楕円形のデザインが特徴の叡山電鉄「ひえい」(記者撮影)

「顔」は金色の巨大な楕円――。昨年3月の導入発表時、その大胆なデザインがネット上などで話題となった叡山電鉄(京都市)の新型観光車両「ひえい」が3月7日、同社の修学院車庫で報道陣に公開された。

イメージイラストが発表された際には、「なんだこれ」「吸い込まれそう」「深海魚のような不気味さ」などといった声がSNS上を飛び交ったが、実際に登場した車両は光沢のある深い緑色の車体に金色の楕円形が調和し、インパクトのあるデザインながら落ち着いた雰囲気が漂う。

車庫の外からスマートフォンで写真を撮っていた、近くに住むという子連れの女性は「金色と緑でゴージャスな感じだし、なんとなく『自然』っぽい。いい意味で叡電らしからぬ雰囲気ですね」。車庫のそばを走る電車内でも「あれ、センスいいわ」などと話す女性客の姿があった。

叡山電鉄の坂東崇行・常務取締役鉄道部長は「導入を発表したときはネットなどでだいぶ辛口の意見もいただきました」と笑いつつ、「いい仕上がりになったと思う」と語った。

「神秘的な空気感」を表現

「叡電(えいでん)」の略称で親しまれる叡山電鉄は、京阪電鉄との乗り換え駅である出町柳駅(京都市左京区)を起点に、比叡山麓と鞍馬山に向かう2つの路線を保有する京阪ホールディングス傘下の鉄道会社。「ひえい」は3月21日から、比叡山麓の八瀬比叡山口駅へ向かう「叡山本線」で、火曜日を除く毎日、特別料金不要の一般の列車として走る。


導入発表時に公開されたイメージ図(画像:叡山電鉄)

「ひえい」は、1988年製造の「700系」732号車を大改造して誕生。楕円形をモチーフにしたデザインは、沿線の比叡山と鞍馬山の「神秘的な雰囲気」や「時空を超えたダイナミズム」をイメージしたといい、前面の上下に2つあるヘッドライトも「比叡山と鞍馬山という2つの山を表している」(坂東常務)。前面の巨大な楕円だけでなく、側面の窓も運転席のドアを除きすべて楕円形だ。


車内は落ち着いた雰囲気だ(記者撮影)

外観と同様、車内のデザインも大胆ながら落ち着いた印象。楕円形の窓沿いに、従来車両より1人あたりの幅と奥行きを広げたシートが並び、壁面は継ぎ目や機器類の出っ張りなどが目立たないフラットな仕上げとしている。このため、壁は従来車両より片側で3cm厚くなっているが、「若干狭くなる分、シートの座面の角度を調整して、座っている人が通路に足を投げ出しにくいよう工夫した」(叡電の担当者)。楕円形のモチーフに合わせ、手すりも弧を描いた形状だ。


楕円形の「顔」。通常は1両で走るが、ほかの車両と連結する場合は連結器回りの部分だけ楕円形の飾りを取り外せる構造という(記者撮影)

前面には巨大な楕円形のリングがあるものの、従来は左側に寄っていた運転席を中央に約30cm寄せたこともあり、前方の視界は良好。リングの中だけでなく、両サイドにも細い窓ガラスを設けて視界を広くとった。運転時の視認性については「楕円形のリングのうち、窓ガラスに当たる部分の実物大模型をメーカーに造ってもらい、事前にほかの車両に取り付けて確認や調整をした」という。

デザインは、京阪電鉄の車両カラーリングなども手掛けたGKデザイン総研広島が担当。車両の改造は川崎重工業が行った。改造費用は非公表だ。

パノラマ以外の魅力を

叡電は1997年と1998年に、天井まで届く大型の窓ガラスを設け、座席を窓側向きに配置するなどした観光客向けの展望電車「きらら」を2編成導入しており、今回の「ひえい」は20年ぶりの新型観光用車両となる。

坂東常務によると、新たな観光用車両の導入に向けた検討が始まったのは4年ほど前。京阪グループ全体で比叡山・琵琶湖周辺の観光活性化に取り組む中、700系車両が製造から約30年を経て改修の必要性が高まってきたこともあり、「これに乗って(比叡山方面に)行ってみたいという魅力あるコンテンツづくりの一環」(坂東常務)として、700系を大改造した観光車両の導入を決めたという。

車両のデザインについてはさまざまな意見があったという。緑深い山や秋の紅葉など、沿線風景の魅力で知られる路線だけに、当初は「やっぱりパノラマ車両じゃないか」という意見もあり、「楕円形をモチーフとしたデザインに対して『なんでこれやねん』という声もなかったわけではない」と坂東常務はいう。

だが、展望電車はすでに「きらら」がある。最終的には「同じようなものをつくるより、乗りたくなる車両としてほかにはない特徴あるデザインがいい」と、大胆な楕円形デザインが採用されることになった。

京阪グループには、叡電の叡山本線のほかにも比叡山へのアクセスルートとなる鉄道が存在する。琵琶湖畔を走る京阪電鉄の石山坂本線だ。同線の北側の終点、坂本駅(滋賀県大津市)は滋賀県側からの比叡山への玄関口だが、京阪は3月17日に実施するダイヤ改正に合わせて同駅を「坂本比叡山口」に改称する。

これは、京都側からの比叡山アクセスルートである叡山本線の八瀬比叡山口駅と「比叡山口」の名称を合わせた駅名だ。京阪グループは2015〜2017年度の中期経営計画の中で、「比叡山・びわ湖観光ルートの確立」を「観光創造」の柱の1つに掲げており、「名称をそろえることでどちら側からでも比叡山に行くことができるということをアピールするとともに、比叡山・琵琶湖エリアの回遊性を高めたい」と京阪ホールディングスの広報担当者はいう。

叡電の観光利用者数は叡山本線よりも鞍馬山へ向かう鞍馬線のほうが多いといい、叡山本線の観光活性化は京阪グループ全体にとっても重要だ。「ひえい」は新たな目玉として、この観光ルートの一翼を担うことになる。

外観同様のインパクトを生むか


楕円形の窓が目立つ側面。試運転では駅などで注目を集めるという(記者撮影)


改造の基となった700系の同型車両(記者撮影)

訪日外国人観光客の増加などでにぎわいの続く京都。近年は観光客による交通機関の混雑も話題となっているが、叡電の場合は紅葉シーズンの11月と、川の上の座敷で食事などを楽しむ「川床」が人気の7〜8月に観光客が集中し、「繁閑の差が大きい」(坂東常務)のが一つの課題だ。

「ひえい」は、その点でも期待できる部分があるという。車外の風景を楽しむパノラマ車両は季節ごとの景観に左右される部分があるが、「ひえい」は季節に関係なく、車両そのもののユニークさが売りとなるためだ。

大胆な外観デザインが登場前から注目を集めてきた「ひえい」。報道公開にも多くのメディアが集まり「当社にとってこれだけ(多くのメディアが)来られるようなことはたぶん初めて」と叡電の担当者は驚きと嬉しさを口にした。すでに始まっている試運転では「ホームや踏切で見た方がほぼ必ず振り向く」(坂東常務)という強力なインパクトのある新観光車両。叡電と京阪グループの観光戦略にも同様のインパクトをもたらすだろうか。