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いざというとき、自分の身を守ってくれるものは何か。その筆頭は「法律」だ。「プレジデント」(2017年10月16日号)の「法律特集」では、職場に関する8つのテーマを解説した。第7回は「取引先との人間関係」について――。(全8回)

藤井聡太棋士は将棋連盟の従業員ではない

29連勝の大記録を打ち立てた棋士の藤井聡太さん。15歳の「少年」であり、その表情にはあどけなさが残るが、対局が10時間以上に及び、将棋会館を出るのが深夜になることも。子どもを深夜まで働かせるのは法的に問題ではないかと思う人も多いかもしれないが、違法性はない。

労働基準法は、15歳未満を雇い入れて働かせること、また18歳未満を午後10時から早朝5時までの間働かせることを原則として禁じている。しかし藤井さんはいずれのルールにも抵触しない。この労働基準法が適用されるのは、雇用主に雇用されている「労働者」に限られるからだ。藤井さんは日本将棋連盟に雇用されているわけではなく、1人で生計を立てる「個人事業主」。労働基準法の対象外である。

芸能人の多くも個人事業主とされている場合が多いが、テレビの生放送中、18歳未満のアイドルや子役などが一定の時間に退席するシーンを見かけることがある。これは法律で決められているからではなく、所属事務所や放送局の自主規制であることが多い。視聴者の感情に配慮しているのだ。

■個人事業主の権利を守る法律もある

もちろん、労働者に労働基準法があるように、個人事業主の権利を守る法律もある。主なものには下請代金支払遅延等防止法(下請法)、独占禁止法、民法、知的財産法などがあり、これらは個人事業主に仕事を依頼する会社員にとっても重要な法律である。

たとえば下請法では、一定の個人事業主に仕事を依頼する際、料金や支払条件などを書面で交付することを義務づけている。書面の交付を怠れば50万円以下の罰金が科せられる。

さらに公正取引委員会では、企業が不当な条件を押し付けたり、引き抜きを不当に阻止している事例がないか調査を進めつつ、個人事業主に対しての独占禁止法の適用範囲を広げる動きもある。

このような法律を知らずに個人事業主と仕事をして、トラブルに発展するのはリスクが大きい。中小企業庁は無料相談窓口として「下請かけこみ寺」を設けており、場合によっては調停や裁判に持ち込まれる可能性もある。

■「労働者」と判断される要素とは

よくあるのが、依頼主は相手を個人事業主として業務委託をしていたつもりが、実質的には「労働者として働かされた」と訴えられ、残業代を請求される事例。ここで主に問題になるのが、相手を時間で縛っていたかどうかだ。

そもそも個人事業主は、働いた時間に関係なく、成果物によって報酬が支払われる。一定時間会社にいるように命じたり、タイムカードを押させるなど時間で拘束した場合は、労働者として「時間の対価」の給与を要求されかねない。1カ月の報酬を15万円に設定していたのに対し、「残業代を含めると25万円程度もらう権利がある」との相手側の主張で、未払いの残業代合計約200万円を請求されたケースもある。

「個人事業主には労働組合もない」「関係性が悪化するのを嫌って強気には出てこない」など、高を括るのは危険である。窮鼠猫を噛む、という言葉もあるように、時に権利を主張される可能性があることを肝に銘じたい。

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▼「労働者」と判断される要素
・仕事を頼まれたときに断れない。
・雇用主(または上司)から仕事のやり方を指示される。
・給与は勤務時間によって計算され、支払われる。
・ほかの人に仕事を変わることができない。
・勤務場所と勤務時間が決まっている。
※佐藤弁護士の話をもとに作成

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佐藤大和
弁護士
1983年生まれ。大手法律事務所を経て、2014年レイ法律事務所を設立。テレビドラマの監修や、ワイドショーにレギュラー出演も。日本エンターテイナーライツ協会共同代表理事。著書に『ずるい暗記術』(ダイヤモンド社)など。

 

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(弁護士 佐藤 大和 構成=高橋晴美 写真=iStock.com)