次の5年に向けた黒田総裁の国会での所信表明に注目が集まった(写真:Toru Hanai/ロイター)

日本銀行の正副総裁3人の布陣が、黒田東彦総裁の続投、雨宮正佳理事と若田部昌澄早稲田大学教授の副総裁就任で固まり、国会で所信聴取が行われた。2日に黒田総裁が「2019年度ごろに出口を検討していることは間違いない」と話したことが伝えられ、早速、市場にサプライズをもたらし、円高株安が進む場面があった。

FRB(米国連邦準備制度理事会)が利上げを進め、ECB(欧州中央銀行)が1月から量的緩和プログラムでの国債買い入れ規模の縮小を開始していることもあって、市場では日銀が出口に向かうか否かが意識されやすい。黒田総裁がそれまで出口についての質問に、一貫して「時期尚早」と語らなかったこともあって、「いよいよか」という反応になった。

しかし、黒田総裁としては2013年1月の政府と日銀との共同声明(この時点では総裁は白川方明氏)にも掲げている2%の物価目標の旗を降ろすことはないだろう。


2%という物価目標自体には無理があり、これにこだわって量的質的金融緩和を拡大させたことは、財政再建を困難にし、金利機能を殺してしまうなどの大きな問題を残した。そもそも、米国と日本の物価上昇率の間には、1980年代のバブル期であっても2%強の開きがある。世界的にも潜在成長率や期待インフレ率の水準が下がっている中で、2%を達成し安定させることは困難だ。それでも、安倍政権が2%の物価目標をあきらめてアベノミクスの失敗を認めることは考えにくい。

出口を議論する条件が整ったかに見えたが

黒田総裁が2019年度の出口論に言及したのは、2019年度ぐらいには消費者物価の前年比が1%台半ばになる可能性があると見ていたためだろう。1月のダボス会議で、黒田総裁は「日本もようやく2%のインフレ目標に近い状況にある」と語っていた。

消費者物価・生鮮食品を除く総合指数の前年比は足元でもプラス0.9%まで上がってきており(2017年11月〜2018年1月)、今年2月分は1%台乗せが期待できる。このまま足元の世界経済の回復と原油価格の上昇が続き、安倍政権の官製ベアで賃金も多少上がれば今年は1%台が定着するかもしれないし、その後はエネルギー価格の押し上げ効果が剥落する一方、2019年の春には10月の消費増税へ向けた駆け込み需要による押し上げ効果が期待できるという読みだったのではないか。

「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)における日銀の物価見通しは毎度下振れて先送りを余儀なくされており、「2%程度に達する時期は、2019 年度頃になる可能性が高い」(今年1月の展望レポート)とはいえないが、1%台半ばになれば、出口を議論しても政府から物言いがつくこともない。ただし、こうしたシナリオを実現するためにも、2018年度は政策を現状維持とし、実質金利が均衡実質金利(景気に中立的な金利)を下回る状況を続けようという方針だろう。

しかし、早くも市場には懸念材料が出てきた。2月からの米国発の株式市場の下落に端を発して、円高が進んだことだ。購買力平価からいえば1ドル=100〜110円は妥当な範囲と考えられ、現状の1ドル=105円が高すぎるとはいえない。だが、これが続けば、輸入物価の下落を通じて、夏ごろから消費者物価にもマイナスの効果が現れる。1ドル=100円といった相場が定着していくと、消費者物価上昇率には0.5%〜1%ポイントの下押し圧力が働く。

また、FRBのパウエル議長は現状で年4回の利上げを行う構えであり、市場参加者はどこかの時点で、米国の金利が景気に引き締め的となる水準に入っていくと見ており、金融市場は不安定になりやすい。鉄鋼・アルミ産業保護のための輸入制限に見るような、トランプ大統領による不意打ちのリスクは別としても、米国経済の先行きに懸念が出れば、ショック的に1ドル=100円割れに突っ込むようなこともありうる。そうなれば、むしろ政府からは日銀に追加緩和すべきという圧力がかかるだろう。

年後半にはもう一つ不安材料がある。中国だ。3月5日から開幕した全国人民代表大会(全人代)で2018年の成長率目標を6.5%に据え置くとしたが、2017年は6.9%に上振れしていたため、実質的には中国経済の減速を容認するということになる。2017年の世界経済の拡大は中国の回復にけん引されたものだ。とくに、日本の輸出は中国の半導体を中心とする生産拡大により半導体製造装置をはじめ機械などの資本財需要が活況だったことが大きい。中国のバブル潰しが大きな金融ショックに発展する可能性を脇に置くとしても、中国経済が減速していけば、日本への影響は大きい。

マイナス金利の幅を大きくする可能性

追加緩和を迫られた場合、日銀はどういう手段を取るだろうか。まず、円高ショックなどの場合、基本的には現在マイナス0.1%に固定しているマイナス金利の深掘り(マイナス幅の拡大)だろう。リスク回避的に国債など円に資金が逆流してくるときには、短期金利の押し下げによって、円の魅力をなくすことで対抗できるからだ。

黒田総裁が昨年11月のスイス・チューリヒでの講演で、低すぎる金利によって預貸金利ザヤが縮小し、銀行の金融仲介機能を阻害する副作用をもたらす「リバーサルレート」に言及して話題となった。だが、マイナス金利の深掘りによってイールドカーブ(残存期間ごとの利回りをプロットして描かれるカーブ)をスティープ化(長短の金利差を大きく)すれば、銀行はマイナス金利で市場から資金調達して長い年限の金利で運用することで、その場しのぎではあるが、利ザヤを稼ぐこともできる。日本銀行は実際のイールドカーブが均衡イールドカーブを下回るように操作するとしており、状況次第では現在ゼロに誘導している長期金利も引き下げ対象になることもあるだろう。

しかし、わずかな金融市場の動揺にも反応し、追加緩和を行うことはもちろん、望ましいことではない。マイナス金利政策の長期化、債券管理相場の長期化によって資源配分はゆがめられており、長期的には成長の可能性をますます低くしている。

なお、リフレ派の論客の岩田規久男副総裁の後任として、同じくリフレの主張を展開してきた若田部早稲田大学教授が入るが、再び日銀が量的緩和を拡大することはないだろう。すでに黒田日銀は事実上、量を目標から外しており、前年比でプラスでさえあればよいという姿勢だ。2%を急ぎ達成するための追加緩和政策を打ち出すこともないと考えられる。


量的質的金融緩和によって、日銀のバランスシートは対GDP(国内総生産)比で100%に迫る勢いで、まだ止まらないが、2年はおろか、5年たっても2%は実現できなかった。一方、FRBはバランスシートを25%まで拡大したところで、目標を達したとして、手仕舞いに入った。日銀の出口はいっこうに見えない。