3月10日、早稲田大学で開かれたイベント「昆虫食ビジネスから考える、”好きなことを仕事にする”」の様子。学生同士の活発な議論が繰り広げられた(記者撮影)

「普通においしい」「ポップコーンみたい」。テーブルに並んだのは、コオロギやミールワームのキャラメリゼ(カラメルをかけた菓子)。試食した人たちからは、驚きの声が上がった。

3月10日、早稲田大学で開かれたイベント「昆虫食ビジネスから考える、”好きなことを仕事にする”」。同大学に在学し、人工繁殖させたコオロギを水産養殖用のエサに活用するプロジェクトを進める葦苅晟矢(あしかり・せいや)さんなど、「昆虫食」に関するビジネスを手掛ける現役大学生3人がパネルディスカッションを繰り広げた。

「昆虫食ならオタクになれると思ったから始めた。大企業の人も、オタクを求めていると思う」

「好きなものでおカネをもらうことで、まっすぐな思いを維持できないときもある。そんなときは仕事ではなく、ライフワークとしてやるべきかなと思うこともある」

「好きを仕事にすべきか」を議論


昆虫のキャラメリゼを食べる参加者(記者撮影)

イベントには、早稲田大学の学生やSNSを通じてイベントを知った人たち約50人が参加。「好きを仕事にすべきか」といった議論に熱心に耳を傾けていた。パネルディスカッションの後の懇親会では、パネラーや参加者たちが交流を深めた。

イベントの企画・運営はすべて学生の手によるもの。その狙いは「早稲田に起業家コミュニティを作ること」だ。ただ実はこのイベント、日本に進出したばかりのある組織とのコラボレーションで生まれたものなのだ。

2009年、米ボストンで設立された「ベンチャーカフェ」。起業家や投資家、研究者などが集まり、つながる”場”を提供している。現在はボストンのほか、マイアミ、蘭ロッテルダムなど世界5都市で展開する。

各拠点では毎週木曜日、イベントが開催される。テーマはイノベーションにかかわることなら何でもいい。たとえば、「日本企業のイノベーション」「IoT」「ソーシャルネットワーキング」などといったものだ。ボストンでは毎週平均約460人がイベントに参加する。

虎ノ門ヒルズを活動の拠点に

そのベンチャーカフェが3月、東京に進出する。不動産大手の森ビルと提携、虎ノ門ヒルズ内にある「虎ノ門ヒルズカフェ」が活動の拠点だ。キックオフイベントが開かれるのは、3月22日。その意味では早大のイベントは”フライング”だったが、「日本で最初のイベントをぜひ早稲田で」という学生の熱意がプレイベントの開催につながった。

東京でもメインの活動は、毎週木曜日に開催するイベントになる。キックオフイベントの後には、「オープンイノベーション」「ビジネスにおける美意識と日本文化」といったテーマがラインナップされている。テーマに関心のある人なら、誰でも無料で参加できる。ふらっと立ち寄れば、起業やイノベーションに関する何かしらのイベントが開催されているという感覚だ。

ベンチャーカフェは非営利団体で、企業からの協賛金で運営費を賄う。日本ではJTや損保ジャパン、独立系情報サービスのインフォメーション・ディベロップメントなどが協賛する。

大学との連携も特徴の一つで、日本では早大のほか、東京大学やデジタルハリウッド大学、グロービス経営大学院などの参加が決まっている。これらの大学・教育機関では独自のイベントを開催するとともに、学生が「アンバサダー」として毎週のイベント運営にも積極的に参画する。


東京でベンチャーカフェを運営する山川恭弘・米バブソン大学准教授(記者撮影)

東京で運営責任者を務めるのは、米バブソン大学の山川恭弘准教授。バブソン大学はボストン近郊にある起業家教育に特化した大学だ。トヨタ自動車の豊田章男社長やイオンの岡田元也社長が卒業したことでも知られる。同大学で10年近く起業論を教えてきた山川准教授は「ベンチャーカフェは誰でも参加できる”緩い”イベントだが、そうした交流から新しいイノベーションが生まれる」と話す。


マサチューセッツ工科大学(MIT)にほど近いケンドール・スクエアには数多くの企業が集積している(ケンブリッジ・イノベーション・センターの資料から抜粋)

ベンチャーカフェの本拠地であるボストンは、最近起業の街として注目を集めている。ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)という米国のトップ大学があり、バイオやテック系の企業も数多く集積。中でも、MITにほど近いケンドール・スクエアと呼ばれる地域は、アマゾンやアップル、グーグル、ジョンソン&ジョンソンなど多くの大企業が集積する一大拠点になった。2016年にはIoTに力を入れるゼネラル・エレクトリック(GE)が、本社をボストンに移している。

ボストンにある起業のエコシステム

ケンドール・スクエアの一角にシェアオフィス、ケンブリッジ・イノベーション・センター(CIC)がある。CICはMITの卒業生が1999年に共同で設立、スタートアップ企業や大企業の新規事業部隊などが数多く入居する。スマートフォンのOSとして知られる「アンドロイド」もここから生まれた。

実はベンチャーカフェは、CICの姉妹団体だ。ボストンではCICのシェアオフィスに入居している。ケンドール・スクエアでは、あらゆる規模・業種の企業、大学の研究機関、そしてVC(ベンチャーキャピタル)などが集積し、CICやベンチャーカフェがそれらの「ハブ」となっているわけだ。

CICのティム・ロウCEOは、「ボストンは技術発明の街。産業はバイオや素材、通信などが中心で、始めから起業が多いわけではなかった」と振り返る。「しかしそこにマイクロソフトやフェイスブックなどが進出し、ソフトウエア技術が加わった」。こうした産業の集積に目を付けたVC投資がこの10年で飛躍的に増え、いまや人口1人あたりのVC投資額は全米トップになった。

「いまイノベーションの地区は、郊外から都心に向かっている」(ロウCEO)。かつては企業や研究機関は1棟のビルの中で自己完結していた。しかし今は1社だけの力でなく、さまざまな企業と連携しながら面として横に広がる。そして、それらが情報や金融と結び付くために、郊外よりも都心にイノベーション地区ができやすい。そこにはベンチャーカフェのような交流施設も必要になる。

実はCICも、東京にシェアオフィスを開業することがほぼ決まっている。ベンチャーカフェはその先兵隊の役割も担っている。

企業の集積と、大学の横のつながり。そして人が交流するハブ。「こうした起業のエコシステムを東京でも根付かせたい」(山川准教授)。壮大な実験が、東京で始まろうとしている。