韓国GM(ゼネラル・モーターズ)が韓国内にある3工場のうちの1つの閉鎖を決めた。経営不振から韓国からの撤退説も消えず、韓国の産業界、金融界、政官界を揺るがせている。

 2018年2月13日、韓国GMは、韓国南西部にある群山(グンサン)工場を5月末までに閉鎖すると発表した。群山工場は小型セダンやMPVの研究開発、量産拠点だ。ここ数年、生産規模が急減して稼働率は20%程度に落ちていた。

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売上高12兆ウォンだが、4年間で3兆ウォン赤字

 韓国GMは、米GMが83%、国策銀行である韓国産業銀行(KDB)が17%出資する。2016年の売上高は12兆2341億ウォン(1円=10ウォン)で、1万6000人を雇用する韓国内では、現代自動車、起亜自動車などに次ぐ自動車メーカーだ。

 国内市場で10%前後のシェアを維持していたほか、GMグループの生産拠点として、一定の存在感があった。だが、2014年以降、業績が急速に悪化していた。

 毎日経済新聞によると、2014年以降、4年連続して最終損失を計上した。

 その赤字額は、2014年3534億ウォン(1円=10ウォン)、2015年9868億ウォン、2016年6315億ウォンで2017年も9000億ウォンになったという。4年間で合わせて3兆ウォン近い最終損失を計上したことになる。

 だから、大規模リストラは時間の問題と見られていた。

 韓国内では、昨年から「GM撤退説」も盛んに出ていた。そのたびにGMは否定してきたが、群山工場閉鎖で根本的な対策が不可欠であることが改めて明らかになった。

 GMと韓国GMは群山工場閉鎖発表後、韓国の残りの2工場に投資を続ける方針を示している。だが、このために政府と韓国GMの大株主である政府系のKDBに支援を要請している。

 韓国メディアは、「GM本社の韓国GMへの貸付金を出資転換する代わりにKDBが新たに出資に応じる」「韓国GMが2工場に新規投資をするのに合わせてKDBが資金支援をする」ことなどを求めたなどと報じている。

 KDBは政府系金融機関で新規支援は、税金を投入した支援ともいえる。自動車メーカーは、取引先が多く、経営問題は地域経済や雇用に大きな影響を与える。

雇用は15万人

 韓国産業通商資源部によると、韓国GMと取引先を合わせて2016年時点で15万以上を雇用しているという。

 韓国政府としては、「GM撤退」は何としても避けたい。文在寅(ムン・ジェイン=1953年生)政権は、「雇用創出」を最重点経済政策に掲げている。

 自動車メーカーが消えてしまうことは雇用に打撃だ。特に、6月には、統一地方選挙を控えている。政権発足から1年が経過した時点での「中間評価」ともいえる選挙を控えた今の時期に「GM問題」が浮上したことに頭を痛めている。

 何らかの支援に応じる可能性が高いが、「税金を使って支援をしても、GMが韓国内にとどまる保証があるのか?」という指摘もある。

 それなりのしっかりとした名分をそろえるために、韓国GMの経営内容の審査と今後撤退しないとという「確約」をGM本社に迫るとみられる。

 韓国GMの先行きはしかし、決して明るいとは言えない。

GMのグローバル戦略変化

 韓国GMの業績がどうしてこんなに急に悪化したのか。原因ははっきりとしている。GMのグローバル戦略の中で韓国GMの役割が大きく変わってしまったためだ。

 GMはここ数年、グローバル市場で「選択と集中」を加速させている。米国と中国などの事業を拡大、強化する一方で、欧州市場ではリストラを加速している。

 「シボレー」事業の撤退や、独オペルの売却もこの一環だ。

 韓国GMは、欧州向けに「シボレー」の乗用車などを供給する輸出拠点でもあった。撤退によって、この分の生産が急減したのだ。

 韓国GMからの欧州向け輸出台数は、2012年の13万7750台から、2013年6万1954台、2014年1万2419台、2015年5923台、2016年1752台、2017年205台と、まさに激減してしまったのだ。

 これはもう自助努力とか、「韓国の労働コストが高い」といった問題ではない。GMの戦略の結果なのだ。

 「GMは中国での生産販売を重点的に増やしている。そんな中で韓国GMの役割はきわめて不透明だ」(韓国紙デスク)という事情もある。

絶好調のGMの中国事業

 GMが1997年に上海汽車と合弁で設立した上海GMの2017年の中国内での販売台数は199万台。上海フォルクスワーゲン(VW)に次ぐ2位だ。

 GMはさらに、上海GM五菱という合弁会社を通して155万台を販売した。商用車の合弁会社を合わせると、2017年に中国市場で404万台を販売した。

 これに対して韓国GMは、輸出39万台、韓国内販売13万台。合わせての52万台で中国合弁事業全体の8分の1に過ぎない。

 どちらに今後力を入れるかは、誰が見てもはっきりとしているのだ。韓国の自動車産業に詳しい記者はこう話す。

 「韓国GMの残りの2工場を維持することは不可能ではない。だが、グローバル拠点として成長を目指すことは簡単ではない。踏みとどまったとしても、ジリ貧になりかねない」

 GMと韓国の因縁は、50年近くに及ぶ。

GMと韓国の半世紀

 朝鮮戦争で韓国内輸送された米国産車の修理などのために釜山に1955年にできた新進(シンジン)工業がその前身だ。

 新進工業は、いまの韓国GMの主力工場がある仁川(インチョン)の富平(プピョン)にあった別の自動車工場「セナラ自動車」を買収して新進自動車工業と改称する。

 新進自動車は1965年、トヨタ自動車の「コロナ」「パブリカ」などの組み立て生産に乗り出して一時は急成長する。タクシーやハイヤー向けだった。

 その後、トヨタは韓国市場から一度撤退し、新進自動車は1972年に新しいパートナーとしてGMを選んだ。折半出資の合弁会社「GMコリア」に誕生だ。

 ところが、石油危機などもあってGMコリアの経営はなかなか軌道に乗らない。新進自動車は持ち株をKDBに売却することになる。

GMコリア→大宇→韓国GM

 不安定な経営が続いたが、自動車産業の未来に目をつけた風雲児が登場する。大宇(デウ)財閥の創業者である金宇中(キム・ウジュン=1936年生)会長(当時)だ。KDBの持ち株を買い取り,GMと大宇の合弁自動車メーカーが誕生する。

 その後、大宇はGMの保有株式をすべて買い取り、「大宇自動車」となる。GMと大宇との提携関係は維持したが、1992年にGMは一度は韓国から撤退した。

 大宇グループは、「世界経営」を掲げて東欧やアフリカなどに果敢に進出し、大宇自動車も急成長した。ところが、韓国を襲った「IMF危機」の直撃を受け、大宇グループが経営破たんしてしまった。

 大宇自動車はKDBの管理下に入り、GMにもう一度機会が訪れた。こうして2002年に誕生したのがいまの韓国GMだ。

 KDBと韓国政府は、GMが大宇自動車を買収した際、「GMは15年間は保有株式を売却しない」という条件をつけた。経営状態を把握できるようにKDBも大株主としてとどまった。

 韓国政府もKDBも、「経営が少し厳しくなったからといって撤退されてはかなわない」と考えたのだ。

 この「15年条項」は2017年に期限切れになった。

 韓国から撤退するのか。2工場を維持するのか。決めるのはGMだ。韓国にとどまるかどうかは、韓国政府の支援策次第だが、とどまっても、将来の展望は見えない。

 かつて、GMがグローバル拡大路線を突き進み、生産拠点としての韓国GMの重要度が高かったときは、「GMにとって良いことは韓国にとって良いこと」だった。

 ところが、リーマンショック以降、GMのグローバル戦略も変わり、韓国GMはいまや韓国政府にとって頭痛の種になってしまった。

筆者:玉置 直司