アラサーの神戸嬢を語るには欠かせないある“時代”が、神戸にはあった。

2000年代初期、今なお語り継がれる関西の「読者モデル全盛期」だ。

それは甲南女子大学・神戸女学院大学・松蔭女子学院のいずれかに在籍する、容姿端麗な神戸嬢たちが作り上げた黄金時代である。

しかし時を経て読モブームは下火となり、“神戸嬢”という言葉も、もはや死語となりつつある。

高校時代から神戸嬢に憧れていた姫路出身の寛子。神戸女学院大学の入学式で読者モデルにスカウトされ、華々しく“神戸嬢デビュー”を果たす。

その後大学の友人・由美子に誘われ、カリスマ読者モデル・菜々子がプロデュースするブランドでのアルバイトが決まったが、早くも暗雲が立ち込める…?




―こんなトントン拍子に、憧れやったブランドのアルバイトが決まるなんて……。

出勤初日。寛子は、大学終わりに急ぎ足でアルバイト先へ向かっていた。

神戸嬢デビューとしての滑り出しは、恐ろしいくらいに順調だった。

入学式に読者モデルとしてスカウトされ、誰もが憧れるカリスマ読者モデル・菜々子プロデュースのアパレルブランドで、ショップスタッフのアルバイトが決まったのだ。

阪急電車の窓に映る自分の姿をぼんやり眺めながら、寛子は自分に言い聞かす。

―うん、大丈夫。今日も完璧やわ。

今日のために、寛子はお気に入りの洋服で身を固めた。先日、初めての私服スナップ撮影に参加した際に新調したワンピースで、胸もとにはたくさんのビジューがあしらわれている。高校時代ファミレスのアルバイトで貯めたお金を遣い、どきどきしながら購入したものだ。

鞄は、両親に無理を言い、入学祝いに買ってもらったエルメスのガーデンパーティを合わせた。ガーデンパーティかエールバッグがなければ、女子大のキャンパスライフは始まらない。

何ごとも、初めが肝心だ。ポーチから手鏡を取り出し、メイクを確かめながら笑顔を向ける。読者モデルになるために必死に練習した、自分が一番可愛く見える笑顔を。



「はじめまして。今日からよろしくお願いします!」

笑顔ではきはきと挨拶する寛子を横目に、隣にいた圭子という女がこう言い放った。

「……ねぇ。チークとリップ、ちゃんと塗ってる?髪の毛も、それちゃんと巻いたん??そんな顔じゃ働けへんから、直してきて」


神戸出身ではない寛子が受けた、女たちからの洗礼とは…?


圭子は、このショップのカリスマ店員である。

年は寛子より1つ上で、お嬢様校として知られる神戸海星女子学院に幼稚園から通っているらしい。圭子の着た服はたちまち売れ、彼女目当てに女の子たちがショップに押し寄せるのだ。




もちろん、寛子もそのうちの一人だった。圭子のことはもちろん知っていたし、密かに憧れてもいた。しかしその憧れだった気持ちも、たったいまガラガラと崩れ去った。

しかし寛子のそんな思いを知るはずもなく、圭子はズケズケと言った。

「なーんか、地味やねんなぁ……。寛子ちゃん、学校どこ?というか、どこ住んでるん?」

「…女学院です。姫路から、通ってます」

穏やかに答えたが、顔が引きつってないか不安になる。

「え...姫路なん?ていうことは、大学からやんね」

寛子はチャームポイントである大きな垂れ目をしかめそうになり、慌てて笑顔を作り直す。せっかく決まった、神戸嬢憧れのブランドでのアルバイトだ。ここでうまくやるには、圭子と仲良くやるのが得策だろう。

寛子だって、大学に入り自分が“部外者”だということには気づいていた。神戸女学院は私立女子校出身者が多く、自分のような公立出身者はそれだけで一線を引かれるのだ。

姫路の公立高校から入学した寛子がどれだけ可愛くても、生粋のお嬢様である圭子にとっては垢ぬけない田舎者に写るのだろう。

それは、小さな頃から容姿で得をしてきた寛子にとって、初めての経験だった。姫路にいた中学・高校時代は他校でも名の知れた存在であったし、この間のスナップ撮影でも、「寛子ちゃんが一番可愛い」と編集者に言われていた。

しかしだからこそ、寛子の出自は否が応でも目立ってしまう。神女で同じグループの他の3人は神戸で生まれ育ち、中高一貫の女子校出身である。実は彼女たちも、寛子のことを圭子と同じような目で見ていたのだろうか。

寛子がアルバイトすることになったこのアパレルブランドは、他と比べても群を抜いて人気がある。神戸で生まれ育った生粋の“神戸嬢”たちがこぞって働く、憧れの場所なのだ。

それゆえ、寛子のように神戸出身ではないアルバイトは珍しかった。もし由美子のプッシュがなければ、働けていないだろう。

“可愛い”だけでは通用しない、新しい世界の始まりだった。



初日を何とか終え、誰にも悟られないよう小さく溜息をつく。

―これから、どうなるんやろう?でも頑張らな……!

すると、背後から声をかけられた。

「なあなあ、寛子ちゃん、神女なんやろ?私、南女やねん。同い年やんね!」

早く帰ろうと急ぎ足だった寛子に話しかけてきたのは、亜由香だった。

―あれ、この子もどこかで見たことある……?

また何か言われるのではと、寛子は思わず身構えた。


亜由香の正体は……?


しかし亜由香は、サバサバとした口調でこう続けた。

「私も、今日でまだ出勤2回目やねん。まだ全然慣れへんわ……」

敵意丸出しだった圭子と違い、気さくに話しかけてくれた亜由香にほっとする。

亜由香の顔をどこかで見たことがあると思ったら、同じ雑誌の入学式スナップで甲南女子大学代表として1番大きく載っていたのが彼女だった。

―亜由香ちゃんのパパって開業医でな。高校生の時から雑誌に載ってて、めっちゃ有名やねん。

大学のキャンパス内にある、芦屋のブランジュリ「ビゴの店」で買ったパンを学食で頬張りながら4人で雑誌を広げていた時、亜由香が載るページを見つけた由美子が言っていたのだった。

亜由香が持っているバレンシアガのクラシックシティは、この間発売されたばかりの新色だろう。目鼻立ちのはっきりした華やかな亜由香に、マジェンダピンクがよく映えている。

―圭子さんとは仲良くなれそうにないけど、亜由香とやったら友達になれるかも…。

しかし寛子はその時思ったことを、のちのちになって後悔することになる。

…人の第一印象なんて、だいたい当てにならないものだ。



「最近どうなん?大学楽しい?寛子が雑誌に載ってるって、みんな噂してるで」

地元の駅に降り立つと、親友の美穂に偶然出くわした。




アルバイト初日、心身共に疲れきっていた寛子にとって、美穂の姿が見えたときは心から安堵した。

美穂は、高校の同級生で何より信頼を置く存在である。昔から聡明で成績優秀だった美穂は、高校卒業後は神戸大学に進学した。

大学ではテニスサークルに入ったようで、毎日新歓続きだときらきらとした笑顔で話す美穂の横顔を見ながら、寛子は今まで感じたことのない気持ちを抱いていることに気付いた。

―美穂、楽しそうやな……。

寛子は、大学生らしい、絵に描いたようなキャンパスライフを送る美穂に嫉妬していた。

気づけば、ついさっきまで美穂に会えたことを何よりも嬉しく思っていたはずなのに、今は一刻も早く帰りたい衝動に駆られている。

「そうやねん、来週も仲良しグループで撮影やねん。それでな、有名なアパレルブランドでバイトも決まって…毎日めっちゃ充実してるわぁ」

話したかったはずの今日の出来事を口にできず、つい強がりを言ってしまった。

―私のほうが、華やかで楽しい生活を送ってるはずやのに…。

そこまで考えて、寛子は、ふと立ち止まる。自分はなにか、決定的な間違いを犯しているのだろうか?と。

いや、ちがう。これはきっと、神戸嬢として“上”を目指す自分に課せられた、宿命なのだ。正しいか正しくないかなんて、きっと関係ない。

―次バイト行ったら、亜由香ちゃんともっと仲良くなろう。

寛子はそう決めて、早々と美穂に別れを告げて家路に着いた。

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女友達はただのお飾り?神戸嬢の仲良しグループカースト。