-男に頼って、何が悪いの?-

「恋の大三角形」に登場したゆるふわOL・“シバユカ”は、慶大経済学部卒の学歴を有していながら、大手不動産会社の役員秘書に甘んじている。

実は彼女には、思い描く理想像を手に入れたいという、したたかな野心があるのだ。

“結婚ありき”の人生を描くシバユカはさっそく婚活に勤しむが、早々にお食事会は無意味だと悟る。

お食事会以外での出会いを求めるシバユカは港区タワマンホムパに参加。

そこで、パトロンの力でのし上がるTHE港区女子・マリナと出会い、カフェのオープニングレセプションに招待される。




マリナのお城


-ここ、か…。

原宿駅、竹下口から徒歩約10分。

“マリンカフェ”は、原宿と千駄ヶ谷のちょうど中間くらいの場所にあった。

人がやっとすれ違えるくらいの小さな入り口だが、お祝いの胡蝶蘭やバルーンやらが外にまで進出していてかなり目立つ。

店内はすでに人で溢れていて、一歩足を踏み入れると、中にいる女たちが次々と品定めをするような視線を送ってきた。

私は気づかぬフリで、今日の主役・マリナの姿を探す。

内装イメージは、ロンハーマンだろうか。

壁は白いペンキがあえてラフに塗られており、ナチュラルな木製のテーブルセットに、ブルーのソファ。

「かわいいーー♡」

甲高い声が飛び交う店の奥に目を遣ると、ビジュアル重視のカップケーキやパンケーキ、萌え断のサンドイッチなどがスレートプレートに並べられていた。

「シバユカ?来てくれたんだ!嬉しい!」

人混みの隙間から、私を見つけたマリナが手を振った。

彼女を包む真っ白なドレスは、胸元やスカート部分に刺繍やビジューが施され、まさに主役級の華やかさ。

以前より痩せた気がするのは、開店準備に忙しかったからだろうか。

店を1つ作り上げるのに相当なバイタリティが要ることは容易に想像できる。…たとえ、パトロンがいたとしても。

「おめでとう!おしゃれなお店、さすがね」

眩しい笑顔を見せるマリナに、私は用意してきた花束を差し出した。


原宿にカフェをオープンしたマリナ。彼女のパトロンは、一体どんな男?


パトロンからの提案


「…そうだ。シバユカ、ちょっとこっちに来て」

カフェオープンの苦労話を一通り聞き終えたとき、マリナが思い出したように私をいざなった。

「例の、ここの資金を出してくれてる人を紹介するわ。先に言うけど別に私、その人の愛人とかじゃないから(笑)

飲食系だったかな?で成功した人で、今は投資家なの。私以外にもいろんな事業に投資してて、だから…あ、いた。柚木さん!」

すべてを言い終えぬ間に、マリナはパトロンを見つけたようだ。

まだ30代だろうか。想像よりかなり若い男のもとに、マリナは駆け寄っていった。

-愛人じゃない、のか。

マリナの言葉に、私はホッとしていた。

彼女が嘘を言ったようには(少なくとも私には)見えなかったし、もしかするとパトロン=愛人関係、という発想は、実態をよく知らぬ者の安っぽい思考なのかもしれない。




「柚木さん、紹介させてください。こちら、お友達のシバユカちゃん。

少し前に出会ったばかりなんだけど、見ての通り可愛いしとても賢くて素敵な子なの。彼女も、これからお料理の仕事をしていきたいそうで。…ね?」

そう言って、マリナが私を振り返る。

柚木という男は「こんにちは」とだけ会釈したあと、黙って私を見つめている。

柚木は、想像していたようなギラギラした港区おじさんではなかった。年の割に落ち着いていて、温和な表情とは裏腹に、簡単に人を寄せ付けないオーラがある。

「は…い。今はOLなんですけど、結婚をして基盤ができたら自宅でお料理教室をしたり、フードスタイリングなんかの仕事をしていきたくて」

遠慮がちにそう答えると、柚木は表情一つ変えず「ふーん」と呟く。

その、人を見透かすような目に、私はマリナが以前「すごくやり手の人」と評していた言葉を思い出した。

「なんで、今じゃダメなの?」

「え…?」

柚木に問われ、私は戸惑う。

「なんで、結婚してからなの?今じゃなくて」

「それは…単純に、資金がないから」

答えながら、「それは違う」と自分にツッコミを入れる。

資金がないからなど、ただの言い訳に過ぎない。

資金など、やる気さえあればいくらだって作り出せるのだから。

事業計画書を書いて融資を受けたっていいし、国や市区町村に補助金申請をすることだってできる。流行りのクラウドファンディングを活用する手もあるだろう。

…しかし私は、敢えてそれを望まない。

もっと他に方法があることを、知っているからだ。

黙り込んでしまった私を、柚木はどこか面白そうに見つめる。

そしておもむろにポケットからカードケースを取り出すと、私に名刺を差し出しこう言ったのだ。

「シバユカちゃんだっけ?…見どころありそうだし、資金が必要なら相談に乗るよ。やる気があるなら、連絡して」


パトロン柚木から、まさかの資金援助提案。しかし甘い誘いには、必ず裏がある?


元彼の助言


-うまい寿司でも食おうぜ。

元彼・祐介に誘われ、私たちは中目黒の『鮨 尚充』で待ち合わせた。

祐介と会うのは、およそ3ヶ月ぶりだろうか。




「お前、最近梨奈に会った?あいつ、どんどん派手になるよなぁ」

つまみのまぐろを塩で味わいながら、祐介が思い出したように呟く。

祐介と梨奈は、同じ広告代理店に勤めている。もともと華やかで目立つ存在の梨奈だが、確かに最近は、私も彼女が纏う雰囲気に変化を感じていた。

「梨奈とは年末に…虎ノ門ヒルズのホムパに行ったけど」

気のおけない仲ゆえつい口を滑らせると、祐介に食いつかれてしまった。

「なにそれ(笑)詳しく教えて」

…まあ、特に隠すことでもない、か。

久しぶりに飲んだ熱燗でほろ酔いだったこともあり、私はホムパで見た光景を祐介に話した。

とんでもない部屋に住む、渡辺という男のこと。梨奈がその男にどうやら惹かれているらしいこと。IT起業家に群がるパセリ女たちのこと。

…そして、マリナのことも。

「それで、この間 “マリンカフェ”のレセプションに行ったの。そこで、彼女に資金を出してるっていう男の人を紹介されてね。

柚木さんっていうんだけど、私のこと見どころあるって言ってくれて。やる気があるなら、資金の相談に乗るって…」

他意なく喋る私を、祐介は途中で遮った。

「お前らしくないよ。やめとけ」

それが思いがけず強い言い方だったので、私は黙り込む。

「…らしくない、か。まあ、なんかわかる。私は、そんなタマじゃないって言いたいんでしょ」

あえて自虐的に言ったが、それは自分でもよくわかっていた。

他人の、しかもよく知らない男から資金援助を受ける。それには当然、代償が伴う。

“パトロン付の女”というレッテルは、確実に周囲の見る目を変えるだろう。

そんな代償を背負う必要も覚悟も、私にはない。

「いや、タマじゃないっていうか…お前、その柚木って奴の名刺、今持ってる?」

祐介に促され、私はカードケースに入れたままにしていた柚木の名刺を手渡す。すると彼は、スマホで何やら検索をし始めた。

「…あった。これだ」

しばしの沈黙の後、祐介は私にスマホ画面を覗かせる。

「ほら、ここ。これ、そのマリナって子のカフェのHPだけど、事業者名が“ワイズ・ストーム”ってなってるだろ。

….で、これが“ワイズ・ストーム”のページ。代表取締役にはもちろん、柚木って男の名前がある。

これ以上は詳しく調べないとわからないけど、俺の予想では“ワイズ・ストーム”の事業に、マリナって子は何の権限も持ってないと思うよ。

つまり、カフェがうまくいったところで柚木にすべて奪われても、彼女は何の文句も言えない」

-そういうことか…。

祐介の話を聞きながら、私は柚木の、どこか冷たい視線を思い出していた。

「…お前はさ、しっかりしてるように見えて世の中を知らないんだから。よくわからんおやじの資金援助なんか受けてないで、ちゃんとした人と地に足のついた結婚をした方がいい。それができる女なんだから。

人生長いんだし、料理の仕事始めるのはそれからだって全然遅くないだろ」

…祐介の言う通りだ。

階段を駆け上がるマリナを目の前にして、私は少し焦っていた。

早くOLを辞めて、料理の仕事がしたい。しかしそのために私が今やるべきことは、資金援助を受けることなんかじゃない。

私の夢を支えてくれる人との、結婚だ。

「その頃にはさ、俺もお前に仕事振ってやれるくらいになっとくよ」

ドヤ顏でウニの握りを頬張る祐介の優しさに、私はつい本音を漏らす。

「…私、なんで祐介と別れたんだっけ」

「それは、俺が聞きたい」

間髪入れず答えた祐介に、私はただ、笑っておいた。

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婚活を再始動するシバユカ。そして遂に、出会いが訪れる?