先週は日本発「準結晶の超伝導転移」の研究成果をご紹介しましたが、今週はさらに最新の物性物理の大きな成果をご紹介しましょう。

 カーボンナノフィルム分子「グラフェン」を「マジックアングル」で重ね合わせたところ、絶縁体―超伝導転移をコントロールできるようになったという最新研究成果(参照=https://www.nature.com/articles/nature26160)です。

 この原稿は3月8日に書きましたが、ペーパー自体3月5日に発表されたばかりのものです。

 米国ワシントンDCで国際会議に出席している東京大学物性研究所の吉田靖雄さんから「こちらでいま話題沸騰」と教えていただいた最先端の話題を取り上げてみたいと思います。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

グラフェンとは何か
カーボン・ナノ「シート」

 まず「グラフェン」とは何かから始めましょう。

 鉛筆などの原料である「グラファイト」が黒鉛を意味するのは広く知られた事実と思います。

 「グラフェン」もまたカーボンでできた物質で「カーボンナノチューブ」「フラーレン」などと同様、ナノテクノロジーの花形です。

 高校の化学では「ベンゼン」の構造式を習います。

 いわゆる「亀の子型」の六員環構造をなしており、この構造を思いついたケクレが、夢の中で3匹の蛇が互いの尻尾を噛みあって六角形の亀の子型になる夢を見て・・・といった逸話はよく知られているかと思います。

 「グラフェン」はこの亀の子が、延々と平面上に広がった形をしており、「ハニカム構造」(はにかみ王子ではなく「ハニーカム」蜂の巣状の6角形の連鎖ですが)をした炭素の平面状のシートです。

 太古の昔から知られる「グラファイト」は、この「グラフェン」のかけらが多数ランダムに重なり合ってものにほかなりません。

 21世紀に入ってこの物質が広く用いられるようになったのは、非常にユニークな経緯を通してでした。

 「スコッチテープ法」と言って、粘着テープでグラファイトのかけらを貼りつけては剥がすことで、単層のグラフェンを取り出すという、嘘のような本当の話を契機として、グラフェンが幅広く用いられるようになったのです。

 今日ではもっと洗練された合成法も多数工夫されていますが、こんなふうにして、6角形に炭素原子が結合して延々と平面状に伸びたナノ分子(ナノグラフェン)が活用されるようになりました。

 「スコッチテープ法」でブレークスルーを作りグラフェンの実用化に大きく貢献したアンドレ・ガイムとその元学生で共同研究者であるコンスタンチン・ノボセロフの2人は2010年のノーベル物理学賞を受賞しています。

 またガイムはこれに先立って2000年に「カエルの磁気浮上」という研究で冗談科学のイグノーベル賞も受賞しており、史上初めてノーベル賞とイグノーベル賞の双方を受賞した研究者になっています。

 世の中には血相を変えて「成果ゲバ」的にガンバル研究者が少なくありませんが、現実には余裕と笑顔のある研究生活から、豊かな発想と成果が得られるケースの方が多いような気がします。

 グラフェンは高い電気伝導度と、軽いのに驚くべき強さをもち、かつしなやかという驚くべき特徴を備えています。

 しばしば挙げられる例として、一層の炭素分子シートであるグラフェンフィルムのハンモックで重さ4キロのウサギを支えることができる、という試算もあります。

 グラフェンは地球上に存在するあらゆる物質の中で最も薄く、最も強くしなやかな導体シートを形成するもの、と言うことができます。

 こんな諸性質のすべて、スコッチテープのブレークスルーがなければ得られなかったわけです。

 ガイムたちは「セロテープ」の粘着力でノーベル物理学賞のメダルを剥がし取ってきたなどと言うと、まじめな読者からは怒られてしまうかもしれませんが・・・。

2層グラフェン系の超伝導転移
蜂の巣構造の重ね合わせ

 さて、米国のハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)のグループは、2枚のグラフェン試料を重ねることを考えました。

 ここでも、「セロテープ」ではないものの、粘着性のポリマ-が使用されました。研究グループはある種の糊と、絶縁体である窒化ホウ素の「スライドグラス」に貼りつけてグラフェン試料を複数作成します。

 次に2枚のグラフェン試料を、極めて正確に角度を変化させることができる支持台にマウントして原子間距離で重ね合わせ、2層のグラフェンからなる「可動超格子サンプル」を作りました。

 6角形のグラフェン試料を重ねるには様々な可能性が考えられます。極限的に高度なコントロール精度が必要ですが、ぴったり同じように重ねることも可能でしょう。

 ただしそれをきちんと制御するのは、話は炭素原子1個のスケールですから、大変に微細なコントロールであるのは間違いありません。

 また並行に置きながら、それらの間をずらすという、準結晶の話題で触れた並進のずれという可能性も考えられます。

 さらにここで、6角形を回転させて、微妙な角度をつけた相対位置に置くことも可能です。

 このように回転させていくと「モアレ(moire)」として知られる巨視的な干渉縞の変化が観測されることがあります。特定の角度では顕著な模様が現れたりする。

 ハーバードとMITのグループが利用したのがこの「モアレ」でした。

 すなわち、2枚のグラフェンシートをある角度の関係で相対的に置くと、興味深い電子状態を示すことを見出したのです。

 MITの公開しているモアレの動画(参照=http://news.mit.edu/sites/mit.edu.newsoffice/files/magic-angle_0.gif)をリンクしておきましょう。

 研究グループは、このように2層のグラフェンからなる「超格子」スーパーラティスを0度から3度まで回転させていくと、電気伝導の特性が変化し、では絶縁体の性質を示すことを見つけ出します。

 特定の角度の調整は非常に微妙なもので、0.2度ほどずれるただけでと特性は消えてしまうと報告されています。

 この絶縁状態を詳しく調べると、固体物理学者の間で「モット絶縁体」として知られる物質と似た現象が起きていることが分かりました。

 モット絶縁体というのは、元来は金属的な電子状態であるのに、電子間の斥力(電子自体はマイナスの電荷を帯びていますから、それら同士は互いに退け合うクーロン力が働きます)によって電気伝導が阻害されてしまう状態です。

 ネヴィル・モットはこうした電子系の研究で1977年度のノーベル物理学賞を得ています。

 このモット絶縁体は、わずかな不純物、例えば酸素原子をドープすることで超伝導性を示すことが知られています。

 ハーバードとMITのグループは、グラフェン超格子についても、これと似たような現象が観測されるのではないか、と考えました。

 研究グループは間違いなくいろいろな試行錯誤をしたのだと思いますが、最終的にはシンプルに超格子に小さな電極をつけて電圧をかけ、そこに電子を注入してみました。

 すると、いままで伝導がなかった方向に電流が流れることが観測され、かつ電圧効果・エネルギーの散逸がなくグラフェン超格子内で電気伝導が成立すること、つまり超伝導状態が成立していることを確認ししました。

 これが、極めて大まかながら今回の報告でした。

 つまり、グラフェン超格子はちょっとした角度と電圧の印加によって、絶縁体と超伝導状態の間をスイッチングする・・・。なかなか驚くべき報告です。

 このニュースは、さらに様々なことを多くの人に連想させるでしょう。

 いま2層のグラフェンの小さな試料で、絶縁体と超伝導のスイッチングができたとして、これはどの程度の面積まで大きくできるのか?

 あるいは2層と言っているけれど、3層以上になるとどうなのか?

 例えば6×10の23乗個程度のグラフェンの整った層(超巨大ナノ分子パイルとでも言うべきもの)を作ると、巨視的な超伝導素子が作れるのか?

 現状では低温でこれらは実現しているわけですが、高温でも成立するこうした現象やデバイスの応用が可能なのか?

 しばしば、新たな発見があると「ノーベル賞候補」といった表現がなされ、その候補たる指標として「論文の引用数」が挙げられ、もっと言えばそうした数字が一人歩きしたりするケースも見かけます。

 しかし、本質的な研究上の影響というのは、もっとシンプルに考えた方がよいと思います。

 グラフェン2枚の超格子をこのように扱うと絶縁体―超伝導転移のスイッチングが観測できるという現象が確認され雑誌に先週の月曜日に発表されると、「その先」を考えて全世界の研究者が、より大きな魚を目指して、追試を含む様々な研究を始めます。

 それは理論研究も実験研究もあるでしょう。その際に、必要な手順として元の論文が引用される、というのが本来の科学的な影響の広がり方にほかなりません。

 そのようにして、大きな貢献をサイエンスの世界全体に及ぼした成果の中から、結果的にいくつかが「ノーベル賞」を授与される、というものであって、そんなもの得ても得なくても、科学的に重要な貢献はそれとして判断されるべきものにほかなりません。

 今回の「グラフェン超格子の絶縁体超伝導転移」も、事実として追試されれば、明らかに有力なノーベル物理学賞候補になると思います。

 しかし、それが本当に価値を生むというのは、今後の研究の広がりと、収穫の大きさによって評価されるべきものと思います。

 デバイスなどとして一般の製品に応用されるのはまだまだ先のことですが、こうした最先端動向を、時差なく見つめ、評価しながら物事を考えていくのが、非常に重要な姿勢だと思うわけです。

筆者:伊東 乾