センサーで温度や土壌の水分などを計測する(IoT農業を実証中のビニールハウス)

写真拡大

 大型ダンプが行き交う幹線道路から外れ、山あいの道に入るとすれ違うクルマがなくなった。まばらな民家からは人の気配を感じない。福島市から車で1時間でたどり着いた福島県飯舘村は、原発事故による避難指示が2017年3月末で解除されて間もなく1年になる。だが、住民の帰還が進んでいない。

 ひっそりとした山村で農家の菅野宗夫さんがIoT農業に取り組む。実証中の小さなビニールハウスに入ると、天井から垂れ下がったケーブルが目に入る。先端のセンサーが温度、土壌の水分量などを計測している。

 決まった時間になると、ほうれん草にそって延びたチューブから養液がしみ出す。小さなタンクが自動で水と肥料を調合して養液を作り、チューブへ送り出す。
 67歳の菅野さんが操作するタブレット端末には「午前10時 69リットル 172秒」と与えた養液量が表示されている。毎日4回の記録があるが、どれも数値は違う。AIが6時間先の気候、センサーのデータを分析し、毎回の養液量を決めている。

 菅野さんの農業歴は30年以上。震災前は経験頼りだったが、今はAI任せ。毎日、避難先から30分かけて飯舘村まで通ってきており「離れていても自動で水やりができる。収量も安定している」とIoT農業のメリットを実感している。

 このシステムは、IT企業のルートレック・ネットワークス(川崎市麻生区)が明治大学農学部と協力して開発した。その明大農学部が放射性物質による汚染土壌調査をした縁で、ルートレックの佐々木伸一社長と菅野さんが出会った。

 菅野さんは避難直後、「生活基盤がなければ帰村できない。飯館で野菜づくりができると証明できれば仲間も戻ってくる」と農業の再建を決意。「前のままだとダメだ」と思い、IoT農業に挑戦することにした。除染作業を終えた15年3月、実証ハウスで栽培を始めた。これまでに収穫した野菜の放射線量は基準値以下だった。

 間もなく真新しいビニールハウス4棟で農業を本格再開する。IoT投資は必要だったが「農作業以外のことを考える余裕ができる」と期待する。菅野さん生活再建が始まる。

 岩手県陸前高田市では津波で亡くなった父の後を継いだ子がIoT農業を採用。十分な技能伝承がなくても農業を始められた。後継者不足の農家は多く、全国80カ所以上で使われている。復興のための実証に終わらず、IoTが農家の課題解決に役立っている。ルートレックの佐々木伸一社長は「地域創生に貢献していく」と決意をあらたにする。

 東日本大震災の被災地に限らず、高齢化、過疎化、産業衰退といった課題を抱えた地域が多い。被災者の生活再建に根ざした技術・ビジネスは他の地域にも受け入れやすく、地方創生へ貢献できる。復興への取り組みを日本の産業活性化につなげてほしい。