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『映画ドラえもん のび太の宝島』が初登場1位となりました。シリーズ最高興収だった前作を上回るスタートで、「歴代最高」の興収が見込まれています。マンネリ化で興収の落ち込んでいた『ドラえもん』は、なぜ復活できたのか。ライターの稲田豊史さんが考察します――。

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『映画ドラえもん のび太の宝島』

■製作国:日本/配給:東宝/公開:2018年3月3日
■2018年3月3日〜4日の観客動員数:第1位(興行通信社調べ)

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■映画全38作の興収は「アップダウン」が激しい

毎年3月の風物詩、1980年から脈々と続いている「映画ドラえもん」シリーズ(以下、映画ドラ)の第38作目『映画ドラえもん のび太の宝島』が初登場1位となりました。

もはや説明不要の国民的人気を博する『ドラえもん』なので、当然といえば当然の結果ですが、驚くべきはその数字です。2日間の興収8億4300万円は、昨年3月に公開された前作『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』の興収比なんと121.8%。しかも、その『南極カチコチ大冒険』はシリーズ最高興収である44.3億円をたたき出していたので、今作がそれを上回って再び「歴代最高」を更新するのはほぼ確実となりました。(※)

(※)なお99年以前の公開作は、公表値が「興行収入」ではなく「配給収入」のため、慣例にもとづいて「配給収入の2倍」を興行収入とみなしています。

子供も含めた幅広い年齢層に人気のある星野源の主題歌起用、『君の名は。』をプロデュースして歴史的ヒットに導いた川村元気氏による書き下ろし脚本、公開前にスネ夫がLINEライブをするなど話題には事欠かず、それらがうまく動員へと結びついた模様です。目下のところオールターゲットで鑑賞満足度が高く、佳作と駄作の振れ幅が大きい昨今の映画ドラシリーズにおいては、紛れもなく佳作の部類に入るでしょう。

ただ、映画ドラの興行は一貫して盤石だったわけではありません。38作分の興収を線グラフにしてみると、けっこうアップダウンが激しいのです(図1参照)。

なかでも特に筆者が注目したいのは、2010年代後半の躍進です。ここに至るまでに、一体なにがあったのでしょうか。順を追って説明します。

■深刻な「マンネリ化」に陥り、興収にもかげり

現在につながるTVアニメの『ドラえもん』(TVドラ)がスタートしたのは1979年。続く80年代に映画ドラを支えていたのは、日本の人口ピラミッドにおけるボリュームゾーンである「団塊ジュニア(1971〜74年生まれ)」や「ポスト団塊ジュニア(1975〜84年生まれ)」です。彼らは当時、子供(未就学児〜小学生)でした。

90年代に入り、キッズコンテンツのトレンドが変化。映画ドラの興収に少しずつ翳(かげ)りが見えてきます。そんななか、1996年9月に原作者の藤子・F・不二雄氏が逝去。追悼的な意味での世間からの再注目もあってか、3年ほどは持ち直しますが、2002年、2003年は2年連続で興収が20億円台半ばまで落ちてしまいます。

理由のひとつは少子化でしょう。団塊ジュニア、ポスト団塊ジュニアが『ドラえもん』を卒業し、同作のメイン顧客となりうる子供たちの絶対数が徐々に減ってきたのです。

ただ、それより大きな問題がありました。作品の「マンネリ化」です。2002年時点で、TVドラおよび映画ドラは20年以上、同じ声優陣、基本的には同じ作風で作られていました。もちろん演出や絵のタッチの面で細かな変化はありましたが、根本的に変わっているわけではありません。映画ドラの監督も83年から2004年まで同じ人です。一部のマニアを除いた普通の人から見たTVドラおよび映画ドラは、「20年以上変わり映えしない長寿アニメ」、悪く言えば「古くさい作品」だっだのです。

■旧来ファンから大反発を受けた「声優リニューアル」

2004年は多少興収が回復しますが、このタイミングで『ドラえもん』の製作陣は後の歴史に残る大決断を下します。例年であれば2005年3月に公開する映画ドラを1回休み、同年4月放送分のTVドラから、絵柄と声優陣を一大リニューアルしたのです。

その変化は一見して誰もがわかるほどドラスティックなもので、当時は賛否両論の嵐が吹き荒れました。当然です。絵柄はともかく、新しいドラえもんの声(水田わさび)は、それまでのドラえもんの声(大山のぶ代)とは似ても似つかない。「イメージが崩れる」「あんなのドラえもんじゃない」「違う作品を見ているようだ」。80年代から『ドラえもん』に親しんでいた旧来ファンたちの反発は、特に大きかったと記憶しています。

2006年からはその新しい布陣で映画ドラが復活しましたが、すぐに興収の劇的な回復には結びつきませんでした。それどころか、2009年には再び20億円台半ばまで落ち込んでしまいます。「旧来のドラえもんファンが声優交代によって離れてしまった」。そう分析する人もいました。

しかし、それは時間が解決していきました。大人にとっては「昔と違う」でも、「水田ドラ」をはじめて見る小さな子供たちにとっては、比較対象がないので関係ありません。作品として魅力的であれば見てくれます。我慢は最初だけ。時間がたてばたつほど有利になっていくのです。

実際、新しいTVドラと映画ドラには新しい魅力がありました。のび太の指導者的存在だった「大山ドラ」とは異なり、のび太と一緒にバカをやる「水田ドラ」は親しみやすくてかわいらしい。現代的でポップな色使いや、ドタバタギャグの意図的な前景化なども、リニューアル前にはなかった特徴です。特に映画ドラにはそれが如実に表れていました。

■『STAND BY ME ドラえもん』の大ヒット

いっぽうで、製作サイドは旧来ファン、つまり大人層をつなぎとめる工夫も忘れませんでした。声優リニューアル後の映画ドラは現在までに13本作られていますが、うち6本がかつての映画ドラのリメイクなのです。

ポイントは、いずれのリメイク元も80年代の作品だということ。80年代の映画ドラで育ち、現在は子供ができて親世代となった団塊ジュニア世代やポスト団塊世代への目配せです。未就学児や小学校低学年の子供たちは親同伴でないと劇場に来られないので、連れていく立場の親にも「観たい」と思わせるリメイク作品には、一定の動員効果があったでしょう。少なくとも、声優交代による離脱組を相殺してあまりあるほどには。

また、2011年には、トヨタ自動車が「20年後ののび太たち」を妻夫木聡や水川あさみを起用して描く『ドラえもん』の実写CMを制作。こちらも車を買う年齢に達したかつてのファン、つまり大人層にリーチしました。

極めつけは2014年8月に公開したCGアニメ『STAND BY ME ドラえもん』(※)です。同作の声優は、(かつて少なくない数の大人層から反発を受けた)リニューアル後の布陣でしたが、宣伝展開ではハッキリと「泣けるドラえもん」「大人のドラえもん」路線を打ち出し、子供だけでなく大人層の動員にも成功しました。興収は83.8億円。いつもの映画ドラの倍以上です。

※3月公開の映画ドラとは異なる位置づけなので、興収グラフには含めていません。

■小さな子供を持つ親世代の心を改めてつかんだ

これが弾みとなり、翌年2015年以降の映画ドラは毎年のように躍進を続けます。もちろん、『STAND BY ME ドラえもん』を観た大人客がすべて3月の映画ドラに流入したわけではありませんが、9年前の声優交代で『ドラえもん』から離れていた大人層の気持ちを同作が取り戻し、小さな子供を持つ親世代の心を改めてつかんだのは、間違いありません。

2010年代後半の躍進は、社会に「ドラえもんと大人」をつなぐカジュアルな接点が増えたことにも関係しているでしょう。たとえば、森ビルは2014年以降、六本木ヒルズに等身大ドラえもん像を66体並べる期間限定企画を開催しており、インスタ映えする観光スポットとして人気を集めています。2015年にはサンリオがハローキティとドラえもんのコラボ商品を発売。それを契機として2016年には大人向けドラえもんグッズブランド「I'm Doraemon」の展開をスタートしました。同じく2016年からは、東京メトロが「すすメトロ!」のキャンペーンに『ドラえもん』のキャラを起用しています。

今回の『のび太の宝島』でも、大人層への目配せが随所に見られました。昔の映画ドラに登場した有名なセリフやシーンのオマージュには、親世代である「元ドラえもんファン」はニヤリとすること必至。最後に流れる星野源の主題歌「ドラえもん」の間奏には、旧TVドラの『ドラえもん』で使用されたテーマ曲「ぼくドラえもん」のメロディーが流れます。たいへん粋なはからいです。

■F先生の信条「マンネリを断ち切るべし」

こうして振り返ると、やはり映画ドラは2005年の声優交代(映画ドラとしての声優交代は2006年)が大きなターニングポイントでした。そのままの体制で作り続けることもできたでしょう、反対意見もたくさん出たでしょう。

しかし製作サイドは、作品の耐用年数が近づきつつあることに気づいていました。マンネリを良しとせず、悩み抜いた末に、勇気をもって思い切りました。一言、大英断です。

結果『ドラえもん』は、コンテンツとして、高価値なIP(知財)として延命することができました。作品もクルマや人間などと同様、適切にメンテナンスを続ければ長持ちするのです。

余談ですが、「マンネリを断ち切るべし」はF先生自身の信条でもありました。自伝的要素の強い晩年の中編『未来の想い出』では、マンガ家の主人公(F先生がモデル)に向かって、編集者がたしなめるように同様のことを言っているからです(図2)。

■「変えないために、変える」

昔からあるものを大きく変えるのは、伝統を踏みにじる行為でしょうか? 長年の顧客に対する暴挙でしょうか? それは違います。何百年も続く老舗の和菓子屋は、「昔と同じ味」を謳(うた)っていても、その時代の人の味覚に合うよう菓子の味を微妙に変えているといいます。粗食中心だった江戸時代の庶民の舌と、洋食が一般化してからの現代人の舌が、同じであるはずがありません。

伝統芸能でありながら、歌舞伎や落語が多くの観客を集めているのも同じでしょう。固有の良さは残しつつ、その時代の観客の感覚に合うようにアレンジを加えることで、時代の変化に対応しています。もし伝統にあぐらをかいて居座り、かたくなに何ひとつ変えなければ、観客からは早晩愛想を尽かされるのではないでしょうか。

ブランドや看板の価値を守り、生き残るために、あえて変える。いちばん大事なものを変えないために、変える。繁栄を続けている老舗企業は、必ずそれを実践しています。声優とスタッフを2005年に刷新したり、大人向けの目配せを施したりというのは、老舗の和菓子屋や歌舞伎役者や噺家がその看板を守り、これからも繁栄していくための精進とまったく同じ。むしろ顧客をつなぎとめるための努力です。

そもそも、1969年から96年まで連載された『ドラえもん』の原作マンガですら、初期・中期・晩期で作風がまったく異なります。70年代の子供と90年代の子供では感じ入るツボが違う――それにF先生が気づいていなかったはずはありません。

■「今年は特に傑作だった」という話ではない

ちなみにTVドラは、2017年7月にもプチリニューアルが施されています。監督とチーフディレクターが交代し、背景が水彩調からポスターカラー調になりました。『ドラえもん』は今も、時代に合わせて現在進行形でアップデートを続けているのです。

そうしたアップデートは『ドラえもん』の最も大切な部分を損なうものではありません。「ブランドの価値は変わっていない」のです。古いのに、新しい。新しいのに、古い。それは今回の題名に、ロバート・ルイス・スティーヴンスンによる児童向け冒険小説の古典『宝島』を冠していながら、内容は非常に現代的なSFであるという点にも象徴されています。

ドラえもん』が長きにわたり、ここまで日本人に愛されるのは、長い伝統と確立した名声があるにもかかわらず、それらにあぐらをかいていないからです。常に自己を研磨し、精進し、工夫し、変化を恐れず、しかし大切なものは変えない。愛されて当然です。

『のび太の宝島』の絶好調スタートは、決して一日にしてならず。「今年の宣伝が良かった、今年のタイアップは効果的だった、今年は特に傑作だった」といった近視眼的な話ではありません。長年にわたる蓄積の結果であり、その功績に与えられた勲章なのです。

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稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター
1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論 2012-2015』(押井守・著、サイゾー)など。

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(編集者/ライター 稲田 豊史)