社長たる立場にあるかぎり、すべてを犠牲にして経営にあたるべきだ(写真:Sergey_Nivens/iStock)

リーダーとはどうあるべきか、いかなる「覚悟」を持つべきか――古くて新しいこの問いに、多くのリーダーたちが頭を悩ませている。
東洋経済オンラインの人気連載「上司と部下の常識・非常識」に大幅な加筆修正を加えた書籍『正統派リーダーの教科書』を上梓した江口克彦氏が、あるべきリーダーの姿と、必要な「覚悟」を解説する。

社長は覚悟がないと務まらない

およそ社長たる者、自分の会社の存続発展のためには、命を落としてもいい、からだを壊して死んでもいいというような思いを持っていなければならないと思う。


別に、死ぬ必要もないが、しかし、大企業はもちろん、中小零細企業の社長ともなれば、それほどの覚悟というか、思いというものを持たなければ、成功するはずもない。ただ、社長として頑張ろう、しっかり経営をしていこうという程度の思いでは、経営は成功するものではない。

もちろん、社員にそれを望むべきではない。社員は、時間どおり、決められたとおりに、そして自由闊達に社長の出した方針に沿って、毎日、業務に取り組み、結果を出せばいい。だから、誤解を恐れずに書けば、社長が鬱になろうが、自殺しようが、それはそれで、むしろ、「武士の誉れ」、以って瞑すべしというものだが、しかし、社員を鬱にしたり、ましてや自殺させるなどということは、指導者として、風上にも置けない。まことに愚昧、愚鈍な社長としか言いようがない。

組織というもの、会社というものは、そういうものだ。1万人の社員を擁する会社で、誰一人、命がけの人間が存在せず、なおかつ会社が発展するというのはありえない。また、100人、20人の会社でも同じこと。誰一人命がけの人がいなくして、どうして会社は、組織は発展することができるのか。経営はそれほど簡単なものではない。

社長は心を許して遊ぶべからず

山本常朝の『葉隠』の冒頭はあまりにも有名である。


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「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」。この言葉が戦前の軍国主義の時代に喧伝膾炙(かいしゃ)された。だから、『葉隠』は、武士は死ね、武士は死ぬことを本望とすべきだなどと誤解され、かつ今も、そのように思っている人がいる。しかし、その次からの文章を読めば、そういうことではないということが、すぐ分かる。

続けて「二つ二つの場にて、早く死ぬほうに片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわって進むなり。図にあたらぬは犬死などといふ事は、上方風の打ち上がりたる武道なるべし。二つ二つの場にて、図に当たることの分かることは、及ばざることなり。我人(われひと)、生くるほうが好きなり。多分好きな方に理が付くべし。もし図に外れて生きたならば、腰抜けなり。この境、危うきなり。図に外れて死にたれば、犬死気違いなり。恥にはならず。毎朝毎夕、改めては死に、改めては死に、常住死に身になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度(おちど)なく、家職を仕果たすべきなり」とある。

要は、人間、「簡単」と「困難」とを前にすると、すぐ「簡単」なほうを選ぶが、武士たる者は、あえてそういう場合「困難」を選ぶ。そのような覚悟ができていると武士道が自分のものとなり、自由闊達にして、一生誤りなく過ごすことができるということを言っている。

同じことである。社長は、社長たる立場にあるかぎり、すべてを犠牲にして、命を賭して、命がけで経営にあたるべきであろう。松下幸之助さんがそうだった。偉大な戦後の経営者がそうであった。歴史をさかのぼって、江戸時代中期、松代藩の財政を立て直した恩田木工(もく)もそうであった。幕末、明治維新の勝海舟もそうであった。

近頃は、如才なく、敵をつくらず、社長を辞めた後を考えながら、難事は避け、簡単なことを選び、ほどほどの経営をしているように見える大企業の経営者もいる。あるいは、カッコよさを求め、適当に経営に取り組んで、チャラチャラと名刺にCEOなどと仰々しく書き立て、自分の見栄ばかり、社員のことは二の次、たかだか都心の高層マンションに住むことで満足しているベンチャーの若い社長も結構多い。

自分の命を賭けず、社員に命を賭けさせる。結局、この頃、命がけの経営者がいないところに、不正会計やら、データ改ざんやら、不良品の多発、また、砂粒のような経営者がやたら目につく。

社長になったら、せめてその在任期間は、命を捨て、家族を捨て、ただただひたすら、心許すことなく、会社発展のために尽くすべきではないかと思う。経営を甘く見てはいないか。社長諸君、いかがであろうか。

経営は「理3情7」と心得るべし

これからの時代は、今までの時代とは異なる技術が発展する。いかなる社長も、技術に専念しているわけではないから、最新の技術を持っている若い社員に圧倒される。新技術を持って起業した次の瞬間、新入社員の最新技術知識に脱帽しなければならなくなる。自分の知識を最新と思って、上から目線で若い社員に滔々と指示命令をしようものなら、いっぺんに軽蔑の対象になるだろう。それほど技術の進歩はすさまじい。いわば、会社のなかで、最新の知識に、もっとも乏しいのが社長ということである。

にもかかわらず、30人、100人、1000人、あるいは、1万人、10万人の社員を束ね、率いていかなければならない。自分より多くの最新情報を持っている社員を束ねるに、社長みずから最新技術知識を身につけ、最新技術の知識を得る努力は、それなりにすべきではあると思うが、やはり、限界というものがある。

時間的に、また、30代からの脳の老化による記憶力低下で、あがいてももがいても到底無理。であるとすれば、早々に、社員との最新技術知識競争はあきらめたほうがいい。しかし、それでは、社員がついてこない。社員に軽んぜられるのは必然。とはいえ、社長として、社員をまとめ、経営をしていかなければならない。

では、どうすれば、社員を束ね、経営を力強く推し進めていくことができるのだろうか。その答えは、ただ1つ。「理3情7の原則」を忘れないこと、理論が3割、情感が7割で、経営に取り組むということである。人間は、理性だけで動くことはない。正しいことだから、従うということはない。いくら理にかない、正しいことを言っても、人はついてこない。

1960年代に、植木等というコメディアンが「スーダラ節」を歌って、一世を風靡した。その歌詞にあるように、まさに「わかっちゃいるけど やめられない」というのが「人間」。「正しさを理解させるのは容易。しかし、それを行動に移させるのは難しい」と松下幸之助さんは言っていたが、確かにそうだ。必ずしも、人間は、正しさに、正しいからというだけで、ついてくることはない。ついてくるとすれば、むしろ、例外と言っていい。

日雇い労働者が、賃金は高いが人柄の悪い親方の職場と、賃金は低いが人柄のいい親方の職場と、そのどちらを選ぶかという実験が、70年ほど前に行われた。7割の人たちが、賃金が低くても人柄のいい親方の職場を選んだという結果が出ている。要は、必ずしも、賃金の高低で職場を選ぶのではないということ。賃金の高低ではなく、「この人のためなら」「この親方の下でなら」という気分にさせるところを選ぶということである。

松下幸之助も「情」の経営者だった

小説家の童門冬二氏が最近、ある雑誌に立花道雪のことを書いている。道雪は、大友宗麟の重臣で、豊後(大分)の戦国大名。35歳の時、雷に打たれて歩行困難になったが、自軍を率いて連戦連勝、大いにその武勇を後世まで残している。どうして歩行不自由な道雪を家臣たちが慕い、ついていったのか。実は、その道雪、勇猛だけではなかった。戦術が確かであっただけではない。それ以上に、「情」があったからだ。

家臣に対しても温かい声をかけている。いわば、「情」で、家臣を圧倒したと言えよう。武勲のない者に対しても「運不運は戦場の常。お前が強者(つわもの)であることは、私が一番よく知っている。だから、明日の戦いで、汚名返上、手柄を立てようなどと抜け駆けし、討ち死にするようなことをしてはいけない。それよりも、命をながらえ、大事にして、この道雪を守り続けよ」と親しく話しかけ、家臣は感涙したという。その家臣は、おそらくそのとき「この道雪様のためならば……」と思ったことだろう。

また、道雪は、「人材に出来の悪い者はない。もし出来が悪い者がいるとすれば、それは、育てることが出来なかった大将の責任。私の家臣で出来の悪い者はいない。もし、他家で、出来が悪いと謗(そし)られる者がおれば、私のところに来い。第一級の人材に育て上げて見せよう」と、出来が悪いのは、上に立つ者の責任とも言っていたという。

立花道雪は、このような家臣に対する「情」を持っていた。「この人のためならば……」と思わせる「情」を持っていた。それゆえに、大友軍最強の軍団をつくり上げることができたのである。

かく言う私も、松下幸之助の「情」に心打たれたことが何度もあった。その1つ。ハーマン・カーンのエピソードについては、かなり多くの人が知っているところだろう。詳細については、拙著(『松下幸之助はなぜ成功したのか』東洋経済新報社刊)に譲ろうと思う。

「理3情7」の原則は、これからの社長は、もっともっと重要になってくるだろう。「社長のためなら……」と思わしめる「情」、社員や部下を圧倒する「人間的魅力」、「徳」をいかに積むか、「オーラを感じさせる人柄」を、いかに身につけるか。それが「これからの社長」の最高最終的条件になるであろうことは間違いない。