高学歴、高収入、容姿端麗。誰もが羨むハイスペにも関わらず、その実態は信じられないほど地味だ。

趣味はNetflix、たまに港区おじさん・水野と出かけるのは庶民的な餃子屋。

何事も「楽に、効率的に」が大原則のゆとり世代・瑞希だが、水野に半ば巻き込まれるような形で、プロボノ活動に参加することになってしまう。

仕事と割り切り適度に取り組んできたつもりだったが、それを指摘されてしまい…




休日返上でやってきた、田舎町


―ふぅ、間に合った。

念のため、瑞希はバス停の時刻表と目的地をもう一度確認する。

日中でも1時間に1、2本しか通らないバスを乗り過ごすと、この田舎では致命的だ。

駅に向かう最終バスの定刻まで、10分はある。

田んぼの傍に申し訳程度に置かれたベンチに腰掛け、瑞希は先ほど聞いてきた話を思い返した。

休日を返上しても、はるばる来てよかった、と思える訪問だった。

―あとはここからどうするか、ね。

手帳にびっしりと書き込まれたメモを見返しながら思考を巡らす。

3月も半ばに差し掛かり春めいてきたとは言え、辺りが暗くなってくると外は少し肌寒い。

―早く帰って、今日のところはゆっくり休みたい。…願わくば、『タイガー餃子軒』のラストオーダーに滑り込みたい。

そんなことを考えていると、小さなコミュニティバスが砂利をはね散らしながら反対方向へ走り去っていった。



―…遅くない!?

腕時計を確認すると、バス停に記された時刻を既に15分は過ぎている。

日は完全に沈み、肌寒いを通り越して瑞希の指先は凍え始めていた。

流石に何かがおかしいと、再びバス停の表示を確認しに立ち上がった、その時。

瑞希は、あることにふと思い当たる。

―…もしかして・・・!?

辺りを見渡し、瑞希は絶望的なミスに気がつく。

この道には、片側にしかバス停が無いのだ。

つまり、反対向きだと安心して先ほどのんびり見送ったバスこそが、瑞希が乗るべき最終バスなのだった。


瑞希は東京を離れ何をしていたのか?そしてその頃水野は…



40代バツイチ男の、孤独な休日


―…♪

「夕焼け小焼け」のメロディーが、窓から微かに流れ込んできた。

毎日夕方17時になると流れてくるこの音が、水野はどうしても好きになれない。

港区の防災無線機器の動作確認も兼ねているとのことだったが、何もこんな寂しい曲にしなくても、と思うのは自分だけだろうか。

何か違う音でかき消そうと、Netflixの音楽番組を再生する。

スタンド型のスピーカーから流れ出た懐かしいメロディーに、水野は一瞬目を閉じた。

Simon & Garfunkelの"Bridge Over Troubled Water"は、ヘッジファンドに移りたての頃先輩の自宅に呼ばれた時にかかっていた曲だ。

ピアノの響きに絡み合う深く柔らかなメロディーが、”金の亡者”を体現したような先輩のイメージと違って、少し意外に思ったのを思い出す。



バツイチのひとり暮らし、日中は不動産屋とプライベートバンクの営業を相手するくらいしかやることがない。

特に用事が無ければ、ひとりだだっ広い部屋でNetflixか音楽鑑賞をして過ごす。

当時の先輩と今の自分が余りにも同じ境遇なことに思い当たり、水野は苦笑いした。

なんならこの部屋のオーディオシステムも、先輩の家で聴いた、同じLINNのものだ。

このスピーカーだけで車が買える値段だとは当時知る由も無かったが、確かにこの響きは他の何物にも代えがたい。

時計、車、そしてオーディオ。

金を稼ぎ尽くした男は、結局この3つに行きつくのだなと、水野は自嘲気味に思う。




6年前に前妻と別れて以来、何軒か引っ越してみたが、今の広尾の家が一番しっくり来ている。

130平米程度の広さに、寝室・書斎が1部屋ずつ、そして広めのリビングダイニング。

都心で100平米を超える物件は大抵、3人以上の家族向きの間取りになってしまうため、理想通りの物件を探し当てるのは難しかった。

東京は、中年男の一人暮らしに優しくない。

ようやく見つけたこの物件は、広さ・間取りはもちろん、近隣の環境も申し分無い。

防音がしっかりしており、音量を気にせず好きなだけ音楽をかけられるのも気に入っている。

―…たまにはジムでも行って泳ぐか。

再生していた音楽番組も曲が一周し、水野はぼんやりと漂っていた意識を引き戻した。

『タイガー餃子軒』の餃子とビールが土曜夜の定番になるにつれ、若干身体が重くなってきた気もする。

長身の割に小食な水野は今のところ筋肉質な体型を維持しているが、40も過ぎた今、油断は禁物だ。

ソファから腰を上げたその時、センターテーブルに置かれた携帯がブルブルと着信を告げた。


港区おじさん・水野の平和な土曜の夜は、一本の電話によってぶち壊される


「…もしもし、急にすみません。今大丈夫ですか?」

着信は、瑞希からのものだった。

「僕が暇なの知ってるでしょ。何、今日は餃子行かないの?」

「そうなんです、餃子行けないんです…っていうか実は餃子どころじゃないことになっちゃって」

電話越しにも、彼女の声が困り切っていることが伝わってくる。

「今、群馬なんですけど…駅までの終バス乗り過ごしちゃいまして…」

「え、終バス?なんでまたそんなド田舎に居るの?」

聞き返して、ふとある考えが頭をよぎる。

「…もしかして、『放課後わんぱく会』見に群馬まで行ってた?」

「いや、餃子のついでですよ!?たまにはタイガー餃子以外の餃子も食べてみようかなって…」

餃子は群馬じゃなくて栃木だから、という言葉が喉元まで出かかったが、今ここでその話をしても仕方あるまい。

水野は短く溜息を吐き腕時計を確認した。

「…分かった、迎えに行くから、とりあえず今居るところの住所送って」




一旦電話を切り、マンションの立体駐車場へ車庫出しの予約電話をかける。

ゴルフ以外で車を出すのはいつぶりだろうか。

テレビを消し、忘れ物は無いかとリビングを一度見渡す。

ハウスクリーニングで丁度整えられたばかりの部屋は、がらんとして生活感が感じられない。

一人暮らしに戻って随分経つが、今だに自分の生活の味気無さには呆れる。

ふと、先週の『タイガー餃子軒』で小原の言葉にうつむく瑞希の顔が思い出された。

いつも餃子を食べている時には見たことの無い、少し悔しそうで寂しそうな顔。

―…たまには人に振り回されるのも、悪くないか。

薄手のダウンベストに袖を通すと、水野は玄関へ向かった。

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瑞希が群馬を訪れたワケ。水野との関係はどうなる...?