誰もがインターネットやSNSで監視され、さらされてしまうこの時代。

特に有名人たちは、憧れの眼差しで注目される代わりに、些細な失敗でバッシングされ、その立場をほんの一瞬で失うこともある。

世間から「パーフェクトカップル」と呼ばれる隼人と怜子は、一挙一同が話題になり、「理想の夫婦」ランキングの常連として、幸せに暮らしていたが結婚6年目、夫が女の子と週刊誌に撮られてしまう。夫が番組での釈明会見をして何とか危機を免れたように思えたが、夫には2週間の謹慎処分が言い渡される。

「世間の目」に囚われ、「理想の夫婦」を演じ続ける「偽りのパーフェクトカップル」の行く末とは?




「ちょっとこれ見て!怜子さんのフォロワー数を、友香が超えたわ!」

撮影スタジオの地下駐車場。

車の後部座席でマネージャーを待っていた私は、不意に自分の名前が聞こえてきて、声の方を振り返る。

声の主は、後輩ママモデル・友香ちゃんのマネージャーとスタイリスト。私の車の窓にスモークが貼ってあるせいで、私が乗っていることが分からないのだろう。

しかも運転席の窓が少しだけ開いていて、彼女たちの声が私に筒抜けになってしまっている。

「友香は怜子さんを超えたいとか言ったことないし、気にしてもいないだろうけど、ついに、だわ!すぐに編集部も気が付くだろうし、友香の時代がきちゃうかも!」

興奮して早口でまくしたてるマネージャーに、スタイリストがキャー!と言う声で大げさに同調する。すると「お待たせしましたあ」という友香ちゃんのんびりした声が聞こえた。

「友香、何してたのよ!すぐインスタチェックして!はやく!」

マネージャーの声がさらに大きくなり、コンクリートに覆われた駐車場にこだましていく。私はそれ以上聞いていられず、腕を伸ばして窓を閉めるボタンをそっと押した。窓が完全に閉まる音と同時に私は脱力し、背もたれに倒れこむ。

まるで水中に潜ったように静かになった車内で、私は自分に沸き起こった感情に焦ってしまう。

―こんなに悔しいなんて。

フォロワー数なんて、気にしてなかったはずなのに。私は携帯を開き自分のインスタ画面を開く。40万を少し超えたフォロワー数。そして友香ちゃんは、私より、1,000人多くなっていた。

SNSのフォロワー数が人気のバロメーターであることは、今の時代の常識。

SNSでの影響力が、すぐにキャスティングに反映される。雑誌は勿論、テレビも企業CMもそうだ。

私がここ数年ずっと、売り上げNo.1のママ雑誌の看板モデルで居られたのも、ママモデルの中で一番フォロワーが多いから、ということが少なからず影響しているはずだ。

―このまま…友香ちゃんに負ける?

そう思った瞬間、胸がカァッと熱を持った。


友香の存在が怜子に思い出させる、過去の「トラウマ」


―そんなの、絶対にいや。

ママモデルの世界でトップを走ってきたことが、自分にとってこんなに大切で、プライドそのものだったことを、こんな形で思い知るなんて。それに…。

さっき聞こえた友香ちゃんのマネージャーの言葉。

『友香は怜子さんを超えたいとか言ったことないし、気にしてもいないだろうけど。』

確かに彼女が、誰かに勝つとか、蹴落とすなどとは無縁な人であることは、ここ数年の付き合いで嫌というほど知っている。でもだからこそ。

『友香の時代がくるかも!』

そんなことは、絶対にさせない。私は絶対に、絶対に、友香ちゃんのような女の子にだけは負けない。

自分が崩壊するほどの痛みと喪失感は、もう2度と…味わうわけにいかないのだから。

忘れたいのに消えてくれない、苦い記憶が蘇りそうになった時…。

ガチャッ




運転席のドアが開き、マネージャーが乗り込んできた。バックミラー越しに、このまま翔太君のお迎えに直行ですよね、と聞いてくる彼女に、なんとか笑って頷いて、携帯をバッグの奥に押し込む。

―きっと大丈夫。私はあの頃とは違う。強くなったんだから。

愛しい一人息子の笑顔を思い浮かべながら、自分に言い聞かせる。なんだか無性に夫に…隼人に話を聞いて欲しかった。


隼人:こみあげてしまう怒りをおさえるのに必死だった


―俺の代わりに笹崎かよ。

どうしてもこみ上げてしまう怒りをおさえるのに、僕は必死だった。酒でごまかせるとは思っていないが、お先にどうぞ、と出されたシャンパーニュを、遠慮なく喉に流し込む。

ここは、『銀座 うかい亭』。ある人との待ち合わせだが、少し遅れてしまうのでお酒でも飲みながらお待ちください、と連絡が入った。

和と洋が折衷された個室は、豪華絢爛と言った様相。15人は入れそうな広さなのに、今夜は2人きりで食事だった。

―あの人、気を使ってくれたんだろうな。


後輩の罠じゃない?夫が感じた違和感。


今朝、自分の番組で「不倫疑惑」について、釈明したばかりだ。上手く説明できたはずだったが、会社の判断は「2週間の謹慎」。つまり2週間の番組出演停止だ。

謹慎は、自分の迂闊な行動のせいだと素直に受け止めることができる。ただ…。

自分の代役が「不倫疑惑」の原因を作った「ササタク」だから納得していないわけではない。冷静に考えて、彼が僕の代わりを務めるには、能力不足だと思うからだ。

僕が「実力派のアナウンサー」として評価されるようになったのは、運ではない。努力に努力を重ね、つかみ取った結果だと思っている。

自分が出演した番組を見て、どこが使われているかをチェックすることは、入社以来ずっと続けてきた。時には反省すべき箇所を先輩に指摘してもらい「苦手な発音」は徹底的に矯正した。

落語家の先生に入門して正しい日本の言葉も学んだし、主要な新聞社の記事は毎日全てチェックする。バラエティでは恥を捨て、思い切りバカもやってきた。

笹崎は実力が伴わないまま「キャラ」が先行し、人気が出たタイプだ。

海外の長い地名を読むたびに何度も噛んでしまう姿が「かわいい」と、女性の視聴者にウケているが、アナウンス能力はお世辞にも高いとは言えない。

だから、緊急速報や事件のニュースが飛び込んできた場合、臨機応変に対応しなければならない朝の生放送番組を仕切ることができるとは、到底思えないのだ。

他に適任のアナウンサーが、沢山いるのに。

―なんで「ササタク」が選ばれたのか…。

不倫疑惑の写真を撮られた現場にいて、僕の代わりを勝ち取った男。

その状況証拠だけ考えれば、僕を陥れてポジションを乗っ取る、というヤツの計画と考えるのが妥当な気もするが…。

僕は、そんなに単純なストーリーではない気がしていた。

確かに、笹崎には裏が絶対に無い、とは言い切れない。けれど僕が見てきた彼は、そもそも綿密な計画を練ることができるタイプには、どうしても思えないのだ。

笹崎が入社して以来、彼に懐かれ、僕も何だかんだと面倒を見てきた。そんな後輩に裏切られたとは考えたくない、という僕の逃げからくる発想なのかもしれないが…。

―これが罠なら、誰か…他にいる、気がする。

「お注ぎしますか?」

3杯目のシャンパンを尋ねる店員の声に、我に返った。お願いします、と答えた時に、足音が近づいてきたのが分かった。

「お連れ様がいらっしゃいました。」

扉の向こうで声がして、引き戸が開く。待ち人は「お待たせして申し訳ない」と言いながら早足に入って来ると、部屋に風が吹いた。

僕は「お久しぶりです」と言いながら立ち上がり、頭を下げた。



放送を見て、隼人に会いに来た『秘密を知る』人物とは?


「あなたが番組で釈明されているのを見て、今すぐにお会いしたい、と思いました。」

今日お電話くださったのはなぜですか、と乾杯のあと尋ねた僕に、彼はそう答えた。

彼の名前は、香川東吾(かがわとうご)。彼が育てる俳優やタレントは必ず売れると言われる、日本有数の芸能事務所の敏腕マネージャーだ。

僕と香川さんが出会ったのは、2年前。

彼がマネージメントしていた俳優と僕が、一緒にイタリアロケに行ったことがあり、それに彼も同行したのがきっかけだった。

ロケ中は大した会話をしなかったのに、ロケが終わり帰国した空港で、彼はまるで「お疲れ様でした」とでも言うような軽さでこう言った。

「フリーになりたいと思われたときには、必ず私に相談してください。」

その後僕の携帯番号を聞き、自分の番号も登録しておいてください、と僕にその場で登録させた。随分押しが強いな、とは思ったけれど、不思議と嫌な感じはせず、僕は素直にその指示に従った。




しかしそれっきり2年間、全く音沙汰は無かったというのに、今日、突然連絡が来たのだ。

押しの強さは相変わらずで、今夜お食事をご一緒に、と誘われた。僕は、今日は家で妻と話したいので無理です、と断ったのだが。

彼は諦めず、それならばお宅の前でお待ちしてますので、奥さんとお話しした後にでも、少しだけでもお時間を頂きたい、と言って一向にひかず、僕はまいってしまった。なぜなら…。

今、マンションの周りには記者がいる可能性が高い。業界では有名人の彼と撮られてしまうと、またやっかいなことになる。

「不倫疑惑を釈明した堀河アナ、その日のうちに芸能プロダクションの大物と接触!フリー転身か!?」

そんな見出しが想像できてしまった僕は、疲れてしまい、「今夜は遅くなる」と怜子に連絡を入れ、香川さんとの会食を約束したのだが。

しばらく穏やかな微笑みを保ったまま聞いていた香川さんが、僕の質問が終わると、予想もしなかった言葉を発した。

「2週間の謹慎処分になると聞きました。」

一瞬何を言われたか分からず、聞き返した僕に、彼はもう1度同じことを繰り返した。

僕の「謹慎」は、局内でも限られた人しか知らず、当然どこにも発表されてはいないし、一般には「夏休み」と公表される手はずだ。

―どうやって知った?

彼に対する恐れのような感情が押し寄せ、口が渇いて喉が鳴る。

僕はとっさにシャンパングラスを掴んだが、すでに空だった。

香川さんは、この話が終わったらもう1本シャンパンを開けましょうか、と言った後、続けた。

「あなたは今、誰かにはめられた、と思ってらっしゃいますよね?だから私がご連絡差し上げたのです。」

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夫婦が本音をぶつけ・・・2人で一緒に戦うための計画を立てる!