板倉俊之さん

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芸人ならではのハンデ

 諸般の事情もあって、「インパルスの〜」というよりも「小説家の〜」という紹介も増えてきた板倉俊之さん(40)。1月は、『蟻地獄』が文庫化され、さらに先月には4作目となる書下ろしミステリー『月の炎』も刊行されたばかり。過去の作品は玄人筋からも高い評価を得ており、人気作家の道尾秀介さんも、その実力を認めているほどだ。

 知名度、話題性という点では並の新人作家よりもはるかに恵まれた状況にあることは間違いないのだろう。しかし、実はその点が悩みのタネでもあるし、ハンデに感じることもある、と本人は言う。どういうことか。

「最大の問題は、読者の方が僕の顔を想像してしまうところだと感じています。わりと芸能人の方が書く小説は、本人がモデルということも多いと思うのですが、僕の場合は純粋なフィクション、エンターテインメント。それでもどうしても主人公と僕を重ねてしまうところがあるようなんです。コントでいろいろな役柄を演じていることもあって、たいていの登場人物に重ねることができてしまうんですよ」

板倉俊之さん

 たしかに、ちょっと悪賢い不良という『蟻地獄』の主人公は、何となく著者と重なる部分があるようにも見える。さらに主人公の親友(大食いのデブという設定)もどこか相方を想起させるところがある。

「実際には、『蟻地獄』に出てくる親友は、相方ではなくて、僕の本当の親友をモデルにしているんです。でも、読む方はどうしてもあっちをイメージしてしまうかもしれない。そうなると、スッと作品に入れなくなるでしょう。そう考えると、フィクションを書くにあたっては、芸人やっていることはマイナスなんじゃないか、とも思えてしまうんです。かりに女性を主人公にして書いても、コントでそういう扮装もしてきましたからね。結局、女装した僕を想像してしまわれないかと心配で……」

(左)最新作『月の炎』 (右)文庫化された『蟻地獄』

印税は「おいしい」わけじゃない

 これ以外にも「芸人兼作家」ならではのストレスもあるという。

「印税のことで、楽屋などで『いいじゃん、おいしいじゃん』とか安易に言ってくるやつがいるわけです。でも1作書くのにどれだけ手間暇かけているか。なめたこと言っちゃいけないよ、と思いますよ。

 たとえば『蟻地獄』は、実際に数えたら2000時間かかっていました。印税の一部はヨシモトに行きますから、初版で手元に入った金額で時給換算したら453円。明らかにコンビニのほうが時給がいいんですよ。それでも漫画化されたりもしたから、その後“時給”は上りましたが、それでもキャバ嬢のほうが絶対ワリがいい。

 だから、本を書いたこともない奴が、というか何も書いたことがない奴に限って、『おいしいじゃん』とか言ってくると、カチンと来て、つい『お前はネタも書かねえじゃねえか』とか言い返してしまうんです。そういう時に陽気にヘラヘラ受け流せるやつのほうが、芸人としては売れやすいのかもしれないけど……でも、そうじゃないタイプが物を書くんだろうな、という気もしています」

 最新作『月の炎』も、いったん執筆を開始したものの一度中断し、再開してから書き上げるまでだけでも8カ月はかかった。構想から数えれば優に1年は超えているという。

「コントはアイディアを思いついて台本を書けば、あとは数日で舞台にかけることもできますが、小説はそうはいきません。『蟻地獄』のときは死にそうになりました。

 ただ、いずれにしても自分が作ったものが、作品として評価されたときはすごい快感で、きっとそれは麻薬に近いものなんでしょう。だから、さっきは時給換算とか言いましたが、実際にはたとえまったく売れなかったとしても、小説にかけた時間が無駄だと感じたことはないんですよね。

 いまも小説のアイディアのようなものは何本も頭の中にあります。もっとも、それはグーグルアースから見た地上みたいなものというか、遠目には綺麗でも、拡大していくとダメなところが見えてきたりするものなんです。アイディア段階では良いものに思えても、執筆をしてみると脳内の段階では見えなかったアラが見えてきたりする。だんだん執筆や取材を進めていくと、つまり近づいていくとアラが見えてきたりもする。それでボツにすることもある。そういうことをやっているので、どうしても時間はかかりますね」

 最後に、相方の事故は作家としてのキャリアの障害にはならなかったのかも聞いてみた。

「芸人としての仕事にはもちろん支障がありますよ。学園祭に呼んでくださった大学生さんなんかには、せっかく声をかけてくださったのに本当に申し訳ないなあと思っています。でも、小説への悪影響は全然感じないです。相方が事故ったから、あいつの本は絶対買わねえ、なんて人はまあいないでしょうからね」

 たしかに売れ行き、評価ともに『月の炎』は、事故の悪影響は受けていないようだ。よく練られた構成や得意のドンデン返し、さらに泣ける結末が、書店員やミステリ好きの間でも評判になっている。又吉直樹さんも、自身のツイッターで「板倉さんが書いたことを忘れて夢中で読んだ。めっちゃ面白かった。一緒に語りたいから読んで欲しい」と賛辞を送っている。

 芸人兼作家の「ハンデ」を超える日も近いのかもしれない。

デイリー新潮編集部

2018年3月13日 掲載