演技構成点ではザギトワを上回ったメドベデワだが、惜しくも銀メダルに終わった

 最強と目されていたフィギュアスケート世界女王のエフゲニア・メドベデワは、初めて出場した五輪で金メダルを獲ることができなかった。

 メドベデワ本人も納得のいく滑りを披露し、ミスらしいミスもなく、すばらしい演技力を発揮した。それでも勝利の女神はロシア女子のエースに微笑まなかった。勝者は3歳年下の同門の妹分であるアリーナ・ザギトワ。勝負の非情さをまざまざと見せつけられたと言っていいだろう。

 しかし、メドベデワは胸を張って堂々と振り返った。

「ここ、平昌五輪に来るためにどれだけ練習したことか。自分のすべてを氷上で出すことができました。何も後悔していないし、できることはすべてやり切りました」

 2015〜16シーズンにシニアデビューしたメドベデワは、シニア初参戦となったグランプリシリーズ(GP)の初戦、スケートアメリカで華々しい優勝を飾り、2戦目のロシア杯では準優勝だった。そしてこのロシア杯で敗れた以後は、平昌五輪シーズンである今季前半戦のGP2大会まで負けなし。国際スケート連盟(ISU)主催の主要3大会である世界選手権、GPファイナル、欧州選手権ではいずれも2連覇を果たした。

 しかし、この2シーズン、常に第一線で女子フィギュア界をけん引してきたメドベデワだったが、平昌五輪を前に、右足中足骨の骨折のために戦列を離れざるをえなくなった。GPファイナルを欠場したことで、採点競技特有の一種の”序列トップ”の座を、結果的にはファイナルを初制覇したザギトワに明け渡す羽目になった。

 ケガからの復帰戦となった欧州選手権でも、それまでの圧倒的な強さを見せきれずに準優勝に終わった。五輪の前哨戦でザギトワとの初対決に敗れたことも、平昌五輪のメダルの色が銀へと変わった一因になったに違いない。

 平昌五輪ではショートプログラムで首位ザギトワにわずか1.31点差の2位につけた。非の打ちどころのない演技を見せたメドベデワは、より難しいジャンプ構成を組んできたザギトワに技術点で2点近く引き離されたものの、演技構成点では1点近く上回った。その差はわずかで、フリーで逆転する可能性も十分にあった。

 そして迎えたフリー。最終滑走者はメドベデワが務めることとなり、舞台は整った。あとは、最高の演技で最高の結果を出すだけだった。

 フリーのプログラムは『アンナ・カレーニナ』で、主人公になりきって物語を紡ぎ出すメドベデワの情感こもった演技が輝きを増していた。

 フィギュアスケートのプログラムは「一枚の絵」に例えられる。洗練された芸術であり、むやみやたらに「書き直せない」レベルの高い構成が施されている。演技構成点が高いほうが戦いに有利なフリーでは、メドベデワが逆転するのではないかと予想する声もあがっていた。

 一方、ジャンプ構成をいかようにも変更できる高い身体能力と技術力を持つ彼女が、ジャンプ構成を少し変更してくるかもしれないという予想も少なからずあった。だが、こちらの予想は見事に外れた。メドベデワは、自らの演技や「一枚の絵」のようなプログラムを、勝負のためにいじることはしなかった。あくまでもこだわりのある演技を貫いたわけだ。

 フリーの滑走順はザギトワが先。だから演技前には、競い合う相手であるザギトワの得点はわかっていた。また、審判が自分に出す得点の出方もおそらく把握していただろう。そのことを踏まえた上で、勝負を優先して考えたら、メドベデワはジャンプ構成を少し組み替えて、プログラム前半に行なう予定のジャンプを、得点を増やすために後半に持ってくることもできたはずだ。

 しかし、勝負に勝つために完成作品である自分のプログラムを壊すことなど露ほども思わなかったのだろう。そこにメドベデワの信念が垣間見えた。潔さとフィギュアスケートの演技に対する思い入れを感じた。

 記者会見で、彼女は誇らしげにこう語っている。

「今日は、アンナ・カレーニナになりきることができたと思うし、プレッシャーはまったく感じず、ただ鳥のように羽を伸ばし飛び立つ感覚でした。まったく緊張していなかったです」

 基礎点に1.1倍がつくプログラム後半に7つのジャンプを集めたザギトワに対し、メドベデワは5つだった。その結果、フリーの得点はザギトワと同じ156.65点で、演技構成点が高かったことにより1位となった。だが、合計点では妹分にわずか1.31点差の238.26点にとどまり、金メダルを逃した。

 演技後、祈るような面持ちで待っていたメドベデワ。得点が表示されて勝負に負けたことがわかった瞬間、その目からポロポロと涙がこぼれ、悔しそうな表情を一瞬見せてうつむいた。しかし、泣き崩れることもなく、すぐに顔を上げて、泣き笑いの複雑な表情をみせた。

「(大会で泣いたのは)人生で初めてで、いままでこんなことはなかったです。緊張はなく、感情が溢れ、心が軽くなりました。涙が出てきたのは、演技の後ではなくて、最後のダブルアクセルを跳んだ後から。たぶん、自分のすべてを氷上で出し切れたとわかったからだと思います」

 負け惜しみではないだろう。結果として五輪優勝という記録は残せなかったが、それはファンの記憶に残るような演技だった。

「オリンピック前に、オリンピックを悔いなく終えたいと決めていました。後ろは振り返らないです。この先には大きなスケーターとしてのキャリアがあるので、前しか見ないでいきたいです」

 メドベデワが来季、どんな目標とモチベーションを持って、新しいプログラムを作って見せてくれるのか。女子フィギュア界を席巻するロシア女子の主人公の今後に興味は尽きない。

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