神奈川県立がんセンターの重粒子線治療施設「i−ROCK」。(同センターのパンフレットより)

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神奈川県立がんセンターで、放射線治療医が大量退職した。黒岩祐治知事は、その責任を同センターを運営する県立病院機構理事長の土屋了介氏に求め、理事長を解任した。だが土屋氏は「神奈川県は重粒子線治療施設の責任者に無資格の医師を任命していた。私はそのことを見過ごせず、解任された。県は患者の安全よりも、施設の稼働率を優先している」という。土屋氏は国立がんセンター中央病院院長などを歴任し、わが国のがん医療の司令塔を務めてきた。そんな土屋氏が許せなかったこととはなにか。手記の第2弾をお届けしよう――。

■120億円を投じて新設された「重粒子線治療施設」

2月7日、神奈川県は県立がんセンターを運営する地方独立行政法人・神奈川県立病院機構の理事長を解任したと発表した。県は同センターの放射線科医が相次いで退職したことが理由だとしている。だが、私は元理事長として、県の説明には事実と異なる点が多数あることを指摘したい。最大の問題点は、がんセンターの目玉として、120億円を投じて新設された「重粒子線治療施設」の責任者に、無資格の医師を任命していたことだ。私は理事長となってから、その事実を指摘したが、その結果、がんセンターを追われることになった。患者の安全軽視は許されない。あらためて詳しい経緯を説明したい。

重粒子線治療は、従来の放射線治療に比べ、放射線が目標とする部位へ集中し、しかも強力なため、その強さは約3倍と言われる。従来の放射線治療の場合、肺がんであれば30〜35回(1週間に5回とすれば6〜7週間)、最新のIMRT(強度変調放射線治療)であっても6回の照射が必要だったが、重粒子線治療であればたった1回の照射で治すことができる。

ただし1回で済むということは、見方を変えれば、絶対に間違いが許されないということでもある。この数年、内視鏡手術(腹腔鏡手術)をめぐって、千葉県がんセンターや群馬大学医学部附属病院で、技術の未熟さが原因となる死亡事故が起きた。このため日本内視鏡学会をはじめとする外科系の学会では内視鏡手術を行う外科医の資格認定に際し、指導医の下での経験症例数や経験年数などの厳格な基準を設けて事故の防止に努めるようになった。

最新の強力な治療方法には、相応のリスクがともなう。医療事故を防ぐためには、厳格な基準による資格認定が欠かせない。厚生労働省は、手術と同様に、重粒子線治療でも指導医の下での豊富な経験と期間が必要と考え、先進医療として実施する施設基準として(1)主として実施する医師に係る基準(以下、「実施責任医師」という)、と、(2)保険診療機関に係る基準について通知している。その基準の要は「実施責任医師」である。

■責任者は粒子線治療の経験が3カ月しかなかった

今回、神奈川県立がんセンターにおける放射線治療医の大量退職のきっかけをつくったのはN医師である。N医師は平成20年から神奈川県立がんセンターに赴任し、重粒子線治療施設の開設準備室長になっていたが、平成27年12月から重粒子線治療開始の予定であったにもかかわらず、平成27年6月の時点で粒子線治療の経験が3カ月しかないことが判明した。また、当時、在籍していた6名全ての放射線治療医が資格を持っていなかったのである。すなわち、7年間、準備室長として全く機能していなかったのである。

平成27年8月に、重粒子線治療の経験が4年7カ月である野宮琢磨医師が重粒子線治療科部長として赴任し、無事、同年12月に重粒子線治療を始めることができた。その後、病院が費用を負担する先進医療施設申請用の研究的診療として11人の患者さんの治療後、平成28年2月1日、先進医療施設の届出を厚生労働省の出先機関である関東信越厚生局神奈川事務所に提出した。

この届出書にN医師は重粒子線治療の経験年数を2年と記載していた。届出書の写しが平成28年4月に理事長に届けられたので、大川伸一病院長(当時)とN医師を理事長室に呼び、「3カ月の研修記録しかないのに2年との記載は間違えであるので、訂正するように」と命じた。N医師は、「2年間、放射線医学総合研究所の研究員の辞令を受けていたので、放射線医学研究所の先生が資格ありというので、2年と記載した」と主張した。しかしながら、この2年間、N医師は神奈川県立がんセンターで放射線治療に従事しており、重粒子線治療には従事していないので、修正した届出書を提出させた。再提出した届出書では経験期間は7カ月と記載した。

■後任に引き継ぐこともなく、診療を中断して、集団退職

私は平成28年4月から放射線医学総合研究所病院に研修に行き資格を取得するように勧めたが、後輩医師(平成29年12月31日退職)を先に行かせることを提案したので、N医師に次いで年長医師であった放射線腫瘍科部長である後輩医師を、平成28年9月から平成29年2月まで研修に行かせ実施責任医師の資格を取らせた。

その後、あらためて平成29年4月からN医師の研修派遣を命じたところ、大川伸一病院長(当時)とN医師は、施設要件が満たされているから、N医師が研修に行く必要はないと派遣を拒んだ。しかし、先に述べたように、臨床試験実施計画書に実施責任医師として名前を掲載するのであれば、N医師本人が資格を取る必要があると説明し、職務命令で研修に派遣した。

平成29年8月、N医師は後輩医師4名を残し、自己都合にて退職した。大川伸一病院長(当時)は辞表を受理してから理事長に報告してきた。その後、11月に入り、他の4名の放射線治療医が12月末に辞職すると大川伸一病院長(当時)が報告に来たので、「当機構は年度計画に沿って運営しているので、職員は特別の事情がない限り年度末まで患者の診療に責任を持つことが義務であることを、4名の放射線治療医に伝え、年度末までは勤務するように説得すること」を命じた。

このような指示にも拘らず、平成30年1月末までに4名の放射線治療医は退職してしまった。受診中の患者さんを他科に紹介することはなく、2月からの放射線治療担当医に引き継ぐこともなく、診療を中断したのである。

■厚労省の資格要件は「最低限の条件」にすぎない

N医師は実施責任医師としての資格があったのだろうか。厚労省は、資格要件として1年ないし2年の療養経験が必要と通知している。また本件について厚労省の神奈川事務所に問い合わせたところ「研究員の2年間は粒子線治療の療養に専従した期間には該当しない」との回答があった。

しかしながら、神奈川県は平成30年1月24日の「調査結果報告書」にて、下記のように厚生労働省の見解を否定している。

私が厚労省の資格要件にこだわるのは、それが患者さんの安全を守るうえで、最低限の条件だからである。私がN医師に研修を命じた放射線医学総合研究所病院では、最近の数年間は毎年約1000例の新規患者さんを受け入れている。年間の診療日を250日とすると、1日に4名の患者さんが重粒子線治療を開始している。

一方、神奈川県立がんセンターでは平成27年12月から平成28年12月までの1年1月間の重粒子線治療を受けた患者さんは105例だった。平成29年1月から12月までの1年間では218例である。しかも、神奈川県立がんセンターではほとんどの症例が前立腺がんだったが、放射線医学総合研究所ではあらゆる分野のがんを対象とした重粒子線治療が行われている。

■「客員研究員」では臨床の経験として不十分

このため私は、神奈川県立がんセンターで重粒子線治療を受けられる患者さんに、安全で良質な医療を提供するには、N医師に放射線医学総合研究所病院での1年間の研修を受けていただくことが最善の策であると判断した。客員研究員では臨床の経験として不十分だからだ。

この判断に対し、大川伸一病院長(当時)は「理事長は必要のない研修に行かせた」と職員に説明し、黒岩祐治神奈川県知事は「公共性の高い事業を担う機構に理事長として、十分な資質を有していない」と断定した。その結果、平成30年3月6日付で、私に対して理事長解任を通知してきたのである。

千葉県がんセンターや群馬大学医学部附属病院では、未熟な医師の手術により死亡事故が起きた。重粒子線治療においても、国の示す最低限の資格もない医師が、「実施責任医師」となったままでは、大きな事故が起きる恐れがあった。

神奈川県は120億円をかけて重粒子線治療施設を整備しており、稼働率を下げるわけにはいかなかったのだろう。だが、稼働率確保のために、患者の安全が軽視されることがあってはならない。私は理事長としてそう判断した。読者のみなさんは、神奈川県の判断をどう受け止められるだろうか。

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土屋 了介(つちや・りょうすけ)
医師
1970年慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学病院、日本鋼管病院、国立療養所松戸病院、防衛医科大学校、国立がんセンターなどを経て、2006年に国立がんセンター中央病院院長。2010年同院長を退任。2012年公益財団法人がん研究会理事、2014年から18年まで地方独立行政法人神奈川県立病院機構理事長。

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(医師 土屋 了介)