高学歴・高収入・男性に引けを取らない仕事への情熱。

都内の高級エリアに住み、欲しいものは何でも自分で買うことが出来、食事は本当に美味しいものしか食べたくない。

にゃんにゃんOLのように自分の生活を誰かに変えてもらおうと、必死で結婚相手を探す必要もない。

そんな無敵のような女に訪れた苦難。あなたは、どう感じるだろうか?

上司から突然、NYへの赴任辞令を言い渡された可奈子。夫・清とは、日本とNYの遠距離での別居婚となったが、毎日の電話は欠かさず、ふた月に一度はどちらかが会いに行く生活を続け、充実した結婚生活を送っていた。そうして妊娠疑惑なども経て、あっという間に2年が経ち、気がつけば異動の季節になっていた。




可奈子がマネジメントから告げられた内容は、今回の辞令で東京の本社に戻り、現在のヴァイスプレジデントからディレクターへ昇格するというものだった。

VPには最速で昇格していたため、そろそろかもしれないという気持ちがあったのは確かだった。

可奈子はいつも、昇格するたびに思うのだが、頑張りが認められるのは素直に嬉しい。

今まではそれだけを生きがいにして仕事に向き合っていたような気がする。だが今回は、心の底から喜べずにいた。

その理由は分かっている。

それは、一向に妊娠する気配がないからだ。

本当のところは、今すぐに子どもが欲しいのかもよく分からないのだが、常に心の隅にはもやもやした感情がうごめいている。

ーこの先もずっと出来ないのかも…

そんな不安な気持ちが、何をしていても常に心のどこかに存在しているのだ。

たしかに本気で妊活に打ちこんでいるワケではない。

だが、それでも…

そうやって、なんとなく妊活している風の生活を続けているうちに、月日だけがいたずらに過ぎてしまうのだった。


再び仕事漬けの日々へ


辞令を受けた数ヶ月後、可奈子は東京のオフィスにいた。

そして、新しいポジションでの仕事に日々ストレスを感じていた。




昇格するということは、責任も増えるということ。

可奈子が担当している企業が他社を使ってM&Aなどしようものなら、担当者は責任を追及されて袋叩きとなる。実際に、そうやってクビになっていく同僚を何人も目の当たりにしてきた。

新たなタイトルの書かれた名刺、初めて与えられた個室、頑張れば頑張るほどわかりやすいキラキラするものが与えられる。

だがその一方で、毎朝新聞を見るたびに、他社に抜かれていたらどうしよう?と胃がキリキリと痛んだ。

子供が出来ないから仕事に熱中してしまうのか、仕事のし過ぎで子供が出来ないのか、可奈子自身もよく分からなくなっていた。

仕事の責任は増したが、清とまた一緒に暮らすこと、そしていろんな友達が久しぶりに会おうと声をかけてくれることは、素直に嬉しい出来事だった。

大学時代の友人で、夫の仕事の都合で一時期NYに住んでいたことがあるユキは、可奈子がNYに転勤してから頻繁に連絡してきて、あれこれと生活に必要な情報を提供してくれた、ありがたい存在。そのユキからある日、ランチに誘われた。

可奈子は、日中はバタバタしているため、ゆっくりランチに行くことなど滅多にないが、子供のいるユキは夜や週末に家を空けるのは難しいのだろう。そう考えて、彼女のお誘いに快諾したのだった。



『子供にご飯食べさてから行くから、ちょっと遅れちゃうかもしれないけど、先にお店入ってて大丈夫だからね!』

約束の日の11時頃、ユキからそんな連絡が来た。

可奈子も立て込んでいたため丁度良いと思い、待ち合わせ時間を30分遅らそうか?と連絡したら、すぐさま『大丈夫!頑張る!』と返事が来た。

ー無理しなくていいのに。大丈夫かな…

ユキの心配をしながらバタバタと仕事のメールを送り、可奈子は急いで会社を出た。

向かったのは、ユキが予約してくれていたアマン東京の『アルヴァ』。

ー良かった、間に合った。

息を切らせて席に着いた可奈子だったが、ユキからは、『今、タクシー乗った!』とか『タクシー降りたよ!』とか実況中継だけは来るのだが、本人は一向に現れない。


アメリカナイズされた専業主婦の苦悩


結局、ユキは30分以上遅れて登場した。

「遅れてごめんねー。子供がなかなかご飯食べなくて。」

だから、30分後に集合するっていう選択肢はなかったわけ?と、血管が浮き出そうになりながらも、可奈子は気にしていない風の笑顔を作った。

「大丈夫だよ。大変そうだね。」

「ううん。うちはメイドさん雇ってるから、他の家と比べると随分楽なんだけどね。」

ユキの旦那さんは個人で事業をやっていると聞いていたが、ビジネスが上手くいっているのだろう。専業主婦の家庭でありながら、ミャンマー人のメイドを雇っているという。

「私は今まで完璧な主婦をやってきたんだけど、NYに住んでから、日本人特有の“女性は頑張らなきゃいけない”みたいな精神論にうんざりして、もう夕飯も自分で作るのやめたの。

それで今、フラワーアレンジメントの教室で先生として教えさせて貰ってるんだ。子供だけじゃなくて自分の世界もちゃんとある母親になりたいな、って思って。」

ユキはメイドさんがどんな事をしてくれるのかを、嬉々として話してくれた。

ユキの周りにいる、なんでも自分でこなしている主婦は愚痴ばかりで、そうなるくらいなら周りの助けを借りる方が平和なのだ、ということを熱弁している。

「家族の笑顔が増えたんだったら、結果的に良かったんじゃない?」

まだ子供を産んでいない可奈子は、素直にそう感じた。

絶対に口には出さないが、主婦の友達に会って、いかに子育てが大変かについて聞かされるのは疲れる。

可奈子のそんな気持ちを察したのか、ユキは急に可奈子に話を振った。

「それよりも、NYとの遠距離別居婚なんて大変だったでしょう?どの位旦那さんと会ってたの?」

「2ヵ月に一度は会ってたよ。週末にあわせてなるべく長く時間がとれるようにはしたけど、もうこの年だから結構疲れたな。」

可奈子が笑いながら言うと、ユキはそんな馬鹿なと言わんばかりの表情で言った。

「私が子供連れてNYから帰国する時なんて、もっと大変だったから!一人のフライトなんて大変に入らないよ!」

―何気なく返事しただけなのに、やっぱりこの展開なんだ…

その後のユキは、自分や周りの有閑主婦友達が子供をメイドに預けて、みんなで高級レストランでディナーしたり、クラブに行って楽しかった話など、いかに子育てをしながら自分の人生をエンジョイしているかについて、熱く語っていた。

自分が手にした生活を自慢したい気持ち。それに加えて、今の暮らしはママとして理想の姿であって、決して非難されるようなものでないこと。それを、NY帰りの可奈子なら理解してくれるだろうという期待。

そんな2つの思いが半分半分のように、可奈子には見えた。

何不自由ない生活をさせてくれる夫がいて、子供はメイドさんに預けて、趣味程度の仕事をする。

一見、充実しているようだったが、きっと日本ではその生活をしていることを周りから非難されることもあるのだろう。

楽しくても、非難されないように常に先制攻撃に出ないといけないのであれば、結局それは楽になったのか大変なのか、よくわからい。

可奈子は、ユキを見てそんな複雑な心境になるのだった。

「あっ、ごめん。私もう行かなきゃ」

ユキの話が途切れたタイミングで、可奈子は腕時計を見ながら席を立った。




ー忙しい時に30分も待たせるなんて。ほんとやってくれたわ…

オフィスビルに入りながら、可奈子は小さく呟いた。

ユキは、自分の生活を認めてもらおうと必死だった。その様子を思い出して、可奈子は思わずフッと笑ってしまった。

その後、我に返って気がついた。

―いつまでも自分のキャリアにしがみつく私は、はたから見たらもっと、自分の人生を守るのに必死な人なんだろうな…

なんとなく芽生えたこの感情。否定する言葉を探せば探すほど、迷路に迷い込むようにドツボにはまった。

そうしてユキと会ったこの日をきっかけに、可奈子はこの後、自分のキャリアで大きな決断をすることになるのだった。

▶︎Next:3月21日 水曜更新予定
キャリア女子がキャリアを諦めるとき。