国税庁長官を辞任した佐川宣寿氏(写真=時事通信フォト)

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「森友学園」の国有地売却問題を担当した財務省の男性職員が自殺した。男性の親族は「汚い仕事をやらされたのではないか」と疑念を強めているという。自殺の本当の原因はまだわからない。だが組織で働いていれば、上司から「汚い仕事」を振られる恐れはある。そのときどう対処すべきなのか――。

■明日はわが身 近畿財務局のノンキャリ男性職員

学校法人「森友学園」に国有地を売却した財務省の近畿財務局の男性職員が、自宅で自殺した。その後、佐川宣寿氏が国税庁長官を辞任し、財務省も国有地売却に関する決裁文書の書き換えを認めた。

東京新聞などによると、自殺した職員は親族との電話で「常識が壊された」と漏らしており、親族は「汚い仕事をやらされたのではないか」と疑念を強めているという。痛ましい限りである。

これはひとごとではない。

「汚い仕事」を押しつけられそうになること、あるいは実際に押しつけられることは、ビジネスパーソンにとって無縁ではない。実例を挙げて、どう対処すればいいのかについて解説したい。

▼医療業界の「汚い仕事」の代表例は「カルテの書き換え」

例えば、私が属する医療業界における「汚い仕事」といえば、まずカルテの書き換えが脳裏に浮かぶ。もちろん、決してやってはならないことだが、医療ミスを隠蔽するためにカルテを書き換えるように上司から指示され、すごく悩んだという知り合いの医師の話を聞いたことがある。上司の指示に従わなかったら、大きな手術を担当させてもらえないのではないか、それどころか大学病院にいられなくなるのではないかと恐怖にさいなまれたという。

■偉い人に忖度して、重要情報を「あえて報告しない」

書き換えまでいかなくても、あえて報告しないのも、「汚い仕事」の1つだろう。たとえば、薬の副作用をあえて報告しない医師がいる。

新薬が発売されてまもなく、重篤な副作用で患者が苦しんだり、場合によっては死亡したりすることがある。原因究明のための調査が行われ、その薬の治験の段階で重篤な副作用が出現していたにもかかわらず、医師がきちんと報告していなかった事実が判明する。

新薬の治験は、だいたい医学部の教授が製薬会社から依頼されて行う。教授は、大学病院や関連病院の医師に指示して、治験者になってくれる患者を集めさせ、新薬を投与させる。

新薬が認可されれば、莫大な利益を生むが、逆に認可されなければ、それまでの研究開発費は無駄になる。だから、製薬会社も、製薬会社から研究費を受け取っている教授も、重篤な副作用が出現しなければいいのにと願っている。

もちろん、教授が副作用を報告しないように直接指示することはまれだ。だが、製薬会社と教授の願望を忖度して、大学病院であれば准教授や講師、関連病院であれば部長が、部下の医師に「副作用を報告しないほうがいい」とそれとなく助言することはある。もしくは、治験を実際に担当した医師が、直属の上司さらには教授の願望を忖度して、あえて副作用を報告しないこともある。

▼「汚い仕事」を断りにくいという組織の共通点3

このように忖度が働くとか、「汚い仕事」を断りにくいという組織には、しばしば次の3つの要因が認められる。

(1)ブランド力
(2)競争
(3)恐怖

医学部の偏差値は他学部と比べて総じて高く、医師国家試験に合格しなければ、医師にはなれない。当然、ほとんどの医師は多かれ少なかれエリート意識を抱いている。とくに大学病院や名門病院に勤務する医師のエリート意識は、半端ではない。

こうした(1)ブランド力のある組織に所属することに自らの「レゾン・デートル(存在価値)」を感じている医師は、その組織に居続けるためなら、「汚い仕事」を部下に押しつけることも、場合によっては自分自身がそれに手を染めることもいとわない。

■財務省も「弱い人」に汚い仕事を押し付ける組織

(2)競争も重要な要因だろう。過酷な受験競争を勝ち抜いて医師免許を手に入れたわけだから、上昇志向も競争意識も人一倍強い。とくに、大学病院に勤務して教授の椅子を狙っている医師は、ライバルに勝つためなら何でもする。

さらに、教授を怒らせたら飛ばされるのではないかという(3)恐怖もある。懲罰に近いような形の異動への恐怖を医師が抱くのは、かつては大学医局が人事を一手に握っていたことによる。とくに、関連病院を全国各地に持っていた大学医局では、教授を怒らせると、僻地の病院に飛ばされるのではないかという恐怖を多くの医局員が抱いていたものだ。

大学医局の影響力は、一昔前と比べると低下したとはいえ、大学病院に残って出世したければ、教授の意向を気にせずにはいられない。それがさまざまな不祥事の温床になっているともいえる。

▼どの仕事でも汚い仕事をさせられるリスクがある

この3つの要因は財務省の官僚にも当てはまる。財務省は、ブランド力のある組織というだけでなく、隔離された集団でもある。また、出世のための競争も、懲罰に近いような形の異動への恐怖も、医師の比ではないだろう。

財務省のように3つの要因がそろっている組織ほど、「汚い仕事」を押しつける上司がいるものだ。もっとも、必ずしも3つの要因がそろっていなくても、「汚い仕事」を押しつけられそうになることはある。

例えば、スーパーの鮮魚売り場で働いていた男性は、売れ残った魚の消費期限をもっと先に書き直して販売するように店長から指示されて、悩んだらしい。また、診療所で医療事務の仕事をしていた女性も、自己負担ゼロの生活保護の患者が、実際には来院していないのに、診察を受けたように見せかけて再診料を請求するように院長から指示されて、困ったという。

この2人の勤務先は、それほどブランド力があるわけでもないし、そんなに競争が激しいわけでもない。それでも、やはり現在の職場にいられなくなったらどうしようという恐怖ゆえに、葛藤にさいなまれる。とくに次の仕事が簡単に見つかりそうにない場合、恐怖は一層強くなるはずだ。

こういうことは、誰にでも起こりうる。「汚い仕事」を押しつけられそうになったら、どうすればいいのだろうか。

■「汚い仕事」を押しつけられた時の正しい対処

最初に申し上げておきたいのは、「汚い仕事」は遅かれ早かれ必ず発覚するということだ。佐川氏は、財務省理財局長を務めていた頃、国会で学園側との事前の価格交渉を否定し、「交渉記録はない」「記録が残っていない」などと答弁したが、その後佐川氏の答弁と矛盾する文書や録音などが次々と出てきた。また、食品偽装が発覚して廃業に追い込まれた企業もあるし、診療報酬の不正請求が発覚して閉院に追い込まれた医療機関もある。

もう1つ忘れてはならないのは、発覚した場合、上の人間が守ってくれるわけではないということだ。たとえ上司から指示されたことであっても、もし発覚したら、ほとんどの上司は「やったのは自分ではない。部下が勝手にやった」としらを切り、責任転嫁する可能性が高い。いざというとき部下に責任転嫁できるように、自分が指示した痕跡を残さないようにする巧妙な上司もいるだろう。

まして、上司からの明確な指示がないのに、こちらが忖度して「汚い仕事」に手を染めた場合、上司が守ってくれるわけがない。中には、決して明確に指示せず、アメとムチを使い分けながら、部下が忖度するように誘導する上司もいるので、要注意である。

この2つを肝に銘ずるなら、「汚い仕事」を押しつけられそうになったときの選択肢は1つしかない。そう、断るしかないのだ。断ったら、現在の職場にいられなくなるのではないかという危惧があるだろうが、それでも断るしかない。

ちなみに、先ほど紹介したスーパーの鮮魚売り場で働いていた男性も、診療所で医療事務の仕事をしていた女性も、「汚い仕事」を受け入れられず、その後退職している。

▼断れない場合は「録音」「メール」を必ず残す

もっとも、どうしても断り切れない場合もあるだろう。その場合は、上司から指示された証拠を残しておくしかない。もちろん、責任を押しつけられないためである。

わが身を守るためには、なるべく第三者の同席した場で指示を受けるべきだ。要は、2人きりにならないということで、どうしても2人きりになる場合は、録音しておくのも手だ。

「言った」「言ってない」というトラブルを避けるために、指示内容をメールで送ってもらうのもいいかもしれない。その場合、「大切なご指示を忘れてはいけませんので、メールでお送りいただけると助かります」という具合に表面上はあくまでも下手に出るべきだ。こうして証拠を残しておけば、いざというとき身を守るのに役立つだろう。

最後に申し上げたいのは、忖度などもってのほかということである。間違っても忖度などしてはいけない。

(精神科医 片田 珠美 写真=時事通信フォト、iStock.com)