自覚を欠いた麻生氏や首相の言動が、官僚に『政権の奉仕者』たることを強いているようだ」と指摘する。

そのうえで「安倍1強下での行政のひずみが、公文書管理のずさん極まる扱いに表れている。速やかに正さねばならない」と訴える。

朝日社説の指摘は重い。森友文書改竄の根底を捉えているからだ。

■読売社説は踏み込みが足りない

対する読売社説(3月13日付)は第1社説としているものの、分量は朝日の半分だ。

書き出しは「行政に対する国民の信頼を傷付ける浅はかな行為である。財務省は問題の全容を解明し、組織の立て直しに全力を挙げなければならない」とありきたりである。

読売社説は「事実をゆがめた答弁を繰り返した佐川氏の辞任と懲戒処分は当然だ。首相と麻生財務相は任命責任を重く受け止めねばならない」と主張する。

しかし「特命責任を重く受け止める」だけでは、問題は解決しない。

読売社説は「麻生氏は『理財局の一部の職員により行われた』と語り、組織ぐるみでの隠蔽を否定した」とも指摘する。

本当に組織ぐるみの隠蔽ではないのだろうか。読売社説は踏み込みが足りない。

そもそも読売社説は朝日社説が指摘するような森友文書改竄の根底にまで言及していない。とても残念である。

■産経や日経も「内閣人事局」の問題には触れず

朝日や読売以外の新聞はどうだろうか。

朝日に次いで読み応えがあったのは、毎日新聞の社説(3月13日付)だ。毎日社説は朝日社説と同じ1本社説で、内閣人事局の問題にも言及している。

「各府省の幹部人事は今、内閣人事局が決めている。『安倍1強』の中、本来、公正であるべき官僚は自らの人事への影響を恐れて、首相や菅長官にモノを言えない。そうした空気は強まる一方だ」

さらにこうも指摘する。

「南スーダンの国連平和維持活動(PKO)日報問題では、当初、日報は廃棄していたと説明したが、実は存在していた。加計学園問題では政治家らの関与をうかがわせる文部科学省のメモが報道で明らかになったにもかかわらず、菅義偉官房長官は発覚後『怪文書』と切り捨てた」

朝日社説も「安倍1強下での行政のひずみ」を問題視するが、安倍政権下で顕著になっている問題点をひとつひとつ指摘している毎日社説は評価できる。

一方、産経新聞の主張(社説、3月13日付)や日経新聞の社説(同)も、読売社説と同様に森友文書改竄の根底のある問題に触れていない。どうして内閣人事局の問題についてしっかりと書かないのだろうか。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)