金正恩氏が突然「米朝会談」に乗り気になった理由とは(写真:KCNA via ロイター)

長らく停留していた朝鮮半島の「平和列車」が突然発車し、専門家たちを唖然とさせている。運転手は北朝鮮の若きリーダー、金正恩氏、乗客を喜んで迎え入れる車掌は、韓国の文在寅大統領だ。

客車の先頭には、そわそわと落ち着かないドナルド・J・トランプ米大統領が見える。その2、3列後ろには、静かな笑みをたたえた習近平国家主席。そして客車の最後部の列には、明らかに不満気な安倍晋三首相が、座席のひじ掛けをしっかりとつかみながら座っている。

2つのハッキリとした事実

平和列車はどこへ向かうのだろうか? 誰も本当のところはわからない。列車は容易に脱線し得る。そして平和でなく、戦争へと導くかもしれない。しかし2つの事実だけはハッキリしている。1つは、これは北朝鮮が運転し、北朝鮮が方向を決めている列車であること。そしてもう1つは、現在のところ、専門家が賛成か反対かにかかわらず、ほかの選択肢はないということだ。

どちらに関しても日本政府は深く懸念しており、その現実をまだ十分には受け入れていない。安倍首相は、客車の先頭に移動してトランプ大統領の隣に座り、おそらくは列車の方向を変えるために最大限の努力をすることだろう。しかしそれは成功しそうにない。

米国は自分たちが列車の主導権を握っていると信じているが、これは朝鮮問題だ。その現実は、韓国の官僚たちが米国大統領の決定を報告すべくホワイトハウスの前で記者会見を行ったことでも明らかだ。

この瞬間へと導く道は、2017年7月6日にベルリンで始まった。そこで文大統領が重要な演説を行い、平和交渉の再開を呼びかけ、やがては朝鮮再統一へと導く連携に向けての入念な計画を提示したのだ。

「以前から私は、韓国が運転席に座り、近隣諸国と連携して、朝鮮半島問題をリードしなければならないと主張してきた」と文大統領は述べた。そして、トランプ大統領と金氏が侮辱や脅迫をしあう中、朝鮮半島における戦争の話が拡大していると言及した。

文大統領は、制裁措置や圧力政策を支持した。しかし彼はまた、韓国政府は行き詰まりを打破したい考えであることも明確にした。文大統領の演説は、西側諸国ではあまり広く報道されなかったが、かつて2つの進歩的政権が支持した南北関係における「太陽政策」をうたうものだった(文大統領は盧武鉉元大統領の秘書室長を務めていた)。

韓国の進歩的な政治家たちは、ジョージ・W・ブッシュ政権が強硬な態度をとり、2008年に韓国で政権をとった保守政権が協調構造を解体する決定さえしなければ、太陽政策が機能して北朝鮮を変えていただろうと深く信じている。彼らからすると、制裁措置や圧力は長期的にはほぼ機能せず、せいぜい限られた効果しか得られない。

「電撃発表」への道のり

進歩主義者たちは、太陽政策で再びドアを開きたいと文大統領の下、政権を奪取した。「今、われわれは北朝鮮とともにその決定を任された」と文大統領はベルリンで語った。しかし、この半年間、北朝鮮政府は何の興味も示さなかった。代わりに彼らは、核兵器やミサイル発射システムの実験ペースを加速した。戦争の話は太平洋を挟む両サイドでエスカレートし、経済制裁は厳しくなっていった。

しかし、変化の兆しは新年恒例の金正恩氏の演説に見えた。金氏は、米国本土まで届く核兵器の実験を成功させたことと、「銃(軍事)」と「バター(経済)」を追い求める北朝鮮の2重路線「並進政策」のうちの、経済面により力を注ぐ準備ができたことを宣言した。さらに驚くことに、彼は注意を韓国に向け、冬季オリンピックを支持し、文大統領との対話を申し出たのだ。

南北が協調するオリンピックの成功がそれに続き、2007年以来になる3度目の南北首脳会談の開催が合意された。韓国は、過去2回の南北首脳会談でまとめ役を務めた国家安保室長率いる特使団を平壌へ派遣したが、それが、先週のワシントンでの「電撃発表」へと即座につながったのだ。

「物事は期待どおりの方向へ動いているが、その速度は期待を超えている」とソウル在住の北朝鮮問題に詳しいアナリストのアンドレイ・ランコフ氏は話す。同氏は冷戦時代に北朝鮮で長く過ごした経歴を持つ。

最初に動きをとったのは金氏のほうだとランコフ氏は見る。金氏は今、小さな譲歩を提供する立ち位置にあり、核開発計画に影響を及ぼすことなく実験の凍結を申し出ることさえ可能だ。北朝鮮は、トランプ大統領が繰り広げる戦争話に慌てているのであり、経済的な締めつけの影響はそれほどでもないとランコフ氏は見る。

「制裁措置も軍事的な脅しもどちらも現実ととらえられてはいるが、これまでのところ、制裁措置には顕著な効果はない」とランコフ氏は語る。平壌を最近訪問した人々の証言によれば、穀物価格や交換レートは安定しているという。

「制裁措置がなんらかの効果をもたらすまでには、その効果がどれだけ深刻なものとなるかは定かではないものの、時間の問題がある。よって北朝鮮の差し当たりの目的は、攻撃を受けないことであり、その次の目的が制裁措置の影響を緩和させることであると私はみている」

文政権は、2番目の目的に貢献したがっているが、それは朝鮮半島の一般市民の命に大して関心を払っていない可能性があるトランプ大統領に対する恐怖を共有していることも大きな動機となっている。

「戦争トーク」が北朝鮮を震え上がらせた

「トランプ大統領は戦争トークで北朝鮮を縮みあがらせた」と元ソウル駐在米国上級外交官は言う。文政権は、北朝鮮に経済制裁の緩和を提供する用意があるが、一方で、戦略的理由のみならず内政的理由からも、それを実現させるには核兵器問題で何らかの動きが必要になることもわかっている。

国家安保室長の鄭義溶氏や国家情報院長の徐勲氏率いる韓国特命使節団と金氏との、通常ではあり得ない平壌での会合で、韓国は、米国政府に対する何らかのきっかけなしには南北首脳会談まで進展させることはできないことを明確にした。韓国使節団の説明によれば、鄭氏がこれを説明し始めたばかりのところで、金氏が彼を遮った。「それは理解できる。あなたがたの問題はわかっている」と言ったという。

金氏は包括提案を示してきた。板門店の軍事境界線の韓国側で4月に南北首脳会談を開くこと、米韓合同軍事演習計画への反対を撤回すること、そして話し合いを進める間、北朝鮮のミサイルと核兵器の実験を凍結すること。

さらに提案はもう1つあり、鄭氏はそれをホワイトハウスへ伝達した。トランプ大統領と会談し、「朝鮮半島の非核化」について話し合おうというものだ。どちらの国も核保有国であるという前提で交渉する北朝鮮の辞書ではおなじみの言葉だ。

ある米国官僚によれば、まだ裏付けはとっていないものの、金氏はその会合のためにワシントンへ出向くと申し出たという。これは前代未聞というわけではなく、ある意味北朝鮮政府にとって非常に魅力のある話だと言える。

「金正恩氏がワシントンに出向くことは、北朝鮮の利害的見地からみれば問題とはならない」と元国務省官僚の北朝鮮に詳しいデイビッド・ストラウブ氏は話す。「これは彼らにとって、(米国から)平等な扱いを受けるという意味でもある」。

トランプ大統領がすぐさまこの申し出を受け入れたのは、側近たちを驚かせたというが、開催地が米国であるという部分にトランプ大統領は反応したのだろう。いずれにせよ、これは韓国特命使節団にとっても驚きであった。彼らは、ホワイトハウスの前庭で声明を発表する許可を得るために、夜中に文大統領を起こさなければならなかった。彼らがこれから長い協議や交渉に入る程度にしか考えていなかったとしても不思議ではない。

北朝鮮政府は何カ月も準備をしていた

しかし北朝鮮政府は、おそらくそれほど驚かなかっただろう。「北朝鮮は、この動きを何カ月もかけて準備してきた」と米国インテリジェンス・コミュニティで北朝鮮に詳しいあるアナリストは語る。

「北朝鮮政府は、米国政府の出来事を詳細に観察しており、トランプ大統領が必死になって大きな勝利を求めてくるだろうと読んでいた。どちらの側も自分たちの大勝利と考えながらこの会談に臨むことができる。金氏は『並進路線』が成功したと、トランプ大統領は最大の圧力が機能したと主張できる」

史上初となる米朝首脳会談をどこで開催するのか、もしくは実際に開催されるのかさえ、まだ見守る必要がある。しかし南北両政府の見地からすれば、すでに彼らの直近の目的は達成した。それは南北首脳会談への障害を取り除くことで、まずはその会談が間近に迫っている。

そして北朝鮮への経済封鎖を解く効果的な段階的緩和についての同意にも道を開く。これにより、制裁措置の抜け穴が拡大するのは避けられないだろう。おそらく観光事業や人道援助から始まり、北の開城工業地区の再開にまで拡大するかも知れない。

米国は今、平和列車をコントロールしているのは自分だと錯覚しているかも知れない。しかしそうではないのだ。米国にとって主導権を取り戻す明確な方法は、戦争への脅迫に立ち返ることだ。

実際、トランプ政権の周辺にはそうしたがっている者たちもいる。そうすれば、中断したところに戻ることになるが、それは米国政府と韓国との同盟関係に開く大きな亀裂を伴う。おそらく安倍首相はそれを見てまた満足することだろう。しかし長期的には、それはより危険な可能性が高い。