明日の(2018年)3月11日に初日を迎える大相撲春場所。場所途中に貴ノ岩への暴行事件が発覚し、責任をとって日馬富士が引退。その裏で明るみに出た、貴乃花親方と現執行部の確執。かつてないスキャンダルに揺れ動いている大相撲ですが、果たしてファンを納得させるような場所になるのでしょうか。

 その騒動の背景を追ったのが『貴の乱』(鵜飼克郎・岡田晃房・別冊宝島特別取材班著、宝島社)。

 本書によると、今回の騒動の元凶は、2016年に相撲協会が解雇した小林慶彦氏に行きつくとのこと。その小林氏にかき乱された協会内部の動きを、理事会議事録の完全掲載や相撲ジャーナリストによるルポルタージュ、さらに相撲評論家によるインタビューなど、様々な角度から検証しています。

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別冊宝島ではなくあえて単行本で

『』(鵜飼克郎・岡田晃房・別冊宝島特別取材班著、宝島社)


 プロレスやプロ野球など、プロスポーツの内情を暴かせたらピカイチの発行元の宝島社。本書も、大相撲の闇の部分を、一部マンガなどでオブラートに包みながら、わかりやすく伝えています。ただしわかりやすさだけなら、いつもの「別冊宝島」のレーベルで出版してもよさそうなもの。そこをあえて四六判のソフトカバー単行本で出版したところに、宝島社が本書に自信を持っている事が感じられます。

 ただしもうひとつ、触れて欲しかったのが、興業という視点からの検証。初場所、春場所、夏場所、名古屋場所、秋場所、九州場所。現在の本場所は2カ月に1回のペースで、年6回行われています。さらにその間にも、地方巡業や、各種トーナメント大会などが開催され、力士は休養する暇がありません。

 立ち会い時は、2トンものダンプカーが突っ込んできたときと同じ衝撃になるという大相撲。果たして、それだけの過密日程のなかで、全てをガチンコ勝負で乗り切れるものでしょうか。そこに、八百長や、利権争いの温床を感じるのは私だけではないはずです。

 あくまでも土俵の充実を看板にするのであれば、場所数を含め、取り組み数を減らすべきでしょう。それでなくても、公益財団法人として、税制面の優遇を受けている日本相撲協会。目先の利益より、末長いスパンでの土俵の充実が求められます。

 先場所優勝した栃ノ心は大関への足固めができるのか。5場所連続休場してしまった稀勢の里はどうなってしまうのか。そして何より、暴行事件の被害者の貴ノ岩は果たして・・・。まずは見どころが盛りだくさんの春場所のゆくえを見守りましょう。そして今後、本書の第二弾、第三弾が発刊されないように願うばかりです。

プロレス人気復活までの平坦ではない道のり

 その春場所の前売り券は発売当日に完売になったとのこと。相つぐ不祥事にも関わらず、大相撲人気は健在のようです。そして現在、同じように人気を博しているのが、新日本プロレスを中心としたプロレスです。しかし、人気復活までの道のりは決して平坦ではありませんでした。

「100年に1人の逸材」として、長きにわたって新日本プロレスの顔である棚橋。現在、世界最高峰のプロレス団体WWEで中心選手として活躍する中邑。『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』(柳澤健著、文藝春秋)。はタイトルの通りに、現在のプロレスブームのけん引役となった2人の姿を追いかけています。

『』(柳澤健著、文藝春秋)


 引退してもなお、オーナーとして現場に介入するアントニオ猪木。その公私混同を含むやり方に嫌気がさし、次々流出していく中心選手たち。2000年初頭の新日本プロレスは、総合格闘技の人気に押され、また会社も身売りされ、と迷走を始めます。そのころ棚橋と中邑は、次代のエースとして台頭してきますが・・・。

 他の格闘技の最大の違いとして、プロレスは観客とも戦わなければいけないことが挙げられます。ただ対戦相手を叩きのめすだけではなく、試合内容を通じて観客に納得してもらい、味方につけることができなければ、優れたレスラーとは言えません。しかし、当時の新日本プロレスの会場に集まって来るのは、アントニオ猪木というカリスマの幻影を求める手強い観客ばかり。その幻影を吹き払い、自分たちのスタイルで団体を引っ張って行こうとする棚橋と中邑ですが、観客の冷たい視線が容赦なく突き刺さります。

 この逆風をいかに追い風に変えたのか。そこは『1984年のUWF』など、プロレスラーの内面性を描かせたら右に出るものがいない著者の本領発揮。単なる業界内の暴露本に終わらせずに、濃密な人間ドラマに仕上げることで、答えに深みを持たせています。

“俺たちはプロレスを通して、生き方を競ってきたような気がします”

 棚橋が呟いたこの一言が、全てを表している本書。プロレスラーとしてだけではなく、男として、人間としての、それぞれの生きざまをぜひ胸に刻んでいただきたい一冊です。

ラグビーエリートがぶつかった壁

 先日、平昌オリンピックが幕を閉じました。日本は、冬季オリンピック史上最多記録を更新するメダル13個を獲得しました。いまだに余韻は続き、現在、マスコミに引っ張りだこの選手たち。おそらく今後メダリストを中心に、自伝など関連本が数多く出版され、書店の店頭を賑わすことでしょう。2020年の東京オリンピックを前に、いいはずみになりました。

 そして、その前年に行われるラグビーワールドカップ2019。こちらは私の地元の釜石でも試合が組まれていることもあり、楽しみにしています。ただ、もう少し関連本が出版され、書店の店頭が充実してもいいようなものですが・・・。

 帝京大学が明治大学を破って、前人未到の9連覇を果たした今年の全国大学ラグビーフットボール選手権。相変わらずの帝京大学の強さには舌を巻きましたが、負けた明治大学も古豪復活を印象づけました。その歴史ある明治大学ラグビー部。数多くの名プレイヤーを生み出してきましたが、ミスター明治と言えば、少なくても私の年代ではウィングの吉田義人選手を挙げる人が多いはずです。『矜持 すべてはラグビーのために』(吉田義人著、ホーム社)は、その吉田氏の自伝です。

『』(吉田義人著、ホーム社)


 ラグビーに目覚めた幼少時代から、入学直後からレギュラーを張った秋田工業高校時代、さらに新人から試合に出続けた明治大学時代など、それまで歩んできたラグビー人生が余すことなく綴られています。各年代での日本代表にも選ばれ、二度もワールドカップに出場し、日本初のプロ選手としてフランスでもプレーし、さらに母校の明治大学の監督も務めた著者。エリート街道まっしぐらのように見える彼ですが、その陰では数多くの挫折や壁にぶつかっていたというので驚きです。

 それらの陰の部分や、さまざまな試合の裏側、さらに細かいエピソードを生真面目に積み重ねていることから、著者の一本気な性格がうかがい知れます。アスリートや芸能人の著書で、インタビューをまとめたり、代理のライターが執筆したりすることはまれにありますが、本書は間違いなく本人が書き上げたものでしょう。

 ラグビーを通じて、著者が得た「矜持」とは、いったい何だったのか。皆さんも、ぜひ本書を手にとっていただき、その「矜持」を受け取っていただきたいと思います。

 今回は、スポーツに関するノンフィクションをお薦めしてみました。依然として売り上げが厳しい書店業界。これから続くスポーツのビッグイベントにあやかり、売り上げを伸ばしていきたいものです。

 そのための提案をひとつ。2020年に向けてスポーツノンフィクションのジャンルで、文芸の直木賞、芥川賞に該当する賞を設けてみてはいかがでしょうか。今年開催されるサッカーワールドカップに、来年のラグビーワールドカップ。そして東京オリンピック。ビッグイベントで日本選手が活躍すればするほど、関連本は増え、賞レースは盛り上がることでしょう。取らぬ狸の皮算用とはいいますが、そんな賞の設立を検討してみる出版社さん、どこかにいませんか?

筆者:栗澤 順一(さわや書店)