古森重隆会長兼CEO(写真:ロイター/アフロ)

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 米ゼロックスの大株主の言動に富士フイルムホールディングス(HD)が揺れている。

 富士フイルムHDは1月31日、ゼロックスの買収を発表したが、「物言う株主(アクティビスト)」の2人の大株主が買収阻止に動いた。買収にはゼロックスの株主総会での承認が必要だ。富士フイルムHDの“ドン”、古森重隆会長兼CEO(最高経営責任者)と、投資家のカール・アイカーン氏による、ガチンコの闘いの様相を呈してきた。

「物言う株主」たちは、買収スキームそのものに批判の刃を突きつけた。買収スキームは、まず事業子会社の富士ゼロックスが金融機関から6710億円を借り入れ、富士フイルムHDから75%の自社株を取得する。第三者の専門家により富士ゼロックスの企業価値を9000億円弱と算定し、その75%は6710億円と算出した。この時点で富士ゼロックスは、ゼロックスの100%子会社になる。

 富士フイルムHDは、富士ゼロックス株の売却によって得る6710億円でゼロックスの第三者割当増資を引き受け、全体の50.1%の株式を握る。過半数の株式を握るために、ゼロックスは25億ドル(2750億円)の特別配当を実施し、第三者割当増資の1株当たりの価格を引き下げる。これによって6710億円で過半の株式が手に入るという高等なテクニックを駆使する。

 ゼロックスが既存株主に対して実施する特別配当の原資は、ゼロックスが金融機関から借り入れる。富士フイルムHDから金が出るわけではない。

 その後、富士ゼロックスはゼロックスと合併し、ゼロックスは富士ゼロックスに社名を変更、新会社の経営権は富士フイルムHDが握る。そして、富士ゼロックスが借り入れた6710億円を金融機関に返済する。

 社名変更後の富士ゼロックスはニューヨーク証券取引所の上場を維持し、取締役12人のうち7人を富士フイルムHDが指名する。ゼロックスの現在の時価総額は9000億円程度で、2014年秋から5割弱減少した。

 ゼロックス第3位の大株主で、NYの裁判所に買収手続きの差し止めを求めたダーウィン・ディーソン氏は、「実質的にタダでゼロックスを傘下に収める」仕組みと批判している。

 2月12日、ゼロックスの筆頭株主で著名な投資家のカール・アイカーン氏らは、買収に反対する声明を出し、ディーソン氏と共同で、20日にはゼロックスの株主に対し、「(富士フイルムHD以外の)競合他社との合併や身売り」「買収ファンドへの身売り」を提案する書簡を公開した。

 また、アイカーン氏は2月14日、日本経済新聞の電話インタビューで「ひどいディール(取引)」と批判した。「ゼロックスの取締役会は、私がこれまで見てきたもので本当に最悪のひとつだ」「委任状争奪戦も辞さない」と富士フイルムHDの古森会長にブラフをかけた。「古森氏は私の電話番号を知っているはずだ。私にいつでも電話できる」とも述べている。

 ディーソン氏は「透明な入札手続きを経るべきだ」と主張し、「他人のふんどしで相撲を取るな。買収するなら身銭を切れ」と迫っている。

 助野健児富士フイルムHD社長が、富士フイルム側から現金を流出させない買収スキームを「クリエーティブ」(独創的)と自画自賛したのが完全に裏目に出た恰好だ。

 今後、ゼロックスの株主がどう動くかが焦点となる。アイカーン氏とディーソン氏の保有するゼロックス株の合計は、優先株を含めて発行済み株式の13%に上る。米国では一般的に企業合併などの議案の可決には、株主の過半(日本では3分の2)の賛成が必要とされている。

 ゼロックス株を9.7%持つインデックス投資家の米バンガード・グループ、4.3%を保有する投資ファンドのブラックロック、3.5%を保有するステート・ストリートなど、上位の株主がアイカーン氏の支持に回り買収に反対すれば、合併の議案が否決されることもあり得る。

 アイカーン氏は過去に、ブリヂストンによる米タイヤ販売会社の買収計画を吹き飛ばしたことがある。2015年12月29日、ブリヂストンはアイカーン氏と競っていた米タイヤ販売大手、ペップ・ボーイズの買収で敗北した。買収価格の引き上げ合戦で、当初の想定より費用が膨らみ、買収を断念した。ブリヂストンは主力の米国市場での販売網拡大の練り直しを迫られた。

 このほかアイカーン氏は、テキサコ(現シェブロン)、TWA(現アメリカン航空)、食品のナビスコ・グループ、メディアのタイムワーナー、通信機器のモトローラー、インターネットのヤフーなど有名企業と渡り合い、「経営参加のチャンスを狙い、できなければ株価を引き上げて高値で売り渡す」(企業の合併に詳しい国際アナリスト)ことで赫々たる戦果を挙げている。アップルとの攻防戦でアイカーン氏は数十億ドル分のアップル株を買い集め、ティム・クックCEOが一定程度、アイカーン氏の要求を飲んだことでも知られる。そのため、“アップルに勝った男”といえる。

 買収を成功させるためには、富士フイルムHDのドンはなんらかの手を打たなければならない。アイカーン氏と直接話し合うのか、TOBを実施するのか。いずれにしても、「タダ同様のスキーム」がそのまま通る可能性は低い。買収コストは膨らむことになるが、「筋金入りのアクティビストとのガチの勝負は避けたほうがいい」(前出国際アナリスト)だろう。

 買収の先行きを懸念して、富士フイルムHDの株価は上値の重い動きが続いている。

●富士フイルムHD、ゼロックスの買収は凶と出るのか

 富士ゼロックスが手掛ける複合機やプリンターなどの事業部門は、富士フイルムHDの大黒柱である。稼ぎ頭は、富士ゼロックスが大部分を占めるドキュメント事業だった。

 富士フイルム側の“お家事情”を見ておこう。

 ゼロックスの買収には大きなリスクが伴う。富士フイルムHDとゼロックスの16年度の売り上げは、単純合算すると3.3兆円に達する。そのうちコピー機や複合機など印刷機の販売が3分の2を占める。新興国市場では需要は伸びているが、先進国ではペーパーレス化が進み、ゼロックスが得意とする保守などサービス事業が伸び悩んできた。業績低迷が続くゼロックスを子会社にするというリスクに直面することになるからだ。

 新生ゼロックスの会長には古森氏が就任するが、CEOは現ゼロックスCEOのジェフ・ジェイコブソン氏が続投する。アイカーン氏が「守旧派」と指弾したジェイコブソン氏が留任するリスクを、富士フイルム側は把握できているのだろうか。

 古森氏は、主力の写真フィルムの急減という危機に際して、液晶ディスプレー材料や医薬品などにシフトする構造改革を断行し、成功を収めてきた。これは、複写機・複合機への依存から脱却する戦略だった。しかし、ゼロックスの買収によって複合機の比重が3分の2に高まってしまう。成長路線とは真逆の選択ともいえ、今後の足枷になる可能性がある。

 古森氏は1月31日の記者会見で、ゼロックスの買収により「(会長兼CEOの)任期は、また少し伸びそうだ」と長期政権を示唆し、「統合の要にならないといけない」と自身の役割を語った。2月1日付日本経済新聞のインタビューでは「あと3〜4年だろう。80歳ぐらいで譲ろうと思っていたが、もう少しやらないといけない」と述べている。現在78歳の古森氏は、82歳ごろまで続投する腹づもりだ。

「超高齢経営者と物言う株主の闘いは、最後は体力が物をいう」と指摘するアナリストもいる。
(文=編集部)