JR各社をまたぐ運賃「通算制度」はここが変だ
東海道・山陽新幹線と特急「しおかぜ」を乗り継いで新宿から松山へ行く場合、JR各社の運賃配分はどうなるのだろうか(左写真:tackune/PIXTA、右写真:tarousite / PIXTA)
異なる鉄道事業者どうしの路線を乗り継ぐ際、運賃や料金は「併算制」といって、接続駅でいったん打ち切り、新たに計算し直すケースが圧倒的に多い。
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一例を挙げると、横浜駅で接続する東京急行電鉄東横線と横浜高速鉄道みなとみらい21線(みなとみらい線)とは、ほぼ一体となって列車が運転されているにもかかわらず、運賃は併算制である。東横線の起点である渋谷駅とみなとみらい線の終点元町・中華街駅との間で乗車券を発券した際の大人の運賃は480円で、東横線の運賃270円にみなとみらい線の運賃210円を加えた金額が採用されている。
仮にみなとみらい線が東京急行電鉄の路線であったとしよう。渋谷―元町・中華街間は28.3kmあり、同社の規定では営業キロが26.0kmから30kmまでの区間の運賃は300円であるため、現行よりも180円安い。このように、運賃や料金を接続駅で打ち切らずにそのまま計算する「通算制」は利用者にとってはありがたい仕組みだ。
利用者にはいいが鉄道会社には…
残念ながら、鉄道事業者側から見れば通算制の導入にはやはり慎重な態度を取らざるをえない。国土交通省によると、2015年度に東京急行電鉄は1372億円、横浜高速鉄道は101億円の旅客運輸収入をそれぞれ上げていたなか、仮に運賃の通算制が採用されていたとしたら、大幅な減収となることは間違いないからだ。
ところで、JR旅客会社どうしを直通した場合、原則として運賃や料金は通算制で計算される。前身の国鉄時代の習わしを引き継いだと言えるが、実のところは国土交通省の告示「新会社がその事業を営むに際し当分の間配慮すべき事項に関する指針」に「当該旅客が乗車する全区間の距離を基礎として運賃及び料金を計算すること」と記されているからだ。
この告示には「当該旅客が乗車する全区間の距離に応じて運賃を逓減させること」ともあり、運賃や料金を通算制で算出するだけでなく、乗車する距離が長くなるにつれて金額の増え方を徐々に減らすようにとも定められた。
JR旅客会社どうしの運賃、料金の清算は1987年4月1日の国鉄の分割民営化の際に取り決められた「運賃・料金収入の区分及び清算に関する協定」に基づいて執り行われる。この協定により、原則として運賃は営業キロまたは運賃計算キロを、料金は営業キロをそれぞれ用いて、JR旅客会社別の乗車距離の比で分配する決まりだ。
ここでいう営業キロとは旅客が乗車する区間に対する駅間の距離と考えてよい。東海道、山陽、上越の各新幹線、東北新幹線東京―盛岡間、九州新幹線博多―新八代間は実際の線路の長さではなく並行する在来線の距離を使用する。なお、山陽新幹線の場合、国土交通省に届け出た新大阪―博多間のキロ程は644.0kmながら、国鉄時代からの慣例に従って営業キロは岩国―櫛ケ浜間でより距離の短い岩徳線経由を採用した622.3kmだ。
運賃計算キロとは幹線と地方交通線とを連続して乗車する場合に、地方交通線の営業キロを一定の比率で換算した距離を指す。岩徳線が地方交通線であるため、いま挙げた山陽新幹線新大阪―博多間の運賃計算キロは営業キロとは異なり、626.7kmである。
例外として、先ほど挙げた山陽、九州の両新幹線どうし、それから東北、北海道の両新幹線どうし、上越妙高駅をはさむ北陸新幹線を乗り継いだときの各種料金は、JR旅客会社が作成した配分額比によって分けられるという。具体的な比率は非公表ながら、協定に基づいて分配すると、九州、北海道の各新幹線分、北陸新幹線のうちJR西日本の分の料金収入が少なくなってしまうからだと思われる。
JRも本音は併算制がいい?
ところでJR旅客会社も本音では通算制でなく、併算制に変えたいらしい。なぜなら、国鉄の分割民営化後に開始された直通運転では併算制が採用されるケースが目立つからだ。たとえば、山陽新幹線と九州新幹線とを、あるいは東北新幹線と北海道新幹線とをそれぞれ乗り継ぐ場合、多少割り引かれてはいるものの、特急料金や特別車両料金といった各種料金は併算制である。
一方、北陸新幹線は通算制となっている。高崎―上越妙高間はJR東日本、上越妙高―金沢間はJR西日本がそれぞれ営業主体である北陸新幹線の場合、開業に当たって当初は上越妙高駅を境に各種料金は併算制とする予定であったという。しかし、「北陸新幹線は新幹線として一つ」という国土交通省の指導に基づき、通算制に変更されていまに至る。
旅客が複数の鉄道事業者を乗り継いだ際、運賃や料金が通算制であると旅客運輸収入を分配する作業が煩雑になってしまう。旅客運輸収入が減るうえ、清算に手間や費用を要するという点も、多くの鉄道事業者が通算制を導入しない理由の一つだ。
それでは、旅客の乗車区間に対するJR旅客会社各社の営業キロの比による運賃や料金の分配例を示そう。大人1人がJR東日本の新宿駅からJR四国の松山駅まで乗車したケースを想定し、新宿→東京はJR東日本中央線、東京→岡山は東海道、山陽新幹線の「のぞみ」、岡山→松山はJR西日本、JR四国の本四備讃線、JR四国予讃線の特急「しおかぜ」のそれぞれ普通車指定席を通常期に利用したと仮定する。
重要な情報として、乗車券、「のぞみ」の指定席特急券、「しおかぜ」指定席特急券は新宿駅で同時に購入し、「のぞみ」と「しおかぜ」とを同じ日に乗り継いだ例である点を付け加えておきたい。
なお、以下に紹介する分配例は協定の原則に基づき、一部は筆者の推測を交えて算出した。JR旅客会社間での例外的な取り決めが存在する場合は異なった結果となることをご了承いただきたい。
最短距離ではなく乗車区間で算出
●運賃
新宿駅から松山駅までの旅客の乗車区間の営業キロは957.6km。内訳はJR東日本が新宿→東京(中央線経由)の10.3km、JR東海が東京→新大阪(東海道新幹線経由)の556.2km、JR西日本が新大阪→児島(山陽新幹線、宇野線、本四備讃線経由)の208.1km、JR四国が児島→松山(本四備讃線、予讃線経由)の186.6kmだ。
JR旅客会社への分配率はJR東日本が1.1%、JR東海が57.7%、JR西日本が21.7%、JR四国が19.5%となる。
新宿駅から松山駅までの運賃は1万2250円である。このうち260円は、JR四国の区間における加算額だ。JR本州3社とJR四国をまたぐ際は、JR四国内で乗車する営業キロに応じた加算額が加わり、186.6kmの場合は260円となる。この260円までJR旅客会社各社の営業キロの比で分配しては加算額の意義が失われてしまうため、当然ながら260円は全額JR四国の収入となる。
残る1万1990円を先に挙げた分配率(JR東日本1.1%、JR東海57.7%、JR西日本21.7%、JR四国19.5%)に基づいて各社に振り分けてみよう。協定では1円未満の端数は切り捨てるとのことなので、JR東日本が130円、JR東海が6918円、JR西日本が2601円、JR四国が2338円となる。これを加えると1万1988円となって2円の行き場がなくなってしまうが、端数は発駅が所属するJR旅客会社に分配されると取り決められているので、この2円はJR東日本に分配され、同社の収入は133円となる。
さて、発行された乗車券には「新宿→松山」ではなく、「東京都区内→松山」と印字されているはずだ。東京都区内の範囲はJR東日本の旅客営業規則を参照していただくとして、要は利用者の多い大都市では運賃を計算する手間を省くため、実際の発駅が新宿駅であっても東京都区内の中心駅である東京駅を基準とした営業キロ、または運賃計算キロに基づいて計算された金額が採用される。
もし併算なら3980円高くなる
となると、仮に乗車券だけを発売した場合、旅客が実際に東京都区内のどの駅から乗車したかがわからず、旅客運輸収入の清算は不可能となってしまう。
JR旅客会社、そしてJR旅客会社の旅客運輸収入清算を請け負う鉄道情報システム(JRシステム)は、このような場合の計算方法を明らかにしていない。各社の社史、資料から推測すると、自動改札機などに記録されたデータに基づいて実際の乗車駅を特定した後、清算するという原則を立てているようだ。
とはいえ、旅客一人ひとりの乗車経路を求めていては清算の手間は膨大なものとなってしまう。そこで、過去のデータを用いて、東京都区内の各駅で東海道新幹線経由の乗車券を購入した旅客による東京都区内の乗車キロの平均値を求め、清算に活用しているそうだ。平均値は非公表であるうえ、頻繁に変更されているそうなので、ここでは実際の乗車経路で旅客運輸収入を分配したい。
以上から、新宿駅から松山駅までの1万2250円の運賃の分配額をまとめると、JR東日本が133円、JR東海が6918円、JR西日本が2601円、JR四国が2338円に加算運賃の260円を加えた2598円となる。
仮にJR旅客会社を乗り継いだ運賃が併算制であったとすると、運賃はJR東日本分が200円、JR東海分が8750円、JR西日本分が3670円、JR四国が3610円で、合計1万6230円だ。差額の3980円は旅客にとってはありがたく、JR旅客会社にとっては恨めしい限りかもしれない。
●指定席特急料金(東京→岡山)
東京駅から岡山駅までの旅客の乗車区間の営業キロは732.9km。内訳はJR東海が東京→新大阪の552.6km、JR西日本が新大阪→岡山の180.3kmだ。両社の分配率はJR東海が75.4%、JR西日本が24.6%となる。
いっぽう、この区間の指定席特急料金は6860円だ。1円未満を切り捨てて分配するとJR東海が5172円、JR西日本が1687円で合わせて6859円。残った1円は発駅の東京駅が所属するJR東海に分配されるから、JR東海に分配される金額は5173円である。
こちらも併算制であった場合の金額を試算してみよう。東京→新大阪は5700円、新大阪→岡山は3210円で、合計8910円。通算制との差額は2050円となる。JR西日本にとっては少々つらい仕打ちかもしれない。
新幹線乗り継ぎ割引のわな
●指定席特急券(岡山→松山)
岡山駅から松山駅までの旅客の乗車区間の営業キロは214.4km。内訳はJR西日本が岡山→児島の27.8km、JR四国が児島→松山の186.6kmだ。両社の分配率はJR西日本が13.0%、JR四国が87.0%となる。
指定席特急券は本来であれば2900円だ。ところが、新幹線から在来線の特急列車にその日のうちに乗り継ぐ場合で、両者の特急券を同時に購入したときに限って在来線の特急料金が半額になるという規則の適用を受けるため、1450円となる。
この1450円を分配するとJR西日本は188円、JR四国は1261円で、合わせて1449円。端数の1円は発駅の岡山駅が所属するJR西日本に分配されるので、JR西日本に分配される金額は189円だ。
さて、本来の指定席特急券は2900円であったのに乗継割引が適用された結果、1450円となっているので、JR四国にとっては面白いはずがない。割引制度が存在しなければ、JR四国への分配額は2523円となったはずであるからだ。
もともと乗り継ぎ割引とは、新幹線が開業したためにそれまで在来線の特急列車で直通できた区間が分断され、新幹線と在来線の特急列車とを合わせた特急料金が従来よりも割高になってしまうことに対する救済措置として国鉄時代に導入された制度だ。国鉄が分割民営化されたいまではJR四国のような悲劇が生まれてしまう。
そこで、割り引かれた在来線の特急料金分は、新幹線の営業主体であるJR旅客会社も含めて負担するという。
JRシステムによると、「乗継割引適用駅に関連する新幹線乗車区間に対する各旅客会社殿の営業キロ比等で負担額計算を行う」(創立30周年記念行事準備委員会編、『JRシステム30年のあゆみ』、鉄道情報システム、2017年、68ページ)だそうだが、少々わかりづらい。この記述の意味について同社に問い合わせたが、回答できないとのことであった。
筆者の解釈は次のとおりだ。まずは旅客が新幹線と在来線の特急列車とを乗り継いで乗車した営業キロに対する新幹線の乗車キロの比を求め、割り引かれた金額の負担割合を決める。次に旅客が乗車した新幹線に関連するJR旅客会社が複数存在する場合は、乗車した営業キロに応じてさらに分配するというものだ。
以上の方法で、割り引かれた1450円の各社の負担額を求めてみたい。旅客が新幹線と在来線の特急列車とを乗り継いで乗車した営業キロとは東京→松山の947.3km。うち新幹線の乗車キロは東京→岡山の732.9kmで、77.4%となる。
したがって、割り引かれた1450円のうち、1122円(77.4%、1円未満の端数は四捨五入)は東海道、山陽新幹線の営業主体であるJR東海とJR西日本とが負担するのであろう。先ほどの東京→岡山の分配率(JR東海75.4%、JR西日本24.6%)を用いると、1122円の負担額はJR東海が846円、JR西日本が276円だ。
特急「しおかぜ」の営業を行っている側は1122円を受け取ることとなるので、その分配額も求めてみよう。これも先に示した分配率(JR西日本13.0%、JR四国87.0%)からJR西日本は146円、JR四国は976円となる。この結果、「しおかぜ」の特急料金の収入はJR西日本が189円に146円を足して335円、JR四国は1261円に976円を足して2237円だ。
ただし、JR西日本は新たに276円を負担しなければならないので、全体としての分配額は差し引き130円の減少となる。
乗り継ぎだと大減収に…
いままで述べた新宿→松山の運賃と料金との分配額を表にまとめてみた。JR四国の収入は運賃が2598円、料金が2237円の計4835円と考えられる。今回の経路のうち、仮に旅客がJR四国内で完結する児島―松山間だけに乗車した場合の同社の収入は運賃3610円、料金2680円の計6290円であり、乗り継ぎだと実に1455円の減収となってしまう。
国鉄の分割民営化プランを作成した日本国有鉄道再建監理委員会(委員長は亀井正夫・住友電機工業会長)によると、「北海道、四国、九州の3島については、旅客流動の地域内完結度が95%〜99%とこれも極めて高い」(「国鉄改革に対する意見」、1985年7月より)とあるから、JR四国にとって大きな影響は生じていないのかもしれない。とはいえ、本四備讃線を介した岡山県と香川県との間だけでも2015年度の輸送人員は393万人(「平成27年度旅客地域流動調査」より)と、同年度のJR四国の輸送人員である4612万人に占める比率は8.5%に達する。
ご存じのように同社の経営状況は厳しく、2015年度に鉄道事業で109億円もの損失を計上した。損失を補填するために用いられる経営安定基金の運用益の多くを事実上税金で支援しているとなると、こと同社に関しては国鉄から引き継いだ通算制の運賃、料金がふさわしいのかどうかは何とも言えない。