米トランプ政権はNATOとの強固な関係を維持していく意思があるのかどうか、一貫しないメッセージを発してきた(写真:Christian Hartmann/ロイター)

例年2月にドイツで開かれる国際シンポジウム「ミュンヘン安全保障会議」。1年前に行われた会合では、欧州の安全保障政策担当者が抱える懸念や不安が手に取るようにわかった。

その3年前の2014年には、ロシアがクリミアを併合し、ウクライナ東部へと侵攻していた。2016年には、英国が欧州連合(EU)からの離脱を国民投票で可決。米国では、NATO(北大西洋条約機構)を批判し、ロシアのプーチン大統領を公然と称賛するトランプ氏が大統領に選出されていた。

トランプ政権のあやふやなメッセージ

米トランプ政権はNATOとの強固な関係を維持していく意思があるのかどうか、一貫しないメッセージを発してきた。とはいえ米国は、バルト3国とポーランドに駐留するNATO部隊を強化するというオバマ前大統領の公約を着実に実行してきている。トランプ大統領がロシア政府とヤルタ会談型の新協定締結(大国による密約)を画策し東欧諸国が見捨てられることになる、との懸念はあらかた消え失せた。

一方、ロシアはシリア内戦の泥沼から撤退したがっているように見える。これまでのところロシアはシリアではうまく立ち回ってきた。だが、ウクライナでは違う。軍事侵攻は現地の反感を買い、ロシアはまれに見る痛手を被った。

早晩、ウクライナ東部の紛争からも撤退を模索することになろう。実際、すでにロシアは、限定的ながらもPKO(国連平和維持活動)部隊を同紛争地域に派遣する案を提示し、国際社会の反応をうかがっている。現状維持をいつまでも続けていられないことはプーチン大統領もわかっているはずだ。

では、これらによって1年前にミュンヘン安全保障会議を覆っていた懸念は消えたといえるのだろうか。とんでもない。ここ数年の国防上のショックは、欧州に深く、癒やしがたい傷跡を残した。

10年前、EUの指導者は欧州が世界に安定を広げるのだと自信ありげに語っていた。だが今となっては、安全保障の不安定化が欧州内部にも波及するのを阻止することが最優先課題になっている。

欧州は依然として米国に守られているとはいえ、これは永遠には続かないのではないか、との自覚も広まりつつある。EUが従来にも増して安全保障問題に焦点を合わせるのは当然だ。将来の軍事的脅威に、EUは連携して対抗する仕組みを整える必要がある。

たとえロシア政府が2014年のウクライナ侵攻を後悔するに至っていたとしても、状況は変わらない。確かにウクライナ侵攻の結果、ロシア国境付近に展開するNATO部隊の戦力は増強された。しかし、ロシアはなおもクリミア半島を占拠し続けており、そこにはロシアの重要軍事拠点が存在するのだ。

アジアに軸足を移している米国

ロシア以外にも現在進行中の紛争が欧州を取り囲んでいる。中東から北アフリカに至るまで周辺地域の緊張は高まっており、そこでの混乱は即座に欧州の安全保障に影響を及ぼすことになる。

さらに、トランプ政権がリベラルな戦後世界秩序を支える考えをまったくといっていいほど口にしない点も気掛かりだ。紛争が過熱しないよう各国を制止する世界共通の仕組みがなくなれば、全面戦争の危険は一気に高まろう。

米国政府は、欧州の安全保障に関与を強める意向を口にしてはいる。だが、中国の軍事力が強まり、アジア太平洋地域の戦略的重要性が高まっている状況を考えれば、米国はアジアに軸足を移さざるをえない。実際、米国防予算の大半はすでにアジアに向けられている。

つまり、欧州はもはや自衛の責務を他人任せにすることはできない。ハードな軍事力が火を噴く世の中を渡るのに、ソフトパワーだけで足りるはずがないのだ。