都内でも住みたい街の上位に、常にランクインする恵比寿。

仲間と肩肘張らず楽しめるお店がたくさんあり、便利で、何より賑やかな街である。

ベンチャー系IT企業に勤めるサトシ(28)も、恵比寿に魅了された男の一人。

顔ヨシ・運動神経ヨシ・性格ヨシで、学生時代から人気者だったサトシは、その社交性から遊ぶ仲間には事欠かない。

元グラドルの杏奈に一目ぼれしたサトシ。しかし杏奈は、学生時代は冴えなかったが、現在外銀勤めの龍太に心奪われていた。そんな中、龍太は龍太である葛藤を抱えており、サトシも悩んでいた。




-サトシ君、来週末は何してる?お天気も良さそうだし、ランチしよ♡


昼休みに携帯がブルルっと振動した途端、僕はLINEを確認した。

しかしそこに表示されていたのは、ここ何日もずっと連絡を待ちわびていた杏奈からではなく、梨香子からのものだった。

―どうして、好きな子からの連絡を待っているときに限って、興味のない子からの連絡が来るのだろうか...

恵比寿で梨香子と腕を組んでいるところを見られて以来、杏奈は素っ気なかった。LINEをしても反応が遅いし、返信があってもいつもより短文なのだ。

-週末、杏奈は龍太とデートしてるのかな...

考えたくもないが、そんな想像が胸をかすめ、僕は思わず頭を振った。

-どうせ暇でしょ?空けてといてね!


まだ返信もしないうちに、梨香子からもう一通のLINEが入る。

外からは暖かな春の日差しが差し込んでいるのに、僕の心は冷え冷えとしていた。


一方で、杏奈と龍太の関係は大きく動き始めていた...


こじらせ港区男子・龍太の本音とは


「杏奈には、サトシみたいな人の方がいい」

前回のデートで杏奈にそう言い放って以来、僕の心はヒリ付いていた。

心のどこかで、杏奈は自分のもとから去らないだろうという自信があった。しかしその一方で、いざ本当に失ってしまったら、その心の準備なんてまるでできていない自分にも気づいてしまったのだ。

「…この前龍ちゃんが言っていたことって、本心なの?」

一緒にいるときは、いつもとびっきりの笑顔を見せてくる杏奈だが、今日は妙に静かだった。

「え?何の話?」

『恵比寿 米ル』のカウンター席で日本酒を飲みながらわざとらしくとぼけて見せるものの、今日の杏奈に冗談は通じなさそうだ。




「こうやってデートして、もうすぐ3ヶ月以上経つけど...私たちの関係って、何なのかな」

そう切り出した杏奈の顔が見れず、思わず日本酒が注がれたお猪口に視線を落とす。

杏奈の言いたいことは、痛いほど分かっている。

たった一言、「好きだ、付き合おう」と言えば済む話だとは思うが、なぜか僕はその一言が言えないのだ。

「杏奈は、どうしたいの?」

そう。僕は…ずるい、ずるい男だ。こちらが“告白した”という事実を作りたくなかった。杏奈との関係をどうしたい、と言うよりも先に自らの保身に走ったのだ。

「そうやって、龍ちゃんはいつも人に決断を委ねるよね。もし仮に、私のこと本当に好きならば、ちゃんと好きって言ってくれる気がするの。龍ちゃんの気持ち、もう十分わかったよ」

まるで2人の関係を終わらせようとする杏奈の言葉に、僕は焦りを隠せなかった。

「は?別に嫌いとは言ってないし」

「龍ちゃん、もういいよ。別に誰が悪いわけでもないけれど。ちゃんと向き合える人と一緒にいた方が、お互い幸せになれると思うの」

こんな杏奈の表情を見るのは、初めてだ。

そして、そのときようやく気付いたのだ。無邪気な笑顔でずっと隣にいてくれていたのは、当たり前のことではなかったのだということに。

しかし杏奈の悲しげな表情を見てもなお、「行くな」とも言えない自分のちっぽけなプライドが心底嫌になり、拳をぎゅっと握りしめる。

「そっか、分かったよ」

そう言うのが、精一杯だった。

-もう、傷つきたくない。

杏奈が欲しいと、自ら望まなければ、言葉にしなければ傷つかないと思っていたのに―。


龍太の報われぬ思い。その一方で杏奈はサトシに・・?


一方のサトシは・・・?


「で、サトシ君はあの女のことが好きなの?」

結局、日中は仕事が入ってしまい、土曜日の夜に梨香子と会うことになってしまった。

場所は、恵比寿の『ikura』。梨香子お気に入りの店で、日程が決まってすぐ予約したようだ。




「たしかに、彼女は男が好きそうな要素満載だよねぇ〜。清楚系の可愛い顔に、元グラドル。それなのに、今はちゃんと働いているんでしょ?それはみんなイチコロだわ」

ビールをグビグビと飲む梨香子に、僕は“はぁ”とか、“うん”くらいの相槌を打つことしかできない。

「一応さ、僕が大好きな子なんだから、もう少し言葉を選んで...」

「そんな女々しいことを言っているから、いつまでも二番手なのよ。その龍太って人の方が、女性からしたらいいに決まってるし。だって、外銀でしょ?外銀かITだったら、皆外銀になびくわよ」

グサグサと、一語一句が胸に突き刺さる。

「そりゃ外銀の方が稼いでいるとは思うけど、IT野郎だって頑張っているわけだし、性格は俺らの方がいいし...」

必死に言い訳をすればするほど、虚しくなってきた。年収という圧倒的な“数値”で、負けているからだろうか。

「まぁ、性格がいいのは認めよう。ただ、外銀に入った時点で、いま東京にいる男は勝ち組なのよ」

あまりにもあけすけな梨香子に、悪い気はしなかった。

「梨香子ちゃんって、面白いね」

「そう?でも私、サトシ君好きだよ。その外銀野郎よりも、よっぽど男らしくて人間っぽい感じもするし」

ストレートに言われ、柄にもなく照れてしまう。慌てて、ビールを流し込むと変なところに入り、思わずむせてしまった。

ゴホゴホとしている僕を、梨香子はおかしそうに見て笑っている。

「ちょっと…。笑ってるだけってひどくない?」

こんなとき杏奈だったら、優しく背中をさすってくれるだろうな。そう思いかけた矢先、店員さんがさっと来て水を置いていってくれた。いつの間に頼んでいてくれたのだろうか。

-この子…いい子だな。

そのときちょうど、杏奈からの着信が入った。

「サトシ君、出なくていいの?携帯がブーブー鳴っているよ」

「...うん、大丈夫。後でかけ直すから」

梨香子と二人きりの席だったので、さすがにかけ直す訳にはいかなかった。そして梨香子がお手洗いに立った隙に、店の外へ出て杏奈にコールバックを試みた。

しかし、杏奈は電話に出ず、LINEも既読にはなるものの返信はなかった。

-どうしたんだろう。何かあったのかな...

「サトシ君、大丈夫?どうしたの、ぼーっとして」

杏奈のことを考えているのが、顔にも出ていたらしい。

「あ、いや、何でもない。ごめん、ちょっと考えごとしてて」

しかし結果として、この電話に出なかったことを大きく後悔することになったのは言うまでもない。

人生、全てタイミングだ。仕事も、恋愛も。

いつもは要領よくタイミングを逃さないはずの僕が、この電話の重要性になぜ嗅ぎつけなかったのだろうか。

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サトシと龍太の間で揺れ動く杏奈。杏奈が選ぶのは…?