「Thinkstock」より

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 元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな芸能事務所は「松竹」です。

 僕はよしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属しています。国民の義務をおざなりにする周囲の芸人たちは、元国税局ということは知らなくとも「なんか税金に詳しい人」と認識して、税に関するエピソードを進んで話してくれます。

 事務所からのギャラが圧倒的に少ない芸人たちは、概ねアルバイトをしています。アルバイトは給与所得、事務所からのギャラは事業所得になります。アルバイトでは、源泉徴収をされていますので、芸人が確定申告をするのは、給与所得と事業所得を合わせて申告するためです。

 しかし、ライブはギャラが出ないこともほとんどですし、打ち合わせが何回あっても交通費も出ませんし、小道具や衣装を購入しても誰かが負担してくれるわけではありません。働けば働くほど赤字になるわけです。こうなると、ほとんどの芸人は事業所得がマイナスになります。この事業所得のマイナスと給与所得を合わせて申告すると、アルバイトの給与から源泉徴収されていた所得税が還付されます。

 金に困り、かつ知識のある芸人たちは、還付金を「春のボーナス」と呼んで進んで確定申告をします。しかし、知識のない芸人たちは「面倒」という理由だけで、確定申告をしません。それが損だとわかっていてもしないのです。芸人とは、そういう非合理的な人間の集まりなわけです。

 しかし、金に困り、知識のある芸人たちも、全員がきちんと経費に掛かる領収証を保管しているわけではありません。確定申告をしようとは思っていても、支払いのたびに領収書をもらって、それを残しておくなんてとてもできないのです。それでも、税務署に行って、職員に質問しながら確定申告をします。税務署で確定申告をするときは、領収書の提出は不要です。領収書はあくまで、自宅で保管するものです。

 確定申告をする際には、交際費や交通費、家賃といった経費を1年分まとめた明細だけ用意します。本当に経費を使ったかどうか判断する証拠である領収書を、確定申告の際に税務署の職員に見せないということは、申告の内容に不審な点があった際、それを指摘されても口頭で説明するしかありません。自宅で領収書を整理して、きちんと経費の金額をまとめていれば、すぐに説明できますが、いい加減な金額を書いた場合は、そうはいきません。

 今回は、職員の質問に対し、情に訴えかけて乗り切った事案を解説します。

●泣き落としで「所得0円」の申告が通った!

 日本人なら誰もが知っている大手芸能事務所に所属する15年目の芸人Aさんは、税務署へ所得税の確定申告に行きました。1時間ほど並んで、職員の補助を受けながら、収支内訳書を記入します。収入300万円に対し、経費も300万円。所得金額を0円にして、確定申告書Bの記入に移ります。確定申告書Bの記入方法がわからなかったので、手を挙げて職員を呼びました。収支内訳書を確認した20代の職員は、Aさんにこう言います。

「こんなに経費があるはずがありません。生活費はどこから捻出しているんですか」

 これに対し、Aさんは「毎年これでやっているんで」と言うだけ。10分ほど押し問答になりましたが、職員はあきらめて確定申告書Bの作成方法を教えてくれました。Aさんは、出来上がった確定申告書Bと収支内訳書を提出所まで持っていき、収受印をもらおうとしました。そこには、50代前半のベテラン男性職員がいました。

「あなた、これ本当? 収入に対して経費が多すぎるんだけど」

この男性のオーラに気圧されたAさんは、正直に話すことにしたそうです。

「すみません、ほんとに生活厳しくて、ほんと無理なんで、なんとかこれでいかせてください。ほんとに生活苦しくて……」

 Aさんの粘り強い泣き落としにより、ベテラン男性職員は「わかった。今回はいいよ。わたしがちゃんと見たってサインしておくから。でも、来年はちゃんと申告するんだよ」と言ってサインをし、収受印を押してくれたそうです。

「ありがとうございます。来年は必ずちゃんとします」と答えたAさんに、ベテラン男性職員は、優しく微笑んでくれたそうです。

 Aさんは3週間後に還付金を受け取り、その2カ月後に別の税務署の管轄エリアに引っ越しました。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)