-保険プランニング-

そのとき、人間の本性が自ずと露わとなる。

その人に適した保険を設計するには、人生計画、金銭事情、価値観、そして家族や異性関係についても…様々なヒアリングを重ねる必要があるからだ。

三上保(みかみ・たもつ/30歳)は、外資系保険会社の保険プランナー。

表からは知る由もない男女の内情を目撃するたび「結婚は最大のリスクである」と考えを拗らせていく保だが、運命の出会いは突然やってくる。

どストライクな小悪魔美女・美里に心奪われる保。しかし、彼女は貯金0円の浪費女だった!?




元同期の結婚


日曜日の、豊洲。

このエリアほど、アラサー独身男が似合わぬ場所もないだろう。

そびえ立つタワマン、子どもたちの姿、ショッピングモール。

その圧倒的ファミリー感にどうしようもなく疎外感を覚えながら、保は足早にアポイント先へと向かった。

「おお三上、久しぶり!」

ディフューザーが香る玄関で迎えてくれたのは、1年半前に退職したメガバンクの同期・相沢だ。

一橋大学卒の相沢は非常に優秀な男だが、女性関係には疎い。

記憶を遡っても、同期の間で彼の浮いた噂を聞いた覚えがなかった。

そのため先日久しぶりに相沢から電話があって「結婚した」と聞かされた時には、驚きとともに微かな焦りを感じた。まさか自分より先に、相沢が所帯を持つとは。

「そうだ紹介するよ。こちらが妻…の、希(のぞみ)」

部屋の奥から現れた小柄な若い女性を、彼はまるで壊れものを扱うがごとく丁重に呼び寄せた。

「妻の」と言う時に少し照れをにじませた相沢の表情から、彼女を心の底から愛していることが伝わってくる。

「初めまして。今日はありがとうございます」

相沢の妻・希の声は、その白い肌同様、透き通るように響いた。

「どうぞ、奥へ」

淡いブルーのワンピースを翻し、光が差し込むリビングへと保を導く彼女の姿は、さながら天使のようだった。


清純で美しい相沢の妻・希。しかしこの後、思いもよらぬ秘密が明らかとなる


清純な(はずの)妻


「それにしても相沢、いつの間にこんな綺麗な人と…。どこで出会ったんだよ?」

保の問いかけに、相沢はわかりやすく頬を緩め、左隣に座る妻を振り返った。

数秒、微笑み合うふたり。

眩しすぎる光景から視力を守るため保が目を細めていると、希が思いがけぬ言葉を口にした。

「実は…マッチングアプリなんです」

「え、そうなの!?」

意外な答えに保が目を丸くしていると、相沢が言い訳をするように続けた。

「三上と違って俺はあまり社交性がないし、お食事会とかも苦手でさ。だけどずっと独り身も寂しいし、思い切って登録してみたんだよ。そしたら…希がメッセージをくれて。

ふたりとも同じゲームが好きで、すぐに意気投合しちゃって!

彼女、実は秋田に住んでたんだ。遠距離が淋しくて、3度目のデートでプロポーズしたよ。

こんな無垢で清純な女性、東京じゃ絶滅危惧種だよなぁ。アプリに感謝しかないよ」

出会いはマッチングアプリ。結婚するまで、秋田住まい。

無垢で、清純。自分をそう評する夫の隣で、希は静かに微笑んでいる。

その瞳に、保は微かに“計算”の色を見た気がした…が、幸せいっぱいのふたりを前に邪推するなんぞ、無粋というものだ。

「それはなんて言うか…運命的だね」

保はどうにか適切な言葉を見つけた自分を自分で褒め、話題を保険プランニングに切り替えることに決めた。




「…最近は、保険会社も各社いろいろ趣向を凝らしててさ。顧客の健康増進を目的に、健康診断書を提出したり、タバコを吸わない人やたくさん歩く人には、保険料を安くしたりキャッシュバックするプランを用意してたりするんだ」

保の会社でも、非喫煙者だけが契約できる保険があり、保険料が割安に設定されている。

確か相沢は、タバコを吸わなかったはずだ。酒もほとんど飲めなかったと記憶している。

用意してきた資料を手渡すと相沢は興味深そうに眺め、「いいね」と頷いた。

「俺も希も、酒もタバコもやらないもんな」

相沢の隣で希は、穏やかな微笑を継続している。

「あと、今入っている積立保険の見直しもお願いしたいんだよね。近いうちに子どもも考えているから、手厚くしておきたくて。

…あ、証券を見せた方がいいかな?今、取ってくる」

相沢はそう言うとおもむろに席を立ち、寝室の方へと歩いていった。

足音が消え、リビングの扉が閉まる音がした、その時だった。

「あの…三上さん」

希が身を乗り出し、保にも自分に近づくよう目で合図をする。

…そうして彼女が続けた言葉に、保は戦慄させられることとなるのだった。

「さっきの保険...タバコを吸わない人だけが入れるっていう。あれ、勧めないでもらえるかしら」

「…え?」

即座に意図を汲み取れず保が戸惑っていると、希は相沢がまだ戻ってこないことを確認してから…再び口を開いた。

「夫には言わないで欲しいんですけど…私、お酒も飲むしタバコも吸うんです。

あと...妊娠しちゃうと困ると思って、20歳頃からずっとピル飲んでて。これも先にお伝えしておきますね」


知らぬは夫だけ…巧妙に隠された妻の秘密。女性不信を募らせる保に、再びあの彼女から連絡が!


「それじゃあ、次回までに最適なプランを考えてきます」

必要なヒアリングを一通り終えたので、保は希が淹れてくれた高そうな紅茶を飲み干し、席を立った。

「頼もしいよ」と目尻を下げる相沢に、保も深く頷いて答える。

ふと視線を送ると…希は相変わらず、穏やかな微笑を浮かべたままだ。

…先の会話など、まるで何もなかったかのように。

透明感のある美しい容姿。口数少なく、控えめな印象。

そういったものの陰に、彼女の素顔は巧妙に隠されている。

保が保険プランナーでさえなかったら、彼女の秘密を知ることなどなかっただろう。

希の相手がもし自分だったとしても、相沢と同じく完璧に騙されていたに決まっている。…男が女の嘘を見破るなど、到底不可能なのだ。

相沢家を後にし、マンションのエントランスを出る。

近くに幼稚園があるのだろうか。小さな子どもたちがはしゃぐ声が、少しずつ春めいてきた風に乗って耳に届いた。

相沢は、心底愛している妻の、真実を知らない。

そう考えると、薄ら寒い思いがした。

しかしだからといって、保が口を挟む問題ではなかろう。

知らぬが仏。彼が知らないままで幸せなら、それでいい。

保は自分を納得させるように、心でそう繰り返した。




湧き出る使命感


-やっぱり結婚は、リスキーだな。

改めて痛感する保を現実に連れ戻したのは、一本の電話だった。

-原井美里。

画面に表示されたその名前に、仕事とはいえ無意識に心が踊ってしまう。

「もしもし、三上です」

「原井です。ご連絡いただいていた“ファクトインタビュー”、でしたっけ?来週土曜に時間が取れそうです」

耳に心地よい、相変わらず可愛らしい美里の声。

それは、つい先ほど垣間見てしまった闇を消し去っていくように響いた。

「そうですか!良かった」

“ファクトインタビュー”とは、ファーストコンタクトのあと、保険設計に入る前に、契約者の人となりをよく知るための追加面談である。

正直なところ、原井美里の少額契約が成約したところで、保にとってほぼ利益にならない。したがって “ファクトインタビュー”などすっ飛ばしてしまうこともできたのだが…。

貯金0円。浪費癖あり。

保にしてみればとんでもなくリスキーで、考えなしにも程がある人生だが…しかし原井美里は大して気にもしていないようだった。

ただ漠然と「そろそろ保険くらい入っとこうかなぁ」的なノリでコールセンターに問い合わせただけ。そんな温度感だった。

「ご自宅、恵比寿でしたよね。土曜午後1時に、ウェスティンのラウンジでいかがですか?」

「はい、大丈夫です♡」

-これも、何かの縁だ。

利益にならなくとも、少額契約だろうと。

自分が担当することで、彼女の私生活を少しでも立て直してあげることができるなら…それこそ、プランナー冥利に尽きるというものだ。

保はどういうわけか(いや、単純に好みだからなのだが)沸々と湧いてくる熱い使命感に燃えながら、Googleカレンダーに予定を登録するのだった。

▶NEXT:3月19日 月曜更新予定
“ファクトインタビュー”で、浪費女・原井美里の素性が明らかとなる…!