絢爛豪華な春節の飾りが施された大型ショッピングセンターには、大勢のイスラム教徒たちが写真撮影を楽しんでいた(筆者撮影)

世界の春節を4回の短期連載で巡るシリーズ。注目するのは、中国人観光客の人気エリアトップを誇る東南アジアだ。第1回の「日本よりも中国人旅行者が集うタイの魅力」(3月6日配信) では、昨年に続き中国人旅行者数でトップをキープするタイで大いに盛り上がる春節を報じたが、その裏には仏教国タイで同化し、揺るぎない地盤を築いてきた華人の存在も見え隠れした。

第2回は、打って変わってイスラム教徒が国民の約6割を占めるマレーシアをリポートする。

中国人観光客の海外渡航先ランキングでは、7位のマレーシア。タイやシンガポール、ベトナムなどに比べて、春節の渡航先としては東南アジアにおいて突出した人気というわけではない。国民の9割以上を仏教徒が占めるタイに比べても、イスラム教が国教であることもあり、中国の文化がなじみにくく春節も比較的地味なのでは、と思いつつ空港に降り立つと、そこには大いに期待を裏切る光景が広がっていた。

イスラム教徒6割の国が赤一色に染まる

タイをもはや超えるのではないか、と思えるほど盛大に赤と金色にデコレートされた街並み。車で道路を走れば、至る所に巨大な電光掲示板が掲げられ、「Happy Chinese New Year」と目がチカチカとするほど真っ赤な画面を目にする。

中心地にほど近いホテルに向かうと、正面玄関には幸福を呼ぶと言われている立派な金柑の木が2本お出迎え。日本でいう門松のようなものだが、少し違うのは木の枝に「紅包(ホンパオ)」と呼ばれる赤いお年玉袋が下げられているところだろう。中に入ると、中国風の音楽と共に巨大な獅子舞の頭やいくつもの提灯が飾られ、おみくじとして楽しめるフォーチュンクッキーも大きなカゴに入って振る舞われる。


(左)道路の至る所に春節を祝う巨大な電光掲示板を見掛ける。(右)ホテルも軒並み春節仕様に。フロントにはおみくじ代わりのフォーチュンクッキー(筆者撮影)

春節期間中は毎朝、獅子舞の踊りがロビーの目の前で披露された。ホテルの宿泊客だけでなく、近隣の住民も集まり大盛り上がりだ。獅子舞はみかんを一つひとつ口から放り投げ、それを観客がキャッチ。最後には口からなぜかレタスを大量に吐き出すパフォーマンスも。聞くと、レタス(生菜)の発音が「生財」という言葉に似ており、つまり財を成すという意味が掛けられているらしい。

ちなみに、観光客向けのホテルでは軒並み同様の行事が行われているほか、ある程度の規模のマンションでも独自に獅子舞を組織や学校に発注するなどして、大なり小なり春節の祝いが催されている。つまり、この時期のクアラルンプールでは、どこにいても見逃すことはないのではというほどあちらこちらで大きな銅鑼の音と派手な舞を目にすることができるのだ。


(左)獅子舞はげんを担いでみかんやレタスを口から吐いて舞う。獅子舞が去った後のホテルのロビーに巻き散らかされたままのレタスとみかんの皮の残骸。(右)この時期のクアラルンプールは、けたたましい銅鑼の音で叩き起こされる。街中の至る所で獅子舞のパフォーマンスを目にする(筆者撮影)

多宗教国家でも色濃い存在感を示す中華系の存在

中心街にある大型ショッピングモールを訪れると、天井から無数のピンクと赤の花びらが降り注ぐかのような、絢爛豪華な装飾が目を引いた。さまざまなショーが催される特設ステージへとつながる階段には赤い絨毯が敷かれ、両端には埋め尽くすかのように赤とピンクの造花や春節用のランタンが飾られている。観光客のみならず、地元のイスラム教徒の家族連れなどが次々に訪れ、思い思いにポーズを決めながら写真撮影に興じている。


天井から花びらが降り注ぐイメージでデコレーションされた絢爛豪華なショッピングセンター。イスラム教徒も宗教に関係なく春節を楽しむ(筆者撮影)

中国の高級食材を売る店舗では、アワビやなまこ、燕の巣などをこれでもかというほど詰め合わせた巨大な春節仕様のお祝いセットを販売。その額、約9万円。「いったい誰が買うのか?」と店のスタッフに聞くと、マレーシアでは中華系のみならずイスラム教など異教徒も贈答用に買いに訪れるという。

確かに、店内にはイスラム系やインド系の顧客もちらほら。あくまでお祝い名目の品であるため、富裕層がお互いに日頃の感謝を示す証として送り合うのだそうだ。ちなみに、クアラルンプールに3つの不動産を保有する中華系マレー人の家に、新年早々お邪魔する機会があったが、リビングの隅にその贈答セットが4つほど開封されずに押しやられていた。裕福な層になると、毎年のように受け取るお決まりの“高級お歳暮”のような存在なのかもしれない。


春節仕様のお祝いセット(筆者撮影)

マレーシアは、イスラム教徒が6割以上を占めるが、次いで中華系、インド系も混在する多民族国家である。そのため、新年もそれぞれの宗教で盛大に祝われ、人種に関係なく他宗教のお祭りを楽しむという人たちも多い。

ことに、中華系でいえば、東南アジアの中ではシンガポールに次いでその割合は大きく、国民の約25%を占める。その多くが福建省など中国南部出身者で、天然資源が豊富なマレーシアにスズの採掘労働などを求め出稼ぎでやってきた子孫の2世、3世だ。彼らは、マレーシアで生まれながらも、マレー語だけでなく中国語を操ることができ、中国人としてのアイデンティティも比較的強く残っているといえる。

不動産会社に勤める、30代後半の中華系マレーシア人の知人女性は、自分のことを「マレーシアで生まれたので国籍はマレーシアだけれど、“中国人”よ」と、自身のアイデンティティを絶妙な言い回しで表現した。

彼女の祖母はやはり福建省からマレーシアに来て、靴作りの商売を始めたという。マレーシアで生まれ育った彼女だが、中国人としての自我も強く、周りの中華系の友人たちが集まると中国語で会話をするのが常だ。多くが仏教徒である中華系マレーシア人たちは、イスラム教が国教の国にあって、独自の文化を先祖代々脈々と守って生活している。

深夜に突然の爆音 

春節初日から9日目の深夜24時。そろそろお祭り騒ぎも落ち着き、皆寝静まっている頃かと思いきや、突然爆発音のような音があちこちから聞こえてきた。いったい、何事かと屋上から外を見渡してみると、あちこちで大きな花火が打ち上げられている。

それも3〜4カ所の話ではない。10カ所、いや20カ所にも及ぶのではないかというほどそこら中から次々に、日本の花火大会で見る大輪の花のような本格的な打ち上げ花火が上がっているのだ。こんなにたくさんの場所で一斉に花火大会が開催されていることなどあるのだろうか。しかも、何か事件が起きたのかと思うほどのけたたましい“爆発音”のオンパレードだ。インターネットで調べてみるが、そのような情報はまったく見当たらない。

翌日、先述の中華系マレーシア人の知人女性に聞くと、笑いながらこう教えてくれた。「春節から数えて9日目は、中国の福建人にとっては大切な記念日なの。玉皇大帝という神様の誕生日で、その日は夜12時になったと同時に盛大にお祝いするのがしきたりよ。大きな花火も全部個人の家でやっているものよ、ちなみに私の家でも上げたわ!」

なんと、花火大会かと思ったあの本格派花火はそれぞれが個人で購入したもので、親族やご近所を呼んで盛大に打ち上げるのが習わしらしい。どうりで、インターネットで検索しても、花火大会情報が出てくるはずがない。

打ち上げ花火を売る専門の業者もあるといい、大きなものは数百万円もするそうだ。大きければ大きいほど財力を示す証にもなるといい、中華系マレー人の春節ではその盛大さを競うようにしておカネをつぎ込むのだという。

ちなみに、あのけたたましい爆発音は「爆竹」によるもので厳密には違法だそうだが、もはや政府も新年ばかりは取り締まりきれないという状態だという。春節の期間中にクアラルンプールを訪れた外国人旅行客のブログなどを見ると、皆この深夜の花火騒動に驚き、中には火の粉が間近に降り注いできた、などと驚愕の体験を記している人もいた。

戌年の「犬」を巡って勃発した騒動

多民族国家の名のもと、異教徒同士がそれぞれの異なる文化的行事もオープンに楽しむ光景を目にする反面、宗教を巡る根深い複雑さも垣間見える。

春節を控えて地元紙の全面広告で掲載されたのは、「ワンワン」と犬の鳴き声を表す漢字の吹き出しとともに、なぜか犬ではなく1羽のニワトリが吠えているイラスト。イスラム教では犬を「不浄」とみなす解釈もあり、犬に代わってニワトリが吠える格好となったこの広告はすぐさま物議を醸し、「犬の絵が宗教の軋轢につながるのは残念だ」など非難の声が上がった。

CNNやAFP通信などの海外メディアも相次いでこの騒動を取り上げ、「マレーシアではチャイナタウンでも犬の飾り物は自粛ムードで外から見えない場所に隠されている」などと報じた。

実際、市内の大型ショッピングセンターでも、絢爛豪華な春節の飾り付けに使われていたのは、実物大の鶏のオブジェ。近くにいたスタッフに、今年は戌年だが“犬”は飾らないのかと尋ねると、「デコレーションは限りなくシンプルにしたいので特に犬は置かないよ」と返ってきた。

もちろん、街中では犬のオブジェや絵柄も見かけることも少なくなく、決して禁じられているわけではないのだが、無用な摩擦を避けるために対策を取るケースもあるようだ。


(左)インド系の家族連れも春節の飾りを前に記念撮影。マレーシアには古くからインド系の人々も多く根付いている。(右)思わぬ騒動を引き起こした「戌年」。有名なショッピングセンターの春節を祝う特設ステージには、犬ではなく鶏が飾られていた(筆者撮影)

長年マレー系を優遇するブミプトラ政策を掲げつつ、民族間の融和を図ってきたマレーシアだが、このように宗教間の軋轢が顕在化する事案も度々起こり、保守派の勢いも少しずつ強まっている。

チャイナマネー流入 政権も中国重視か

そんな中、マレーシアと中国は確実にその距離を縮めている。近年、マレーシアに対する中国の投資は活発化し、今やマレーシアにとって最大の貿易相手国はシンガポールに代わって中国となり、2016年の対中貿易総額は 834億ドルに上る。ナジブ首相は、習近平国家主席が主導する「一帯一路」構想にも積極的にかかわる姿勢を示しており、鉄道建設などインフラ投資をはじめすでに複数の案件が進められている。

中国にとっては、中東からの資源ルートとして重要なマラッカ海峡が封鎖される事態などに備え、南シナ海とマラッカ海峡を結ぶルートを確保する狙いもある。さらに、中国の電子商取引最大手・アリババの創業者であるジャック・マー氏をマレーシア政府のデジタル経済担当顧問に任命し、EC市場の拡大やデジタル経済の活性化などに向けた取り組みを開始。ナジブ首相は「誰もがアリババと組みたがっているなか、われわれが海外で初のパートナーになった」と述べるなど、中国との連携に緊密さは増している。

もはや、地政学的にもソフト面における国家戦略においても、両国の関係は切り離せない蜜月ぶりを見せるなか、ここへ来て政権復活への意欲を示す92歳になったマハティール元首相は、複数のメディアの取材に応じ、現政権は中国に寄りすぎていると舌鋒鋭く批判し始めている。


クアラルンプール市内でふと頭上を見上げると、春節を祝う電光掲示版にナジブ首相の姿が映し出されていた(筆者撮影)

首都・クアラルンプールで最もにぎわいを見せる繁華街で、ふと上を見上げると、巨大な電光掲示板にナジブ首相の姿がでかでかと映し出されていた。真っ赤な背景に花火が打ち上げられているその画面には、中国語とマレー語で「あけましておめでとう」と春節を祝う言葉が書かれていた。

(※)第3回は、東南アジア随一の発展を遂げた世界の金融国家シンガポールの実情を追う。